3話 シミュレーター

学園の一日の日程が終了した放課後、昨日に続いて今日もエルバートはバルドの部屋にきていた。


「結局、模擬戦にゃ勝ったが釈然としねえな。俺なんもしてねえし」


「……」


「なあ、俺らってどの程度の評価だと思う?」


「…………」


ペラ……とエルバートが手元の本をめくる音だけが返ってくる。


「聞けよ」


「聞くまでもないと思うんだけど……。今んとこぶっちぎりで最悪、最下位しかありえない。今日は変わってなかったけど後ろの順位表も明日には入れ替わってると思うよ」


「まじで!? けど俺ら一番圧倒的に勝っただろ、それの何が悪い?」


手元の本を閉じ、バルドに視線を合わせる。


「勝ち負けは関係ないって先生も言ってた。それに、あれは限られた時間でどれだけチームをアピールするかが肝だ。手の内を隠すデメリットはあってもメリットはひとつもない」


「隠すって、別に隠しちゃいねえだろうに」


「そもそも逆なんだ。圧倒的に勝つっていうのがプラス要素なのは変わらないけど、切るカードの枚数が少なすぎた。さっきも言ったようにアピールが足りない。何ができるのか、何ができないのか、何を工夫したのか、これを見せつけるには切るカードの枚数が多ければ多いほどいい。わざわざこっちでその枚数を減らしたんだから勝負を投げたと思われても不思議じゃない。戦場に立っていきなり自害したのと同じ、最悪の手」


バルドの表情が急速に青ざめていく。


「お、おい、それむちゃくちゃやべえじゃねえかよ! くっそ、あいつまじでふざけたことしやがって……!!」


「……僕が悪かった」


「はあ? いやお前は悪くねえだろ、悪いのはあいつだ」


「見誤った。もう少し頭のいい人間だと思ってたんだ。だからああいう言い方をすれば多少意を汲んで行動してくれるんじゃないかって。僕の考えが浅かっただけだよ、だから僕が悪い」


「だからってそうはならねえだろうが……だめだ、腹立ってきた。ちょっとあいつんとこ行って文句言ってくるわ」


「やめときなよ。今回の件でよくわかった、アウラには言葉で何を言っても無駄だ」


「無駄だろうが知るか、足引っ張んなっつっといててめえが足引っ張ってたら話が違え」


バルドは立ち上がり、廊下に繋がる扉に手をかけた。


「……」


その背中をエルバートは無言で見送る。


「いや止めねえのかよ!」


「止めてほしかったの?」


「そうは言わねえけど普通もう一言二言あるだろ……」


「だって言われてみたら確かにそうだなって思ったから。僕は別に言わないけどラルゴが言う分にはいいかなって」


「なんだよそれ、つかラルゴって誰だ」


「違ったっけ?」


本気なのか冗談なのかよくわからない顔で首をかしげるエルバートに、バルドは深い溜め息で返す。


「……なんか、気ぃ削がれたわ」


「ともあれ、模擬戦って形じゃなくてもこういうアピールタイムはまだ何度もあるだろうからそこでアウラの意識を変えさせよう」


「変えさせるって、どうやって?」


エルバートはテーブルに置かれていたお茶を手に取って一度口をつける。


「ありきたりな方法だけど、僕とラルゴで協力しているところをアウラに見せつける」


「は? いや、それに何の意味があるんだよ。あとラルゴはそろそろ忘れろ」


「模擬戦の時みたいな力技は使えるところが限られる。でもあれは先生も言ったように基準を設けるためのチュートリアルみたいなものだ。今後似たような課題があってもハードルは確実に上がっていく。当然、ひとりじゃ超えられない壁も出てくるはずだ。で、それを僕とタツオで乗り越える」


「タツオ!?」


「プライドの高いアウラでもそれを見せられたら協力せざるを得ない。課題をクリアできずに退学なんて望むはずないからね。ここで注意なのは、こっちから言葉としてそれを促したらだめってこと。あくまでアウラから言わせないとだめだ」


「……それよりタツオが気になって全然話入って来ねえよ」


「期限は先生が僕らを見込みなしと判断するまで。実質無期限とも言えるけど順番を間違えたら即退学だ。今日失敗した分明日は失敗できない。連続でミスしたら評価はより落ちるだろうからね」


「悪いけどタツオの後からもう一回言ってくれねえ?」


バルドの言葉を無視し、エルバートはお茶を飲み干し立ち上がる。


「ということで、次はさすがにぶっつけ本番ってわけにもいかない。ある程度はそれでもいいけど実際に動きを見ないことにはサポートするにしても限界があるし」


言いながら上向けに手を出すと、そこに一枚のカードが現れる。


「……なるほどな、さながら実戦演習ってことか」


注視しなければわからないほどわずかにだが、エルバートの口元に笑みが浮かんだ。




二人は寮を出て校舎内のとある部屋に来ていた。驚くほど狭い部屋、およそ三畳ほどのスペースにコンソールがぽつんと置かれている。

手に持っていたカードを挿入口にいれると電子音と合成音声が返ってくる。


『……未登録のカードです。結果を記録する場合は登録をお願いします。なお、未登録のカードではCランク以上のシミュレーターは起動できません』


「B-J、エルバート・フラン」


ポン、と軽い音がして画面が切り替わる。


『未登録の生徒と確認、仮登録完了。画面の表示に合わせて手を置いてください。承認次第本登録完了となります』


切り替わった画面には白抜きの手形、エルバートが自らの手をそこに重ねると今度はピッ、という音が鳴る。


『本登録完了。メニューから起動するシミュレーターを選択してください。なお、二人以上で挑戦する場合、挑戦する全員の本登録が完了していないと正常に記録できない場合があります』


「あ? じゃあ俺もやんなきゃならねえのか?」


「記録が目的じゃないからしなくてもいいんだろうけど、別にこれっきりってわけじゃないししたほうがいいのかも」


コンソールを操作しカードの取り出しを選択すると、入れ替わるようにバルドがカードを挿入する。

同じように手順を踏み、本登録まで完了させる。


その後、設定画面から挑戦人数を指定し、どこの誰と挑戦するのかまで指定する。今現在挿入されているカードはバルドのものなので、エルバートを指定する形。

おそらく、本登録が完了していると一覧に名前が出現する仕様になっているのだろう。大元で情報を管理し、カードを挿入するたびに同期しているようだ。


「んで、どっからやる?」


シミュレーターの一覧を開くと、SランクからFランクまで難易度が並んでいた。


「このランクっていうのも基準がわかんないから、ひとまず一番下の単純な殲滅系からやってみようか」


「了解、っと」


バルドの人差し指がFランクをタップする。


「あー……ん? これか?」


指し示す項目には「人形破壊01」と記述されている。エルバートが場所を代わり一覧をスクロールしてみるが、望んでいた項目は見当たらない。


「多分Fランクだと標的は動かない設定なんだ。まあ準備運動だと思って一応やってみようか」


そう言って起動のボタンを押す。

すると二人の視界は同時に暗転しすぐに切り替わる。




あたりには数体の人形が置かれているだけで他には何もない。空もなければ大地もない。ただ、一メートル四方の正四角形が上下左右に敷き詰められているだけ。


「こんな無機質な感じなのか」


「確か設定で変えられたと思うけどデフォルトはこれみたいだね。じゃあとりあえずさくっと壊してきて」


「おう」


バルドが言いながら左手で右の肩を掴むと右腕全体が微かに光を纏う。そして流れるような動作で人形に飛び掛かり、光を纏う腕を力任せに振り抜いた。


バキンッ、という小気味いい音が響いて粉が舞う。破片ではなく粉、つまりそれだけ大きな撃力が生まれたということだ。撃力とはつまり破壊力、正しく粉砕。


「あ? んだこれ、むちゃくちゃ脆いな」


とはいえ別に張り子というわけでもない。空洞はなく中までぎっしり詰まっている。さすがにFランク程度では魔法を使わなくても破壊できる素材になっているのかもしれない。


愚痴のようにこぼしながらもバルドは次々と人形を粉にしていき、あっという間に全ての人形を破壊し尽くした。


「じゃ、この調子で次行ってみようか」




▲ △ ▲ △ ▲




「それで、どんな具合かな?」


長机の端から少年のような声が曖昧な問いを投げる。その先には五人の影がある。


「Cクラスは例年と変わらず、今のところは様子見といったところでしょうか。まだ遊戯感覚が抜けていません」


「まあ初日ではその程度だろう。Aクラスでは頭一つ抜けているのがちらほら。他は例年通りか」


「EクラスもAクラスと同様ですね。多少使えそうな人材はいますが……まあこれからに期待ですかね」


「おいおい、Eクラスはそもそも定員が多いんだから同じってのは言い過ぎだろい。大事なのは質だぜ?」


どうやら学園の教師たちによる会議のようなものが行われているらしい。


「そこまで言うのであればDクラスはさぞ優秀なのでしょうね」


「当然。今すぐ実戦投入しても遜色ねえのが二人いるぜ。ま、その他は平常だがな」


「A、D、Eクラスは同様のようですね」


「同じじゃねえっつってんだろい」


「ノエ、お前は大袈裟に言う癖がある。デルフィナの言に間違いはない」


「俺がいつ、どこで大袈裟なこと言ったんだあ? 適当なこと言ってっとお前の手と足付け替えんぞ」


不意に空気が凍り付く。


「無駄話をしろなんて言ったっけ?」


少年の声。特にきつい語気でもなく、声量も控えめであったがそこには確かな圧力があった。


一瞬にして場が静まり返る。


「……それで、Bクラスは?」


問われ、その場にいたヘインが口を開く。


「全滅です。今回は期待に応えられそうもありません。将来性、という意味では数人良さそうな子はいますが……」


「あれ、混血セミスがいたのってBクラスだったよね? その子はどうなの?」


「良くも悪くも周囲と絡むと薄味になるようです。個々で見る分にはそれなりだと思いますが」


「そっか。まあヘインは前回それなりに結果を残したし、どうしていくかは任せるよ。中間は一応僕も見るつもりだからあとのことはその時考えよう」


少年はそう言うと壁にかかっていた時計に目を向ける。


「……じゃあ、みんなもそれなりに頑張ってね。ここのところ不作続きで向こうにもせっつかれてるし、今回か次には大きな成果を出さなきゃいろいろとまずいからさ。よし、ミラ」


誰かに呼びかけるがそこにいた誰も声を上げない。代わりに何もない空間から返事があった。


「んぁ、呼びました?」


遅れて少年の隣にだらしない格好の女性が現れる。


「僕はもう行かなきゃならないから、留守の間頼んだよ」


「かしこまり」


少年が立ち上がると、女性は気怠そうにその背後に手をかざした。


「あー、どこでしたっけ?」


「メイズリーク。いいよ、自分でやる。鍵も持ってるし」


「ん、そーすか」


そして少年の背後に光が漏れ出す。


「さっきも言ったように中間には戻ってくるからそれまでよろしくね」


言うだけ言うとそのまま漏れ出す光に身を投じる。少年の体が光に飲まれ、光は背景に溶けるように消えていった。あとには何も残っていない。


「じゃ、あーしも適当にやるんで、先生方も適当におなしゃす」


だらしない格好の女性も背景に溶けるようにその場から消えた。


少しの間、場に静寂が流れる。


「……さて、俺は明日の準備でもしよう」


「あー、俺もそうすっかい。学園長殿の機嫌損ねたらシャレになんねえわけだし」


「お先真っ暗ですが、私もやるだけのことはやるとしましょう。それでは」


A、C、Dクラスの担当である三人はさっさと部屋を出て行った。


「……混血セミス、それほど見込みのない人間だったのですか?」


Eクラスの担当、デルフィナと呼ばれていた女性がヘインに問いかける。


「実際のところわからない、というのが正直なところです」


「いろいろと考えることが多いですからね。ノエのように無責任に推すのも却って困ります」


「ええ、戦場で死ねば私たちの責任ですから。とは言え、ああやって手放しで褒めることができるのも才能ですよ。私にはとてもできない。褒めれば褒めるほど、評価すればするほど危険が付きまとう」


「……でも、私たちがやるべきことが変わるわけではありません。仮にそうなったとしてもそれを乗り越えられるように鍛えるのが私たちの役目です」


「そう、ですね……レナートではありませんが、やるだけやるしかありませんね」


するとデルフィナはその言葉に満足したように頷いて席を立つ。


「じゃあ、私もそろそろ行きます。お互い精一杯尽くしましょう」


そして部屋に残ったのはヘインひとり。


「……少し、違う方法を試してみようか」


呟き、ヘインも部屋を去っていった。

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