2話 初陣
あれから結局二人は行動をともにすることになり、揃ってバルドの部屋にやって来ていた。
「んじゃ、改めて自己紹介といくか。名はバルド・グリス、階級は
「ずずーっ……」
気合を入れて再び名乗るバルドだったが、エルバートは目もくれずに出されたお茶をすすっていた。逆の手には開かれた本。
「……おい、なんか反応しろよ」
「あんまり聞いてなかった。ていうかお茶とか飲むんだ、淹れるの上手いね」
「市販だ馬鹿、保温してたの開けただけだぞ」
エルバートは微かな記憶を手繰り寄せるようにゆっくり復唱する。
「えっと……
「逆になんで
「違うの?」
「違えに決まってんだろ!!」
再三にわたりバルドが改めて自己紹介すると、そこでようやく聞き取れたエルバートはひとつ頷く。
「……んで、お前は?」
疲れた顔でバルドが問う。
「エルバート・フラン、
「特殊系って軒並み習得難易度高いだろうに、すげえな」
「そうらしいね。僕の場合は遺伝かな、母さんもそうだったから」
「はー、才能ってやつかい。特殊系っていうとそれこそ収納魔法もそうだよな、特殊系の中じゃかなり習得率は高いほうだったけどよ」
「そうだね、あとは転移魔法、回復魔法とかそのへん」
「まさしく後方支援って感じか。素質があってもそこ伸ばすやつって少ねえらしいし重宝されんだろうな」
バルドの言葉から察するに、補助・特殊系よりも攻撃系を重視する人間が多いのだろう。脅威に遭遇した時個人で対処できる攻撃系と違い、補助・特殊系は単独で戦うには向かない。だから仮に適性があったとしても優先順位は下がっていく。
「あいつはどうなんだろうな」
「さあ、とりあえず協調性がないのと怒りの沸点が低そうってくらいしかわかんない」
「協調性に関してはお前もどっこいだろ。けどあの様子じゃあいつも俺と同じ攻撃特化かもな。丸焼きとか物騒なこと言ってたし」
「僕はなんでもいいけどね。興味もないしそういうバランスで評価が割れるとしたら自由に組ませるわけないんだから」
「確かにそりゃそうかもしれねえけどよ、逆にふるいにかけてるって考え方もできねえ? 好き嫌いで選り好みするようなやつは実戦で役に立つかわかんねえし」
「それにしては組めって言われた瞬間あっちこっちに声かけて回ってたよね」
エルバートの言葉通り、バルドはヘインの声がかかってすぐに周囲の人間を手当たり次第に勧誘していた。
「お前他人に興味ねえくせになんでそんなとこ見てんだよ……」
ばつが悪そうに渋い顔でこぼす。
「あいつじゃねえけど余りもんってなるとなんか気まずいだろ、誰でもいいから組んでおきたかっただけだ」
「結果、ハズレとハズレの板挟みになったってわけ」
「根に持つなよ、っと……」
バルドは言いながら立ち上がるとその場で伸びをする。体からはぱきぱきという音が返ってきた。
「それより、飯食い行かねえ? ストラヴェールの食堂ってめちゃくちゃ美味いって有名だしよ」
時計の針はすでに昼時を過ぎている。おそらく解散となったタイミングがちょうど正午あたりだったのだろう。
「ひとりで行ってきなよ。僕も部屋に帰るから」
「ひとりじゃ行きづらいから誘ってんだろ。つべこべ言わずに行くぞ」
バルドは意気込み、さっさと部屋を出ていった。
「……」
しかし、しばらくするとやかましい音とともに部屋に戻ってくる。
「なんで来ねえんだよ!! 誰もいねえのに話しかけちまったじゃねえか!」
「それは知らないけど」
「うるせえ! お前のせいで他のクラスの女子に笑われたんだぞ!」
「僕がついてきてるか確認しなかったのが悪い。あと、どう考えても僕よりそっちのほうがうるさいよ」
「そういううるせえうるさくねえの話じゃねえよ……ったく。もういいだろ、さっさと行こうぜ。余計に腹減った」
全身から疲れを感じさせるバルドの挙動にエルバートもようやく重い腰を上げた。
「しょうがないなあ、これで貸し二ね」
「二? 一はなんだよ」
「ここまでついてきてあげたでしょ。ハズレも含めて三にしてもいいけど」
「じゃあ三でいいよ。二も三も変わんねえ」
二人は意味合いの違う疲れた顔をしながら部屋を出ていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「おはようございます。今日は皆さんの実力を測るために組ごとの模擬戦をしていただきます」
次の日、席順は昨日のランダム配置ではなくチームごとに固まるような形に変更されていた。
「試験、というほど大袈裟なものではないですが、ここをひとつの基準とするのでチームごとにそのあたりをよく考えて臨んでくださいね。ちなみに、勝敗は重視しません。一〇分後にAチームとBチームの対戦から始めるのでそれまでに相談して方向性を決めておくといいでしょう」
言葉が終わるとすぐに周りはひそひそと相談を始める。
「模擬戦か、どうする?」
「……」
「……」
バルドの言葉に二人は何も答えない。
「いやなんか言えよ」
「どうする、とか曖昧すぎてどう反応すればいいかわかんないし、あたしの答えは昨日言った通りだから」
昨日言った、というのは「好きにやらせてもらう」、「足を引っ張ったら丸焼きにする」のことだろう。
こっちは勝手にやるからそっちも邪魔しない範囲で勝手にやれ、と。
「お前馬鹿か。個人評価ならそれでもいいがチーム単位で評価が決まんだぞ。ワンマンプレイでどうにかなるかよ」
「そこをどうにかするために足引っ張んなって言ったんだけど?」
「んだとコラ……!」
ヒートアップしてきたバルドが席を立つ。
「いいよ。二人とも好きにやって」
「ああ?」
エルバートの声にバルドの動きが止まった。
「僕が適当にサポートするから好きなように突っ込んでいい」
「好きなようにって、お前正気か!? 先公も言ってただろうが、相談して方向性決めろって」
「そう、方向性であって方向じゃないんだ。だから各々好き勝手やるって方向性で。別に負けても死ぬわけじゃないし一回それでやってみたほうが早い。先生はここを基準にするって言ってたよね。僕らもそうだ、これを基準にして変えていけばいい」
「まじかよ……それはちょい肝据わりすぎじゃね? いや、別に言ってることは何も間違っちゃいねえけどよ」
「……」
半ば納得した様子のバルドと、それでもまだ納得していない様子のアウラ。
「じゃあ、それでいいわよ」
だがアウラは確かにそう言った。
「では時間になったので始めましょう」
ヘインはそう言って指を鳴らした。
すると、教室だったはずの視界が一瞬にして何もない大地に切り替わる。
「うおっ! すげ、なんだこれ」
「……空間拡張と認識共有の複合魔法、かな。場所が変わったわけじゃない、空間の広さを無理やり拡げて教室の認識を目の前の光景に挿げ替えたんだ」
「何言ってるかわかんねえけどすげえ」
周囲の生徒もバルドほどではないにしろ、物珍し気にあたりを見回していた。
「さあ、AチームとBチームの六名は前に」
そしてストラヴェール学園における最初の授業、模擬戦が始まった。
それから四、五〇分ほど経っただろうか。
すでに模擬戦は終盤、今はGチームとHチームが目の前で戦いを繰り広げている。
「……」
「……」
エルバートとアウラはその様子を黙って見つめていたが、バルドが不意に姿勢を崩して口を開いた。
「……なんつか、思ってたのと違えな」
「思ってたのって?」
誰に言うでもなくこぼれた言葉をエルバートがキャッチする。
「いや、もっと派手にバチバチやんのかと思ってたんだよ。けど蓋開けてみたら全員へっぴり腰じゃねえか。正直、拍子抜けもいいとこだ」
「僕は最初からこんなもんだと思ってたけどね。普通人に向けて魔法撃ったり殴りかかったりすると身体が拒否反応起こすもんだし」
「そりゃわかるけどよ、先公が見てんだからやばかったら止めに入るだろ。練習で本気出せなくて本番で出せるわけねえ」
「……ゴリラに同意したくないけどあたしも同じ意見」
「誰がゴリラだ!」
「……うざ」
「ッ~~~~!!」
鬼のような形相でアウラを睨みつけるが涼しい顔で澄まされる。
「それだけ割り切れてる人間がいないってことだよ。ただ実力を測るだけなら対人戦である必要はない、つまり実際に敵を前にして行動に移せるかどうかっていうのも見てるってこと」
「尻込みするようなやつがここに来るかぁ?」
「……多分、僕らが思ってるよりいい加減な理由で来てる人もいるよ。せっかくだから行ってみようとか、とりあえず環境を変えたいからとか、一般校にない施設が揃ってるからとか」
エルバートの言から推測するに、ストラヴェール学園は特殊な学校らしい。一般校というのが単なる学力や身体能力の向上を図る場だとすると、こちらは魔法力の向上に重きを置いている、といったところだろうか。
「ハナから遊びに来てる感覚、って言いてえわけか」
「そう言ってもいいレベルの人はいるだろうね。そういう人らは多分一ヵ月もしないうちにいなくなるだろうけど」
「中間試験すら受けずに消えるってか、まあそりゃそうか。先公だって暇じゃねえ。そもそも質を高めるために五年に一回しか受け入れしてねえわけだしな」
話しているうちに四戦目も佳境に入ってきたようだ。
「……三%だし、切り捨てられるのは当然でしょ」
「あ?」
不意に会話に割り込んできたアウラの言葉を聞き返す。
「……」
「卒業率だよ。ストラヴェールは入った人間の約三%しか卒業してない。九七%は見込み無しで退学処分になってる」
答えないアウラの代わりにエルバートがそう言うと、バルドは生唾を飲み込んだ。
「さ、三%ってまじ……? うちのクラスからひとりしか卒業者が出ねえってことじゃねえかよ」
「まあ確率だけで言えばそうなるね。ただ、評価は個人よりチームで見るって言ってたし卒業もチーム単位って考えていい」
「な、なるほど、そうか。ならよかったわ。俺だけ落ちてお前らだけ卒業したら気まずすぎて死ぬところだ」
「……死ねばいいのに」
「おぉい! それは明らかに言い過ぎだろうが!!」
興奮するバルドの脇でGチームとHチームの模擬戦がちょうど終了する。
ヘインはバインダーを手に観戦しており、決着がついてからしばらく何かを書き込んでいた。そして手が止まり、前に出ていた両チームのもとへ向かう。
「お疲れ様です。怪我をしている人は……いませんね。では各々で反省点など考えながら観戦していてください。……さて、続いてIチームとJチームの六名は前にお願いします」
声がかかり、エルバートたち三人が前に出ると少し離れたところからIチームの三人も前に出てくる。
「……」
見ると、Iチームの三人は昨日教室に入ってくるエルバートとバルドに視線を向けていたグループだった。
「んじゃ、とりあえず作戦通りってことでいいな?」
「……」
「うん、それでいいよ」
両チームが向かい合い、ヘインは双方の準備が整っていることを確認して合図を出す。
「では、始めてください」
開戦と同時、バルドの巨体が前に飛び出した。
「っしゃ行くぜぇ……!!」
「……――」
飛び出した際の空気の振動によって隣で発されたアウラの声が掻き消える。
直後、対峙するIチームを巨大な火柱が襲い掛かった。
「うおっ!? な、なんだ!?」
「……」
急ブレーキを踏んで戸惑うバルドの隣では、アウラが照準を合わせるように手を伸ばしている。
「もうちょい早く突っ込んでたら丸焼きだったわよ」
「あれ、お前が……?」
立ち上る巨大な火柱、燃料などあるはずもないがガソリンに火をつけたように瞬く間に燃え広がっていく。
「だから言ったじゃん、足引っ張るなって。あたしならひとりで十分、誰の手もいらない、誰にも頼らない。そんなことに意味なんかないんだから」
二人の後ろでエルバートは少し顔をしかめて呟いた。
「……なるほどね」
その後、間に入ったヘインによって模擬戦は終了の運びとなった。
重傷者はいなかったがIチームの三名は程度に差はあれ、全員火傷を負った。
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