レッドリストの魔法使い

猫太郎

第一章 ストラヴェール学園

1話 魔法使い

遠い昔、この地に人間をはじめとした様々な種が誕生した。


人間は長い時をかけて進化し、知恵をつけていく。それからは早かった。あっという間に人間という種は発展し、その数を爆発的に増やした。


喜ばしいことであるはずだったが、それは来る不幸への揺り戻し。世界の天秤は一方に傾いてはいけない。傾いたのであれば釣り合うように意思が働く。


とてつもない速度で増殖する人間を他種族が疎ましく思うのは自明。仲良く線引きをし合って生きることができればそれが最善だったが、世界は全員が全員得するようにできていない。


森は妖精種が、山は竜種が、海は海生種が、そして陸には人間と魔人種が縄張りを巡らせている。

人間と魔人種は暗黙の了解により棲み分けをしていたが、人間が数を増やし過ぎたために魔人種のテリトリーを侵食することになる。


許諾のない侵入は宣戦布告と同義。


ついに堪忍袋の緒が切れた魔人種は、強大な力を持って人間に攻撃を仕掛けた。


言葉で表すことのできない壮絶な力、明らかな過剰戦力。

世界最弱の生物に対し発された攻撃は大地を揺らし、森を消し飛ばし、山を砕き、そして巨大な津波を呼んだ。


……多くを語る必要はない。

ありとあらゆる全ての生物による戦争が始まった。




人間は世界最弱の生物である。

だがしかし、強者を観察することで鍛え上げてきた模倣力だけは飛び抜けていた。


模倣という武器を手に、人間は新たな武器を手に入れる。


主に魔人種や妖精種が好んで扱う魔法。

空気中に漂う魔素に指向性を与えることで超常的現象を引き起こす奇跡の技、それを模倣によって自らのものにしたのだ。


当然誰もが魔法を扱えたわけではない。当時の総人口のおよそ〇.〇〇〇一%のみが魔法を会得することに成功した。

しかし付け焼刃の武器で他種族に勝利するなど不可能、夢のまた夢。


どれだけ器用に扱っても、ある程度の人間とともに戦場から離脱することしかできない。そう、全員では無理だ。何せ〇.〇〇〇一%、ひとりで一〇〇万人を護衛するなんて不可能だ。


選択の余地は皆無。

大多数の仲間を見殺しに、種としての存続を選ぶほかなかった。




そして、激化の一途をたどっていた大戦はある時を境に呆気なく終結する。


魔人種の前には、もう人間が残されていなかった。緩んだ手は他種族にも伝播する。最初は海生種が、次いで竜種が、そして最後に妖精種が戦いの手を止めたことによって全てが終わったのだ。




天秤は一方に傾いてはいけない。

だが、乗せるものも取り去るものもなければその傾きを正すことは何者にもできない。




――そう、誰もが思った。




△ ▼ △ ▼ △




大戦が終結してから一〇〇〇余年、現在でも妖精種は森に、竜種は山に、海生種は海に、魔人種は陸に拠点を置いて生活している。


しかし相違点がないわけではない。大戦時の壮絶な攻撃の後遺症と言うべきか、ある領域を囲むように霧のような瘴気が蔓延していた。瘴気内の移動は魔人種以外に不可能であり、他には転移魔法と呼ばれる「指定した座標の空間同士を無理やり繋げる方法」を採らねば瘴気の外側に移動することは叶わない。

瘴気の外には大した土地もなければ自然も貧困、広大な海は存在するが瘴気の内側に広がる海だけで海生種にとっては十分過ぎる広さがある。


だから瘴気の外にはどんな生物もやって来る理由がない。土地がないから魔人種も竜種も来ない、豊かと呼べる自然がないから妖精種も来ない、持て余すほど広い海があっても海生種は必要としない。


だがしかし、そんな何者も存在しないはずの領域に、ある種族が存在していた。




▲ ▽ ▲ ▽ ▲




ここは瘴気の外側。都市というほど繁栄してはいないが田舎というほど開拓されていないわけでもない、そんな場所があった。


外側に巡る土地をほぼ余すことなく使った、絶滅の危機に瀕している人間の生活圏。


そこにはひと際目立つ建物があった。他に見える住居などとは一線を画した見るからに立派な建造物。

そのテラスに設えてある椅子の上、小柄な少年が開いていた本をゆっくりと閉じた。


「――よう、こんなとこで何ぼさっとしてんだよ」


そこに同年代であろうがっしりとした体型の少年がやって来た。


「えっと、同じクラスの……誰だっけ?」


「バルド、バルド・グリスだ。覚えてねえのも無理ねえけど、さすがに十数分前に自己紹介したのに忘れられてるってのはそれなりに傷つくぞ」


クラス、ということからここが学校なのであろうことがわかる。


どうやら二人は初対面の様子。しかしながら同じクラスという認識がある以上顔だけは覚えていたと思えばかなりましだろう。


「ごめん、あんまり興味なかったから聞いてなかった」


「正直かよ。けど確かに人の自己紹介なんざ大して興味もねえか」


「……本読んでたんだよ」


噛み合わない少年の返答にバルドは眉をひそめる。


「あん?」


「何ぼさっとしてんだって言うから、本読んでたって」


少年は言いながら、手にある本をよく見えるように掲げて左右に振った。


「いや、そりゃ本持ってんだからそうなんだろうよ」


「うん」


「変なやつだな、お前」


「……エルバート・フラン」


「あ? ……ああ、お前の名前か」


その言葉に頷くと、本は空間に溶けるように消え去った。


「収納魔法か、便利でいいな」


「パドルは使えないの?」


「バルドだっつの。つか収納魔法って七階級魔法だろ、同年代のやつらは普通使えねえんじゃねえのか」


「魔法式を最適化すればそこまで技術は必要ないよ。現に僕は第八位階ダームだし」


エルバートは言いながらゆっくりとした動作で立ち上がる。


第八位階ダームってことは一回は試験受けてんだな」


「……つまりパルコは第九位階フリットってこと」


「お前もうわざと間違えてるだろ……母音が合ってればそれっぽく聞こえるけど別人だからな」


屋内に入っていくエルバートの背を追うようにバルドもそれに倣う。


「つか、本読むだけでなんでこんなとこにいたんだ?」


「それよりもどうして初対面の相手にそんなに気安いのかのほうが僕はよっぽど気になる」


「別に大した理由なんざねえよ。同じクラスなんだから気の合うやつでもいねえか物色中ってだけだ。言っちゃ悪いがお前はハズレだな……んで?」


会話を続けながら廊下を歩き、ある扉の前で二人の足が止まる。その扉の上には“B”と書かれた札が下がっていた。


「……うるさいから」


扉の向こうからは賑やかな声がこちらまで届いている。


「なるほど、とりあえずお前がどういう人間かってのは大体わかった」


扉を開くとそこは教室だった。すでにいくつかのグループが形成されているようで、数人の固まりがちらほらと見える。

開かれた扉に一瞬視線が集まるがすぐに楽し気な会話が再開される。


ただ、窓際にいたひとつのグループだけはこちらに視線を向けたままだった。


「……」


エルバートはそのグループに一瞬だけ視線をやると、そのまま自らの席へ歩いていく。


「あ、おい! ……なんだよ、やっぱあいつはハズレだな」


こぼすバルドに見向きもせず、エルバートが席に腰を下ろしたところで鐘が鳴った。




ほどなくして教師と思われる若い男性がやって来る。

学校という場、今日が初対面であるということから、現状は入学式が終わった後のホームルームの時間であろうことが推測できる。


「――改めてストラヴェール学園へようこそ。私は君たちを担当するヘインです。これから君たちには基本的に三人一組で行動してもらうことになります。評価も個人ごとというより、チームごとに見ていくことになるので注意してください」


教師、ヘインの言葉に室内が少しざわつく。


「早速ですが今からしばらく時間を取るので、自由に組んでみてください。決定したら私のところに報告に来ること。もしも相手が見つからなかった場合は私が独断で決めるので特定の誰かと組みたいという意思がない場合はそれでも構いません」


軽い調子で言っているが、これはかなり大きな選択になるだろう。言いようからしてこれから先の学校生活全体を左右する。

それでも自由に組んでいいと言ったのは、きっと誰と組むかが重要なのではなく組んだ相手とどう接するかという部分を重視するからだろう。


合図が出て、ほとんど全ての生徒が席を立ち周囲とコミュニケーションを取り始める。


そんな中エルバートは早速本を取り出していた。最初から誰と組むことになってもいいという意思表示。

誰かが声をかけてきたら乗ってもいいし乗らなくてもいい。あぶれたらあぶれたで勝手にどこかに組み込まれるので自ら行動する必要性を感じない、ということだろう。


数分後、いまだにざわつきが残る教室にヘインの手拍子が響いた。


「はい。少し早いですが、全てのチームが確定したので確認のために読み上げます」


そして手元のファイルを見ながら順に読み上げていく。


「便宜上、決まった順にアルファベットを振っていきます。まず最初は――」


読み上げる口に合わせるように空間に文字が浮かぶ。Aチームという文字の下に三人の名前。続いてBチーム、Cチームと淀みなく確定していく。


「――がIチームでいいですね。……そして、まだ名前が呼ばれていない人が三人いると思うのですが、手を上げてもらってもいいですか?」


ゆっくりとした動作でエルバートの手が上がり、続いて遠慮がちにバルドの手が上がる。そして窓の外に視線を向けている少女の手も上がっていた。


「では名前だけ口頭でお願いします」


「バルド・グリス」


「エルバート・フラン」


「……アウラ・ゼーテ」


空間に新たに文字が浮かび上がる。


「はい、ではJチームはこの三人ということで」


ヘインがそう言って指を軽く振ると、空間に浮いていた文字が後ろの壁に吸い寄せられるように飛んで行った。


「今はフラットな状態なのでチームのアルファベット順に並んでいますが、今後の皆さんの評価から明確な順位付けをして常に見えるようにしておきますので有効活用してください」


そこにはヘインの言葉通り、名簿のように全員の所属チームと名前が刻まれていた。


「それでは、本日の内容に関してはこれで終わりなのであとは自由に過ごしてください。寮で休むも良し、チームで親睦を深めるも良し、深夜以外であれば校舎も開放しているので探索するのも良いでしょう」


競争をけしかけたことで若干空気が張りつめていたが、自由を与えられたことで幾分和らいだような気がした。




「つーわけだ、俺たちも親睦とやらを深めていこうぜ」


教室にはバルド、エルバート、アウラの三人だけが残っており、すでに他の生徒はチームごとに固まって外へ出て行った後だ。


「面倒くさいし、そういうのいいや」


「は……?」


「あたしもパス」


「はあ!? いやいやなんでだよ!」


初対面の仲間とこれから先をともにしていくわけだ、バルドの提案は妥当なところだったが二人は乗り気ではない。


「……あのさ、あたしたち余りものなわけじゃん。あんたがどうなのかは知らないし興味もないけど、こっちのは多分あたしと同じ考えでしょ。別に仲良しごっこしたくてここに来たわけじゃないし」


「仲良しごっこて……そりゃ俺だってそういうわけじゃねえけどよ、せっかくやるなら楽しくやったほうがいいに決まってんだろ」


「価値観の押し付け。誰もが自分と同じようにものを見てると思い込むのやめてくれる? うざいから」


「うざッ!?」


ショックで硬直するバルドをよそに、アウラは短く息をはいて席を立つ。


「そういうわけで、あたしは好きにやらせてもらうから。あと、一応言っとくけどあたしの足引っ張るような真似したら丸焼きにするから覚悟しといて」


「ちょ、待てって! ……チッ、なんだよあいつ、感じ悪りぃな」


「じゃあ、僕も寮に帰るから」


「うぉおい!」


同じように席を立とうとしたエルバートの肩をバルドが強く掴んだ。


「お前は本当に待て! 頼む、後生だ」


「ハズレの僕と一緒にいてもしょうがないでしょ」


「ぐっ……いや、あれは言葉の綾というか……」


「あれだけ直接的な発言に綾も何もないと思うけど」


「だー! わかった! 俺が悪かった!!」


掴んでいた肩から手を離し拝むようにして頭を下げるバルド。


「だからちっとくらい仲良くしようぜ……チーム内でギスギスすんのも先暗すぎんだろ? な?」


「別にギスギスしてると思わないよ。初対面だしこんなもんじゃない?」


「おいおいあれが普通なのかよ。耐えられる気がしねえ……」


「……まあ、僕としてはなんでもいいんだけど。ていうか親睦を深めるって何するつもりだったの?」


頭を抱えていたバルドが顔を上げる。


「そりゃお前、あれだろ……あれ……」


「何も考えてなかったわけね」


「とりあえずああいう流れ作ったら改めて自己紹介してそっから話膨らむだろうが……会話してりゃそれなりに打ち解けるだろうし」


「多分だけど、わざわざそこに時間を充てるって発想が僕も……あの、なんだっけ、アウラ? もないんだよ。嫌でも一緒にやってかなきゃならないんだから必要に迫られれば仲良くするし顔色も窺う」


「そうかぁ? あの態度でそうは見えねえ……」


人によって受け取り方は様々だが、確かにバルドの言う通りあの態度で人を立てるような言動をするとは考え難い。


「ここにいる全員最終的な目的は同じなわけだし、それが達成されるなら好き嫌いなんて二の次だよ」


「……」


エルバートの言葉にバルドは一度目を丸くし、続いて笑みを浮かべた。


「当然、今度は人間こっちの番だからな」


教室の窓から四羽のカササギが飛んでいくのが見えた。

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