第19話.優しくて力強い呪い

 


 コウは、ヘスティアが抵抗出来ない程の速さでヘスティアに近づき、刹那の間にヘスティアを持ち上げた。そして、包まっていた毛布を剥ぎ取り、ヘスティアをお姫様抱っこする。

 コウは部屋を飛び出した。


「……っ、何で⁉︎」


 部屋を飛び出し、全力疾走していたコウに、腕の中のヘスティアが目を擦りながら問いかける。

 ヘスティアの家族の場所を知ってる訳ではないコウは闇雲に走っていて、焦りも少し感じていたが、心を落ち着かせてその問いに応えた。


「さっきも言っただろ。俺は君を――ヘスティアを救いたいんだ!」


「だから、それが何で……って!」


 ヘスティアは苦痛を、きっと事物心ついた頃から苛まれてきた苦悩を思って、叫ぶ。その叫び声を聞いたコウは、思わず立ち止まる。そして、


「すまん……一旦降ろす」


 胸に抱えていたヘスティアを、コウは丁寧に降ろした。ヘスティアは一瞬、コウの真意を探ろうとするような視線を向けたが、素直に立ち上がる。


 ルビーのように輝く瞳が、コウをどこまでも見据えていた。その視線はコウを信用していなくて、コウはそんな視線に悲しみを抱きながらも告げる。


「……俺は、落ちこぼれだった。どんなに努力しても、決して報われることがなくて、いつもみんなに負けていたんだ」


「そんなこと……っ!」


 突然なコウの発言に、ヘスティアが奇異なものを見るような視線を向けてきた。

 ――そんなことを言って、今更何が変わるのか。

 ヘスティアが言いたかった言葉は、きっとこんなものだったのだと思う。


「――それでも俺は、変わることが出来たんだ。今こうして、学院で剣を学べている。確かに俺は、あの出来事に救われた」


「……何を言ってるの?」


「俺が強くなれた理由――剣を握ろうと思えたきっかけだよ」


 やはりヘスティアからしたら、コウは急に意味の分からないことを言っている奴にしか映らない。それでも、大事な宝物を扱うかのように話すコウを見て、自然と空気を察したのだろう。ヘスティアは僅かに沈黙する。


「――。それがどうしたって言うの⁉︎」


 しかし、コウの言葉で怒りの芽が摘まれることは無かった。ヘスティアは憤怒した形相で叫ぶ。

 そんな言葉が返ってくると憶測を立てていたコウは、それでも自分の想いを伝えようと、次の言葉を選んだ。


「俺はただ、ヘスティアにとっての剣を握るきっかけになりたいんだ。ヘスティアは絶対強くなれるし、剣術で多くの人を魅せることが出来る。 ヘスティアの剣術に魅せられた一人である俺は、ヘスティアに剣を握って欲しい――!」


 コウなりの応えを述べるとヘスティアは、暫くの間押し黙る。想いを伝えるうちに、コウは右手を自分の胸に添えていたようで、静かにその手を下ろした。


「……私より強いあんたに言われても、あまり嬉しくは無いわね」


「そう、だよな……」


 その赤い瞳に哀愁を漂わすヘスティアは、寂しげに呟く。コウは静かにその瞳を見つめる。

 ヘスティアはまだ、自分に何かを伝えようとしてるのだと、コウは悟っていた。


「……でも、あんたに救ってもらえたら、私はきっと、良い未来を迎えられると思った。そんな事言ってくれたのは、あんたが初めてだったの。 だから――」


 ヘスティアは瞬きをして、さっきまでとは少し違った視線をコウに向けながら言葉を繋ぐ。そんなヘスティアの行動が、強く印象に残る。


「私を、救ってくれない?」


 ヘスティアの取る仕草の一つ一つが脳裏に焼き付く。


 今回のようなお願いをする機会が元々少ないのか、お願いする時の態度にはまだ程遠い。

 それでも、ヘスティアなりに思いを込めたのか、その声にはどこか優しさがあった。

 自然と上目遣いになり、コウを真っ直ぐ見つめるヘスティアの瞳。ルビーのような、宝石のようなその瞳は、やはり綺麗だ。


 他にも、手をもじもじさせる仕草や、頬が赤く染まっている姿――それら全てを脳裏に焼き付けたコウは、頷いて応える。


「――あぁ、分かった。俺が必ず、ヘスティアを救う」


 友達同士のように握手を交わすこともなく、恋人同士のように抱擁することもない。今のコウとヘスティアの仲は、クラスメイトで止まっているが、今はまだそれでいい。


 ――コウは、ヘスティアを救うことを誓った。

 ――コウは、悲しい運命に縛りつけられたヘスティアを救う。


 コウたちの言葉の交わし合いには、確かな意味があった。



 * * *



 ヘスティアに案内され、なるべく急いで目的地に辿り着いたコウは、豪華な扉の前に立ち塞がる。

 コウたちは、食卓のすぐそばまで来ていた。


 ヘスティア曰く、家族はここに集まっていて、今もまだ食事の最中のようだ。

 大きく深呼吸をしたコウは、覚悟を決める。

 コウのすぐ隣に立つヘスティアも、緊張感をその身に纏っていて、扉に向ける視線の先では家族を見ているように思えた。


「……よし、開けるよ」


「うん」


 コウはヘスティアに小声で合図を送る。そして、ヘスティアが頷き返すのを見届けてから、食卓に割り込んだ。

 コンコンと合図を送ることもなく、コウは両開き扉のドアノブを掴み、押しながら扉を開く。



 扉を開いてみて、まず目についたのはヘスティアの父だった。

 ヘスティアと同じ赤髪に赤い瞳。そして、食事をしてる最中だというのに伝わってくるその存在感。数々の修羅場を潜り抜けてきた者にしかないようなオーラが、その身に纏われている。


 そんなヘスティアの父親を一瞥したコウは、次にヘスティアの母親や兄妹を見つめた。


 ヘスティアの母親は桜色の髪と瞳をもっていて、髪型はセミロング。父親とは違って優しそうな印象を受ける。

 しかし、侵入者であるコウを見据える瞳にはどこか冷たげなものがあった。


 次に、今は騎士団に所属していて、話し合いのために休暇を取って帰って来たと言うヘスティアの兄。身長はコウよりも高めで、凛々しさを感じる。

 値踏みするかのような視線をコウに向けていた。


 そして、ヘスティアの妹。赤い薔薇の花のような鮮やかな紅色の髪をもっていて、ヘスティアやその母親にも見劣らない可愛さがある。おそらく、年齢は八歳ぐらいだろう。

 驚きながら、ヘスティアの方を見ていた。


「……何だ貴様は」


 一通りヘスティアの家族を一瞥したコウに、鬼気迫るような力強い声がかけられる。コウに鋭い視線を浴びさせながら、ヘスティアの父親は冷酷に問いかけてきたのだ。


「お初目にかかります。俺の名前はコウ・ゲニウス、僭越ながらにも御宅の娘さんのクラスメイトをさせてもらっています。どうぞお見知りおきを」


「――。今更そんな態度はよせ。敵対する心が見え見えだぞ」


 コウの知識の中からそれらしい言葉を引き出し、丁寧な挨拶をする。しかし、いくら丁寧な挨拶をしようとコウの心理は見破られていたようで、見事に言い返されてしまった。

 ヘスティアの父親の赤い瞳は、コウの心を掌握しようとしてきている。


「そうですか。……なら、いつも通りで喋らせてもらいます」


「早く言え。最も、話す内容次第では貴様の首も飛びかねぬがな」


 コウは話し方を変えてみるが、ヘスティアの父親は、そんな事はどうでも良いと言わんばかりにあっさりと斬り捨ててきた。

 コウは深く息を吸い込み、右隣に立つヘスティアの存在を感じとりながら語り出す。もう、決意は決まっている。ただ突き進むだけだ。


「――俺は、貴方達にあることを宣言する為に今この場にいる! どうやら貴方達は、ヘスティアが次席だったことに不満をもっているようだ。次席になってしまったで、ヘスティアの評価を見誤っている。 だけど、それは違うだろ!ヘスティアに過度な圧力をかけているのも全て含めて、貴方達は間違っている‼︎ 俺は今ここで、貴方達に宣言します。 ――学院を卒業する時、ヘスティアは必ず首席で卒業する!そしてその頃には、貴方達では太刀打ち出来ない程に、ヘスティアは強くなる‼︎ 国中にヘスティア・アンタレスの名前が轟くんだ!!」


 最後まで言い終わると共に、コウはヘスティアの手を掴んで駆け出す。そして、窓のすぐ目の前に来たコウは、窓を開けるのと同時にヘスティアを再びお姫様抱っこして――、


「えっ、ちょ、何で……っ!?」


「では、さようなら!ヘスティアは俺が貰っていきます!!」


 場合によっては別の方向に勘違いしかれない言葉を残して、コウたちは窓から飛び出した。右手でしっかりヘスティアを掴みながら、コウたちは浮遊感に包まれる。

 食卓は三階だったため、程々の高さがあるのだが、コウたちがその事実に驚くことは無かった。


「え、えぇぇ――!!」


 ヘスティアは、落ちることの怖さと言うよりは、コウたちが家族の目の前で飛び出した事実に驚きの声を上げる。


 コツン――と、音を立てて軽々しく庭に着地するコウたち。後ろから何やら叫ぶ声が聞こえてくるが、全て無視して走り出す。

 庭を走り抜けて門に来たコウたちは、警備員が阻める手を強引に超えて、ただひたすらに駆け抜けていく。


 街を駆け回り、コウたちは学院に向かって走り続ける。

 走って、走って、走り続けて、コウたちは――。



 ――後悔のないように、迷いの無い道を歩み始めた。

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