第15話.学院生活 首席と『次席』

 


 学院二日目の朝、1Aのクラスで電撃が走る。コウの自己紹介に、誰もが疑問を抱いた。


「……おい、コウ。お前って家名あったの?書類にはそんなこと書かれていなかったぞ?」


「あ〜、俺にも色々事情があって、そこまで公にこの家名は名乗れないっていうか……」


 早速ミラ先生に突っ込まれたコウは、ボヤかしながらも説明する。しかし見た感じ、コウの家名について何か知っているようには見えなかった。どうやら、ただ単純に疑問を抱いているようだ。


「お、おう。そうか、事情があるのなら仕方ない……よな」


「……よろしくお願いします」


 難なく自己紹介を終えたコウは、椅子に座る。次はコウの後ろの席が自己紹介する番だ。クラスメイトの名前を覚えるべく、耳を傾ける。


「俺の名前はティーガーだ!趣味は筋トレで、この肉体も毎日の筋トレによって手に入れました‼︎ どうぞ宜しく!!」


 金髪に琥珀色の瞳、鍛えられた肉体は制服越しでも伝わった。コウとの体格差も随分とあり、戦闘において彼の肉体は多大なる恩恵を与えると思われる。


 ティーガーは自己紹介した後、席に着き、また次の人の自己紹介が始まった。

 一人あたりにかかる時間は短いので、すぐにコウの隣に座る人物――アルの番が回ってくる。


「俺の名前はアルタイル。家族や友人からはよく、アルと呼ばれています。皆さんも気軽にそう呼んで下さい」


 席を立ち上がったアルは、予め考えてあったのか、スムーズに自己紹介を終えた。

 席に座ったアルは、ホッと一息を吐いてからコウに小声で話しかける。


「……ねぇ、もしかしてコウって、何かの貴族だったりする?」


「いや、別にそういう訳じゃないけど、どうして?」


 貴族というものがこの王国にも存在する、それは誰もが知る事実だ。ただ、貴族だからといって特段何かが凄い訳ではない。

 確かに一般人よりは豊かな生活を送っているが、法を破ることは許されないし、平民をどうこうする権利も持っていないのだ。


 もちろんコウは貴族ではないので、否定するのだが……、


「この学院に首席で入学するのは貴族しかいなくてね。不正をしてる訳ではないと思うけど、幼少から英才教育を受けてる影響で、そうなってるんだ」


「へぇ〜」


 ……だから入学式の時、俺の名前が呼ばれた時だけ微妙な反応だったのか。


 アルの話を聞き、少し合点がいった。だけど、「首席なのが貴族」と言うのではなく、「首席で入学するのは貴族だ」と言うのは何故だろうか。

 その答えはアルが解決してくれた。


「まぁでも、入学当時は貴族しか首席にならないけど、学院で修行を重ねた平民が首席に成り上がることがあるんだ。――だから、僕もコウに負けないよ」


「あはは……俺も首席でいられるように精進するよ」


 アルの発言により、改めて『首席』というモノがどのような存在なのかを思い知る。


 ……俺も、頑張っていかないとな。


 話を終えたコウとアルは、再びクラスメイトの自己紹介に耳を傾けた。学院生活はまだ、始まったばかりで、これから沢山の事があるのだ。今も身体に纏い続ける高揚感は、未だかつて無いくらいに高まりつつあった。



 * * *



「それでは今から、二人組を作れ」


 自己紹介を終え、訓練場に来ていた俺たちに、ミラ先生は残酷な言葉を告げる。ミラ先生は、分かって言ってるのだろうか。このクラスは25人しかいないため、一人は余ってしまうということを……。


「あっ、一応言っておくが、余った奴は私と稽古な。みっちりシゴいてやるよ」


 ……っ、やっぱり一人余るということを知ってたか!先生と手合わせ出来ることには若干の興味があるが、なんか怖い。

 ……ここは無難に、クラスメイトと二人組を作ろう。


 コウは軽く咳払いをしてから、隣にいる筈のアルに声を掛けようとする。――しかし、


「なぁ、アル――「おいアル!一緒に組もうぜ!!俺の勝手な直感だが、お前と組んだら何か良いことがありそうなんだ‼︎」


「……う、うん。分かった。やろうか、ティーガー君」


 コウがアルに話しかけるのを遮って、ティーガーが割り込んできてしまった。アルはコウを見て、申し訳なさそうにしながらも、ティーガーの誘いを受け入れてしまう。


 コウは顔が暗くなるのを感じながらも、別に誰かいないかと探し出すことにした。


 ……でも、何か俺、避けられてる気がするんだよなぁ。


「あれは……ヘスティアか」


 そんな時にコウは、二人組を作るのに困難を強いられてるヘスティアの姿を見つける。どうやらヘスティアはまだ、コウに気付いていないようだ。

 背後からヘスティアに近づきつつ、コウはどう声を掛けようか悩む。


 ……何か話しかけにくいな。でも、普通に話しかければ大丈夫、だよな……。


「あの、ヘスティアさんも組む相手がいないの?もし良かったら、俺と組んで欲しいんだけど……」


 コウが死角から急に話しかけると、ビクンッとヘスティアは跳ね、それでも何事も無かったかのように澄まし顔でこちらを振り向いた。


 ヘスティアは不気味な笑顔を浮かべながら、コウに話しかける。


「私はヘスティアよ。別に“さん付け”なんかしなくて良いわ。コウ


 ……“さん付け”はマズかったか……ってあれ?どうしてヘスティアは“さん付け”してくるんだ?


 ここに一つ、矛盾が生じた。……というはどうでもよく、ここで話を途切れさせてはいけない。コウはヘスティアを誘わなければならないのだ。未知なる恐怖を回避するために。


「あの……俺と一緒に組んでくれる?」


「……良いわよ。私も是非、あなたと剣を交えたいと思ってたから」


「そうか。じゃあ、宜しく」


 ヘスティアは少し考える素ぶりを見せたものの、了承してくた。コウは少し嬉しくなりながら、ヘスティアに右腕を差し伸ばした。


「……?」


 しかしどうやら、ヘスティアにはコウの行動の意味が理解できなかったようだ。


「あ、ごめん。握手のつもりだったけど」


「別に、二人組を作るのに握手は必要ないでしょう。先生もそこまでしろと言ってなかったわ」


 コウが言いながら右腕を下ろすと、ヘスティアはあくまで知っていた風を装いながら、早口気味に言い返してくる。

 別にそこまで否定しなくていいのにな、と内心で思いながらも、コウは「分かった」とだけ言っておいた。



 *



「よしじゃあ今から、稽古を行うぞ。取り敢えず今日は、木剣を使って稽古を行うが、過度な怪我を負わせることが無いように。 なお、今日は純粋な剣技を試す為、剣気を纏うのは禁止な」


「「「はい!!」」」


 二人組を作った後、木剣を手にしたコウたちは稽古を始める。

 ちなみに、コウとヘスティアで話し合った結果、ヘスティアから技を仕掛けることになった。



 コウとヘスティアは正眼の構えで向かい合い、そっと息をする。コウたちはざっと五メートル程離れていた。


「ハァ――ッ!!」


 ヘスティアが疾風の如く動き出し、コウとの間合いを一気に詰めてくる。

 間合いを詰めてくる間に、ヘスティアは木剣を振り上げていて、それをコウの頭に目掛けて振り下ろしてきた。


「――――ッ‼︎」


 それを見切ったコウは、ヘスティアの剣戟を防ぐために、左足で踏み込みながら木剣を斬り上げる。


 カンッ!


 木剣同士がぶつかり合う甲高い音を響かせると共に、コウの右手に強い衝撃が襲いかかった。


 ギシギシと音を立てながらコウとヘスティアは競り合う。どちらの顔にも余裕はなくて、全力でぶつかり合ってることが見て取れる。

 しかし、このままでは埒があかないと両者は考え、後ろに跳ぶことで互いに距離を取った。


「「――――」」


 無言で睨み合うコウとヘスティア。コウは黒い瞳を、ヘスティアはルビーのように輝いた瞳を交わしている。


 ……剣気を纏うのを禁止されると、やっぱり難しいな。でもきっと、剣気を纏わずとも技自体は繰り出すことが出来る。

 ……なら、あの技でいくか。


 剣気を纏うことによって技の威力が倍増するのは確かだが、それを禁止されたからといって、同じ動きが出来ない訳ではない。

 だからコウは、剣気を纏わずとも繰り出せる剣技の中から、あの技を選んだ。


 すっと脚を踏み出し、ヘスティアとの間合いを縮めて、一足一刀の間合いに入った瞬間に技を繰り出す。


「〝八岐大蛇やまたのおろち〟……‼︎」


 大蛇を模倣した剣気は――纏われない。だが、この剣技の冴えが色褪いろあせることは無かった。

 コウの技の名前を耳にして、一瞬驚きの顔を見せるヘスティアに向かって、八連撃の剣戟が繰り出される。


 ――『一撃目』。

 右斜め上からの振り下ろし。

 ヘスティアは両手で木剣を持ち、巧みにそれを防いで見せた。


 ――『二〜五撃目』。

 切り返して木剣を振るうコウ。左斜め上から、右斜め下から、右斜め上から、左斜め下からと、剣戟を連続して繰り出す。

 しかしこれも、ヘスティアによって防がれていく。まるで舞を舞っているかのように、ヘスティアは防いで見せたのだ。


 ――『六撃目』。

 真上から、体重を剣戟に乗せながら木剣を振るう。

 木剣を横に寝かし、少しだけ角度をつけた状態で、ヘスティアはコウの剣戟を防いだ。


 ――『七撃目』。

 もう迷いはない。

 最後の八撃目を迎えることだけを考え、迷いのない動作で真下から木剣を斬り上げた。

 ヘスティアの握る木剣は、コウの剣戟によって衝撃を喰らい、少しだけ跳ねる。


 コウはその隙を見逃さず、最後の剣戟を繰り出そうとした。


 ……『八撃目』――ッ!!


 木剣を天に掲げ、身体を前のめりに捻らせながら振り下ろす。その動作を今、コウは繰り出そうとしていた。


「はぁぁぁああ……!!」


 全力を、この一撃に込める。ただその一心で、俺は剣戟を――



 ニカっと、ヘスティアは笑っていた。



 ……――は?


 八撃目は、やや今までの剣戟に比べて動作モーションが長い。

『八岐大蛇』という技の欠点の一つであるその点を利用してヘスティアは、全力の突きをコウの心臓目掛けて繰り出していた。


 ――それ故に、彼女は笑った。


 ……やば――


「やばい」という言葉が思考を埋め尽くす。だが、コウは回避することが出来ず、ヘスティアの木剣はこうの左胸に食い込んだ。


「がはっ……!!」


 一瞬、コウは『死』を臨時体験する。冗談抜きに、死ぬかと思った。

 食い込んだ木剣はコウの肋骨に当たり、衝撃が内臓に響く。刹那の間に襲いかかる痛覚で、脳が『死』を錯覚したのだ。


 コウの身体は衝撃によってふらつき、後ろに転倒しかける。だがコウは、何とか意識を引っ張り出し、みっともなく勝負を終えないように抗う。


 ヘスティアと距離を取る為に後ろへ跳ぼうかと考えた。しかし、コウのどこか冷静な部分がそれは不可能だと告げる。

 仕方がなく、コウはゆっくり後進した。弱々しい一歩だが、大丈夫。コウはだんだんと回復してきている。

 コウは抗う。


 ――抗い続けてどうなるのか。

 コウはその答えを考えることなく、黙々と正眼の構えを取る。


 ドクン、ドクンと、心臓の鼓動は鳴り響く。それでも、コウはヘスティアを、ヘスティアはコウを静かに見据えていた。


「「――――」」


 ヘスティアはまるで「まだ続けるの?」とらでも言いたげな表情を浮かべたが、やがてその表情も晴れ、真っ直ぐとコウを見るようになる。


 息を吸っては吐く、その繰り返しを続けコウは、ようやく意を決めた。


「――ッッ!!」


 肺が痛むため、声は思うように出せない。それでもコウは、精一杯の気力を込める。コウとヘスティアは息ぴったりに動き出し、木剣を振るう。


 カン――ッ‼︎


 木剣を握る手のひらに加わる衝撃。手のひらが酷く痺れた。

 コウは手のひらを固く握り締め、木剣を握る力を強める。


 ……まだ、だ――ッ!!


 衝撃に耐え、力を振り絞るために奥歯を噛み締めて、コウはその一瞬の間で全力を尽くす。すると、次第にコウの木剣はヘスティアの木剣を押し返していき――、


「あっ……!」「……っ!!」


 コウの剣技によって、ヘスティアの木剣は飛ばされた。

 手から滑る落ちるようにして離れていったヘスティアの木剣が、音を立てながら地面に落とされる。


 ――コンッ……。


 木剣が落ちるその乾いた音は、コウたちの決着がついた後の空虚さをそのまま表していた――。

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