第14話.学院生活『コウ・ゲニウス』
このクラスの担任となるミラ先生の言葉に、誰一人として返す言葉が無く、クラス内が静寂に包まれる。
誰一人とも口をひらこうとする者はいない――と思ったら違った。
「ミラ先生、一つ聞いてもいいですか?」
コウよりも後ろの席から、一つの声が上がる。コウはその声に既視感を感じながら、声の元へと視線を向けた。
深紅の髪を揺らして立ち上がり、そのルビーのように輝く瞳をミラ先生に向けている。声を上げた少女は、あの次席の少女――ヘスティアだった。
……まさか、同じクラスになるとはな。首席と次席は流石に分けると思ってたんだけどな。
やはり、学院側の思惑があるのかもしれない。これはこれで、とても興味深い疑問だ。
しかし、とりあえず今はそれどころではない。コウは意識をヘスティアの方へ傾けた。
「ミラ先生は、初めからずっとクラスルームの後ろで息を潜めて立っていた、と仮定させてもらいますが、何故そんなことをしていたのですが? 私たちを試すおつもりで?」
「……そうだな、まずその仮定は正しい。そして、お前たちを試していた、というのも少しあるな。――だが、少し違う」
ヘスティアはミラ先生に問いかけ、その答えを待っている。
ミラ先生は少し違うといっていた、つまりコウたちを試すということ以外にも、あの行動には理由があったということだ。
「――。それは――」
「お前たちに、楽しんでもらうためだ」
「――え?」
ミラ先生の斜め上な回答に、思わずヘスティアは情けない声を出す。しかし、それはヘスティアだけではなかったようで、クラス中が不穏な雰囲気に包まれた。
……楽しんでもらう?
……どういうことだ?
ミラ先生の発言に、当然コウもいくつかの疑問を浮かべる。しかし、なかなかミラ先生の真意を掴むことが出来ず、コウは眉間に
時計の秒針とミラ先生だけが、こんな中でも平然としている。
「ふっ、折角このアストレア剣術学院に入ったんだぞ、
ミラ先生の言葉は完全にこの場を掌握していて、誰もが言葉を失った。ヘスティアは既に勢いを失っていて、今では突っ立っているだけになっている。ミラ先生の話す言葉は何故か、すんなりとコウたちの頭に入ってきた。
「――っ」
すると、そんなそんな空気を察したのか、「分かりました」とだけ告げたヘスティアは静かに着席する。
その姿を見たミラ先生は、一瞬微笑んでから、再び話を始めた。これからの学院生活についての話だ。
「大体のことはもう散々聞いていると思うから、私からはまず食堂について話させてもらう。
お前たちがこれから住むこととなる寮は、一人一部屋で、十分な設備が整っているのはもう知っているな。寮には台所があり、自分で料理することが出来る。
しかし、中には毎回料理するのが大変な時がある。だから、そんな時には食堂を是非とも利用して欲しい。言っておくが、頬っぺたが落ちるくらい美味いぞ」
少し長めの話が終わるのと同時に、数名の口から感心するような声が上がる。
ミラ先生の話し方がさっきまでとは少し違い、弾んでいるのもあって、俺はワクワクとドキドキで胸を躍らせていた。
「食堂のメニューはな、A定食とB定食に分かれていて、A定食の主食は白米で、B定食の主食はパンなんだよ。それが凄い美味しくてな〜」
……成る程、主食を気分で変えれるのか。ふかふかのお米に、モチモチのパン、想像するだけでお腹が空いてきそうだな。
まぁ、流石にお腹が空くことはなかったが、食堂の話になってからクラスの空気が和やかになっている。
その後も、この和やかな空気を保ちつつ、寮の場所や教育施設の説明、行事のお知らせなどがミラ先生によってされていった。
* * *
ランプが消灯されることにより、一瞬にして辺りは暗闇と化す。
一人で過ごす暗闇。このような経験は初めてではなく、何度も経験してきた筈だが、やはり慣れない。
慣れないこの環境で一人ぼっちというものは、なかなか心にくるらしい。
暗闇に包まれている自分を思うと、寂しいという感情が胸で騒ぎ出す。
ベットの近くにあるランプを消した右腕は、引き寄せられているかのように、布団の中へと仕舞われた。
欠伸が噛み殺され、目尻に少量の涙を浮かぶ。瞼はずっと、閉ざされたままだった。
脳裏に、今日一日の出来事が思い浮かぶ。緊張もしたし、喜びもした――そんな一日だったと思う。
――さぁ、今日はもう寝よう。
明日の自己紹介で何を話すかを考えながらも、微睡みに身を委ねられている。
深く、深く、もっと深くへと、意識を奥底まで沈ませようとした。
だが、その時、脳裏にはある光景――思い出が
――あぁ、そうだった。
* * *
コウの村――
少しだけ小規模な村だったけれども、風景だけはとても良くて、特に晴れの日は、緑、青、白の色の組み合わせがとても綺麗である。
生い茂る草もとても綺麗で、太陽の光に照らされて、その
村を流れる川はとても澄んでいて、近くにより見ると、魚たちの泳いでいる姿をよく見る事が出来る。
空を仰ぎ見ると、青空と雲の色の組み合わせがとても美しく見えて、なんだか得をした気分になれた。
コウはいつも、野原で剣を振って修練してることが多くて、疲れた身体と心を癒してくれたのは、いつもその景色だった。
しかしそれは、魔物に襲われる前の話で、今は変わり果ててしまったのだが……。
今では、井戸や家、古屋などの建築物が所々壊れている。また、農作物を育てていた畑もぼろぼろになり、また一からやり直さなければならない状態だ。
だから、そんな村は今、復興する為に人手を必要としている。八歳くらいの子供たちの手も借りてるくらいだ。
コウが故郷を旅立つときに見送ってくれた子達もそうしているのか分からないが、きっと数年後には村の為に働き出すのだろう。
だからこそ、思わずにはいられない。
手を貸すべき若者のコウは今、学院に通っている。本当にこれで良かったのだろうか。
勿論、決断はもう出来ている。コウは自身の選んだ道を信用して、進み続ける。そう決めたのだ。
更にコウは、少し前の村での出来事を思い返す――。
*
入学試験に向けた修行も終わり、家に帰っている道中、コウはある話を耳にしていた。
その話とは、お父さんと時神村の村長によるものだ。
村長の家の玄関で話していたようでコウ俺は扉越しから会話を盗み聞きすることになる。
――村長。どうか息子のコウを学院に行かせてくれませんか。
――言いたいことも分かるし、儂も行かせてやりたいとこじゃが、今は無理じゃ。村の非常事態なんじゃ、人手が惜しい。
――そこをどうにか! ほら、この通り‼︎
――全く……やめないか、そう頭を下げるのではない。
――っ、では‼︎
――そう早まるな。……そうだな、確かお主の息子が受ける所はあのアストレア剣術学院なのじゃろう。
――はい、そうですが……
――ふっ。なら、いくらあの魔物を倒したというコウでも、合格出来ない可能性は十分高いのう。 ……よし、特別に認めることにしよう。じゃが、もし落ちた時にはしっかり働いてもらうからのう。
――あ、ありがとうございます!
――まあ、精々やれるだけやっておくのじゃな。わはははは!!
――というような感じで、白い髭を伸ばした村長のゲラゲラ笑っている声を聞いたコウは、バレないようにすぐ帰った。
ここでコウは再び思いされたのだ、――自分のしようとしていることの重要さに。
しかしそれでも、コウはこの道に進む選択肢をとった。
だから、コウは――、
* * *
……だから俺――
「俺の名前は、コウ・ゲニウス――コウ・ゲニウスです」
学院初日が過ぎ去った翌日の朝、自己紹介をする場で、コウは本当の名前を名乗るのだった。
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