第13話.学院生活『茶髪の少年』

 


 あの後、再び席に戻されたコウは、学院長によるこの学院の説明を聞き、自分のクラスへと向かっていた。



 この学院の一学年のクラス数は四つで、それぞれAクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスと分かれているらしい。


 クラス分けには特に意味はないようで、無作為に決定したと、あくまで学院側は言っている。

 無論、こうはその言葉を鵜呑みには出来なかったのだが……。


 剣聖が学院長を務めるこの学院、そんな平凡なクラス分けをする筈がない。コウはそう信じていた。


 ……まぁ、クラス分けに意味があるかどうかは、今後過ごしていくうえで、次第に分かってくると思うし……。

 ……先ずは、からだな。


 そう、友達作り。それは、学院生活の中でもかなり優先順位が高い。これが出来るか否で、学院生活が大きく左右されるのだ。


 コウは友達作りにあたって、どのように動けば良いのか考えながら、廊下を歩く。

 廊下にある窓から差し込む光は、校舎や俺たちを鮮やかに照らしている。


 *


 丈夫そうな木で作られた、上品そうな廊下を歩き進んだコウは、ついに自分のクラスに着く。

 コウのクラスは、Aクラスだった。ちなみに学院全体での呼び名は、1Aイチエー


 コウは早速クラスルームの中に入り、中の様子を見つめた。



 Aクラスは、まるで新築のように今も維持されていて、主に木材を使っている。木の良い香りが鼻腔びこうをくすぐり、味のある雰囲気を作り出していた。


 そして正面には、授業の時に使うと思われるボードがあり、真っ白でピカピカしている。


 他にも、透明な窓が綺麗だったり、白色のカーテンが綺麗だったりと、凄いとしか言いようがないものばかりだった。


 ……凄いな!ここでこれから過ごしていくと思うと、ワクワクが止まんない‼︎


 期待以上にクラスルームが凄くて、分かりやすくコウは胸を弾ませてた。


 ……そういえば、俺はどこに座れば良いのだろう?


 その答えを探るべくして辺りを見渡していると、コウはボードに一枚の紙が貼られていることに気づく。

 近づいてそれを見てみると、そこにはどこに誰が座るのかが分かりやすく図で書かれていた。


「俺は……あそこか」


 自分の名前を見つけたコウは、図とクラスルームを照らし合わせながら、自分の席を見つける。


 コウの席は、窓から二番目で前からも二番目の席だった。自分の席に向かい、鞄を机の上に下ろす。椅子を引いたコウは、静かに座った。


 そして、その席から辺りを見渡す。左側からは暖かい日差しが差し込んできていて、右側からは喧騒が聞こえてくる。


 コウがぼう―っと前を見ていると、右隣から椅子を引く音が聞こえた。コウは、その音の元に視線を向ける。


 コウのすぐ右隣の席の人――つまりコウのお隣さんとなる人――は、茶髪の少年だった。


 優しそうな顔立ちで、髪は茶色、瞳は紺碧こんぺきに染まっている。身長や体型はおそらくコウと同じくらいで、少し癖のある髪が特徴的だ。


 一瞬呆気に取られていたコウだか、茶髪の少年が席に座るのを合図にハッと息を吸う。そして、茶髪の少年に声を掛けた。


「ちょっといいかな……‼︎」


「ん?……どうしたの?」


 コウが声を掛けると、それに気づいた茶髪の少年は振り向き、返事をしてくれる。

 まず声を掛けることに成功して、気持ち高めになりながらもコウは言葉を続けた。


「いや、別に用がある訳じゃないんだけど……隣の席になるからさ、軽く挨拶したくてね」


「成る程――僕の名前はアルタイル。……一応、名前を聞いておくよ」


 コウが、少したどたどしくなりながらも事情を説明すると、茶髪の少年――アルタイル君は何か理解したかのような顔で頷く。


 アルタイルという名前を教えてくれるときの彼の表情は和らいでいて、コウの気持ちも少し朗らかになった。


「あ、あぁ。俺の名前はコウ。宜しくな!」


 一瞬俺は気圧されそうになるが、すかさず名前を告げて、軽く笑みを浮かべる。


 ……そう言えば、俺は一方的に知られているんだったっけな。一年生全員の前で技の披露までした訳だし……。


 そして、今更ながらにも、自分の名前がみんなから一方的に知られているということに気づいた。


 ……そうか。だからアルタイル君は、「一応」なんて言葉を使ったんだな。


「……そうだな。僕のことをアルタイルって呼ぶのは少し長いから、親しい人たちはみんな僕のことをアルって呼ぶんだ。良かったらコウもそう呼んでよ」


 コウが内心呟いていると、何を思ったのかアルタイル君が呼び名について語ってくれた。


 少なくとも悪い印象は受けていないと判断したコウは、親愛を込めてその名前を呼ばせてもらう。


「分かったよ、アル! これからどうぞ宜しく‼︎」


「もちろん。宜しく、コウ‼︎」


 自然とコウは右手を差し伸べていたようで、アルはそのコウの右手を掴み、握手を交わしてきた。

 コウもそれに応えて、握手をする右手に力を入れる。


 朝から緊迫していた空気が、雪解けのように、ほんの少しだけ溶けたような気がした。



 *



 キーン、コーン、カーン、コーン……


 二十五人の生徒がこのクラスルームに集まり、着席してる中、チャイムが学院内に鳴り響く。

 クラスの正面にある時計の針が指すのは9時半。本来ならば……、


 ……本来なら、もう先生が来てもいい筈なんだけどなぁ。流石に道を間違えたとかは無いと思うけど……。


 時計の長針はもう十二度傾いている。2分過ぎたのにもかかわらず、依然として先生が来る様子は無かった。


 本来ならば、チャイムが鳴る頃には担任の先生が各クラスに来ている筈なのに、来ていない。実はかなりの問題が起きているのだ。


 そしていよいよ、時計の長針は十八度傾こうとしている。


 ……本当に大丈夫なのか?


 流石にそろそろ、コウは本当に心配し始める。――だがその時、クラスルームの一番後ろから人の歩く足音が聞こえた。


 コウは、クラスメイトの誰かが耐えきれなくなったのだと予想を立てながら、後ろを振り返る。しかし、そんなコウの想像を裏切るような光景が、目に映った。


 足音を立てていた人物は、生徒では無かったのだ。


 教師らしいスーツに身を包んだ黒髪の女性。身長は女性の中でも高めで、髪も瞳も黒色に染まっている。

 髪は後ろでまとめていて、目つきが若干悪いせいか厳しそうな印象を受けた。


 その女性は、コツコツと足音を響かせながら、前まで歩いて来る。その顔には、何とも言えない不思議な笑みを浮かべていた。


「すまないな。誰も私に気づきそうになくて、つい耐えきれなくなってしまったよ」


 そして、歩きながらその女性は何かを言っているが、コウの理解が追い付かない。ただただコウは、驚愕していた。


 ……まさか……、


「フッ、そのまさかだよ」


 まるでコウの心の声に合わせたかのような言葉を告げながら、その女性は前にある教壇に立つ。


 そして、ほくそ笑みながらコウたちに告げる。


「私の名前はミラ・カイトス。このクラス――1Aの担任だ。――宜しく」


 その女性――このクラスの担任は、その目に何かを映らせながら、静かに嗤っていた。

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