第12話.首席と次席

 


 残りの書類には学院生活についてのことが色々と書かれていた。


 学院内での規則や寮生活のことなど、書かれていた内容は様々。どれも見ていて、とても興味をそそられるものだった。


 しかし、まだこれで入学出来る訳ではない。合格後の手続きをするために、コウは学院に行く必要がある。

 そこでは、学院の制服を受け取ったり、専用の手帳を受け取ったりなど色々なことを行うのだ。


 残りの書類を見てそれを知ったコウは、その手続きを行うべく、学院に足を踏み入れていた。



 *



「すみません、入学手続きをしたいのですが、よろしいですか?」


「はい、新入生ということでよろしいでしょうか。証明のために受験票の提示をお願いします」


「はい。宜しくお願いします」


 受付窓口のような場所にやって来たコウは、受付の女性に声を掛け、手続きをしてもらうことになる。受付の女性は、とても愛想が良かった。


 コウがこの為に持ってきた受験票を提示すると、それを受け取った女性は確認をし始める。

 おそらく、合格者の名簿なのだろう。その女性は、たくさんの受験番号が書かれた紙を広げて見ていた。


「確認が出来ました。コウ、さんで合っているでしょうか。これより手続きを始めさせていただきます」


 数秒かけて確認した女性は、その紙を折り畳み、コウの方を向き直してから告げた。

 どうやら、今から手続きは始まるらしい。


「はい、俺の名前はコウです。宜しくお願いします」


 言い終わったコウが会釈するのを見て、女性は微笑みながら手続きを始めた。


「それではまず、学院の制服についてからね。服のサイズを教えて下さい」


「服のサイズはMです」


 身長は確か、165センチよりも少し高いくらいで、服のサイズはMサイズである。


 コウが服のサイズをサイズを答えると、「ちょっと待ってて下さい」と言った女性は、奥の方から何かを持ってこようとした。


「はい! これがアストレア剣術学院の制服です。しっかり貴方のサイズに合うように選んできました。何か着てみて不備があったら教えて下さいね」


「ありがとうございます!」


「はい!」という掛け声と共に、女性はさっき取り出してきた制服をコウに手渡してくれる。


 逸る気持ちを何とか堪えながらもコウが感謝の気持ちを伝えると、女性は軽く微笑みながら次の話題に移った。


「次は、剣ですね。生徒の皆さんには、この学院だけの剣を渡すこととなっているので、是非受け取って下さい」


 また席を外し、奥から剣を取ってきた女性は、今度は剣を手渡してくれる。

「ありがとうございます」と言いながら、コウはその剣を右手で受け取った。


 剣を受け取ったコウは、剣の確かな重みを感じながらも、その剣をその場で帯刀してみせる。

 そして、白色と金色でデザインされた鞘から、コウは剣を抜き出した。


 キ――ンという音を響かせながら、その輝かしい刀身が姿を現す。

 光沢があり、鋼色に輝くその刀身は、日光を浴びてるのもあって、より光り輝いて見える。


 コウが剣を傾けていくと反射する光も伴って動き、剣先を天に向けるのと同時に、剣先の一点が眩いほどに輝いた。


「おお――‼︎ ……これはとても良い業物ですね」


 コウの口からは思わず感嘆の声が溢れる。


 剣の鍔と柄は黒色と黄金でデザインされていて、その金色に輝く柄を力強く握り締めたコウは、剣を鞘に納めた。


「――それでは、次の話に移ってもいいですか?」


「はい、宜しくお願いします」


 そして、女性に促されたコウは、その後も色々と手続きを済ませていった。



 * * *



「うん。よし……‼︎」


 コウはおばちゃんから借りた姿見の前で、見出しなみを整えていて、それもついに終了していた。

 最後にパパッと服を払ったコウは、今一度、自分の姿を確認する。



 黒色の服の上からは白を基調とした服を着ていて、下はベルト付きの白いズボン。首元には群青ぐんじょう色のネクタイを付けている。


 肩部分と腕の紋章がある部分は黒色で、紋章は剣をクロスした絵だ。クロスされた二つの剣は、どちらも黄金のように輝いている。


 腰には剣が下げられていて、剣を納める鞘に刻まれた学院の紋章は、光を跳ね返していた。



 他の支度も既に整っている。コウは茶革で出来た鞄を持ち、部屋を飛び出した。

 今日は学院初日の日で、入学式が行われる日なのだ。宿に対しての名残惜しい気持ちもあるが、それ以上に高揚感が勝っていた。


 木で出来た床を早歩きで進みながら、コウはそっと剣の柄に触れる。


 ……これから、よろしくな。


 そして、剣を大事に扱い、これからも精進していくことを誓った。



 *



「おはようございます、おばちゃん。手続きをお願いしていいですか?」


「いいわよ!アストレア剣術学院の生徒さん。まさか、アストレア剣術学院に受かっていただなんてね。おばちゃんは驚きだよ」


 別の作業をしていたおばちゃんに声を掛け、コウは手続きのお願いをする。

 すると流石に、受かった剣術学院があのアストレアだとは思いもしなかったようで、おばちゃんは驚きながら言葉を返してきた。


 コウの呼び方を変えてる様子は、どこかからかっているように見える。

 流石にコウも、そう何回もアストレア剣術学院の生徒と言われると、こそばゆく感じた。


「からかわないで下さいよ。俺の名前はコウですよ」


「ごめんゴメン。 ……あっ、そういえば、私の名前は教えてなかったわよね。これも何かの縁だし、教えておくわ。 私の名前は、ガーベラよ」


「ガーベラ……なんだか、勇気を与えられそうな名前で素敵ですね!」


「ふふふ、ありがとう。 ――じゃあ、お別れをしましょうか」


 おばちゃん……否、ガーベラさんの言葉に、コウはハッと息を呑む。


 ……そうか、もうお別れなんだよな。少なくとも、学院に通う四年間は会わないだろうし……。


 学院では寮生活になり、この宿に泊まる必要は無くなってしまう。そう考えると、四年という日々がとても長いものに感じて、さみしい。


 でも――、


「ありがとうございました‼︎」


 どんなに寂しくても、お別れは笑顔でしたかった。

 互いに関わり、話した時間はそう長くない。だけど、だからこそ、別れの時は笑顔のままでいたい。


 コウは、お世話になったこの宿を笑顔で旅立っていった。



 * * *



 総勢百人が集まる会場。そこは独特な緊張感に包まれていた。

 普通なら、喧騒に包まれる筈のこの会場。しかし、入学式の直前ということもあって、誰一人として声を上げない。


 集会用だと思われるこの会場には、多くの椅子が用意されていて、コウはその座り心地の良い椅子に座りながら、静かに待っていた。

 もうすぐ、入学式が始まる。



「ようこそ皆さん!まずは合格おめでとう‼︎ 心から歓迎するよ、アストレア剣術学院にようこそ――‼︎」


 正面のステージの脇から白髪の男性が現れ、歓迎の言葉が俺たちに送られた。

 白髪の男性――この学院の学院長は、ニカっと笑みを浮かべている。


「ああ。そういえば、僕の自己紹介がまだだったね。 それでは、自己紹介をば――」


 学院長は、その銀色にも似た白髪を押さえて、ダイヤモンドのように綺麗な色をした瞳を向けた。


「僕の名前はレグルス・アストレア! 王国では、僕の至高の剣技を称して、《剣聖》――そう呼ばれているよ」


 ――《剣聖》

 それは誰もが認める『最強』の存在であり、剣術の中での、『極み』の存在である。


 剣を志そうとする者ならば、誰しも一度は夢を見る。《剣聖》という『最強』を。


 ……剣聖、ね――。


 レグルス学院長からは、どこか王者の風格というものを感じる。

 剣聖と告げた瞬間にガラリと変わったこの空気感は、呼吸することすら困難とさせた。


 何色にも染まる白。しかしその中には銀色の輝きが秘められていて、一人の自分という存在を忘れていない。

 レグルス学院長の髪色からは、そんな印象を感じた。


「う〜ん、良い反応で嬉しいけれど、せっかくの入学式がずっとそれだと、つまらないよね。 ――ということで、早速『首席』と『次席』による技の披露をお願いしようか!」


 少し白けてしまったこの空気を変えるために、レグルス学院長は次の行事に移ろうとする。

 こっちにとってはいい迷惑なのだが、ここはやるしかないのだろう。


「まず、今回次席となった生徒は、ヘスティア・アンタレスだ‼︎」


 僅かな歓声が上がると共に、一人の少女が席を立ち上がった。


「はい!」


 凛々しい返事をした少女は、そのままステージまで歩いていく。

 身を包む制服は女子生徒用のもので、コウとは違い、ズボンではなくスカートだった。首元には真紅のリボンを付けていて、とても似合っている。


 ……ん?あの人は、あのときの……。


 その少女をよく見ると、次席の少女はあの試験の時に話しかけてきた赤髪の少女だった。

 ストレートヘアーの真紅の髪を揺らしながら、次席の少女――ヘスティアはステージに上り、レグルス学院長の横に立つ。そして、軽く一礼した。


「うん。それでは、次は首席の発表です!」


 ヘスティアが横に来たのを確認したレグルス学院長は、首席の発表に移ろうとする。一瞬だが、レグルス学院長とコウの視線が合った。

 

「今回首席となったのは、コウ!」


 さっきとは違って誰からも拍手をされない中、コウは席を立ち上がる。


 ……何で、こんなに反応が違うかな……。


 疑問に思うところもあるが、ひとまず目先のことに集中することにした。今は反応が薄くても、コウの技でのだ。


 コン、コン――という音を静寂の中で響かせ、コウはヘスティアの横まで歩いた。そして、コウが位置につくのと同時に、レグルス学院長はまた話し出す。


「それでは、今から二人には、技の披露を行ってもらいます。好きな技を選んで下さい それではまず、ヘスティアから‼︎」


 好きな技でいいと言ったレグルス学院長は、早速ヘスティアに振った。

「はい」と、感情をあまり読み取れない声で返事をしたヘスティアは、少し前まで歩き、コウたちから距離を取ったところで構えの体勢をとる。



 両足の感覚を広げ、左手を鞘に添え――。右手では剣の柄を握り、視線は真っ直ぐに向ける。


 そして、スゥ――と息を吸い込んだ後、技名を告げると共に、満を持して抜刀をした。


「〝紅蓮一閃ぐれんいっせん〟……‼︎」


 ヘスティアは紅蓮の剣気を纏わせた剣を抜き、刹那の間に一閃する。

 宙に軌跡が描かれると共に、紅い閃光がきらめいて、熱をコウに伝えた。ただの火とは違う、もっと熱い、灼けるような熱。


 ――全てを焼き尽くす、業火の剣戟。


 それはまさしく、芸術とも言える技だった。赤が多いヘスティアと相まって、その技がより一層輝いて見える。


 ……まだ、改善すべきところはあるけど……。


 一見、完璧な技に見えた。だが、まだ足りない。ヘスティアのその技はまだ未完成だった。


 もっと、もっと熱い炎を纏わせることが出来る。もっと、熱を集中させることが出来る。

 技の熟練度はもちろん、その技に込める思いが足りていなかった。


「それでは次、コウによる技の披露です!」


 レグルス学院長の合図に頷いたコウは、ヘスティアと場所を入れ替わる。一瞬、二人がすれ違う時に、ヘスティアはコウを一瞥してきた。


 …………。


 試験の時にコウは、彼女から宣戦布告をされたのだ。対抗心を燃やされるのは構わないが、あまり露骨な態度を見せられては堪らない。


 会場にいる全員の視線を感じながら、コウは剣を構え出した。


 ……そうだな。折角だから、あの技にするか。同じ『』の技で、この会場にいる全員すべてを圧倒させてみせる。


 鞘から剣を抜き出したコウは、中段の構えを取った。目に見えない敵を浮かべ、剣先をその敵に向ける。


 コウは右足を前に踏み込むと同時に剣を振りかぶり、技名を唱えた。


「――〝天照あまてらす〟」


 技名を唱えた瞬間、炎の剣気がコウの剣に纏い付く。

 正に、神々しく輝く日の光を具現化させたようなコウの剣は、一瞬にしてこの会場の空気を支配した。

 会場中の誰もがその輝きに目を奪われる。


 その事実を感じ取ったコウは不敵な笑みを浮かべて、左足を引きつけると同時に素早く剣を振り下ろした。


 ブォン――という炎が燃え盛る音を響かせる。


 コウが剣を振り終わると同時に、剣が纏っていた剣気が辺りへと広がり、会場全体に行き渡った。

 陽の光のような暖かさが、全員すべてを包み込む。



 ――コウの技が終わってから暫くすると、自然と会場中で拍手の音が鳴り響いていた。



 コウはそれを嬉しく感じながらも剣を鞘に納める。

 だが、この時のコウは知る由も無かった。


 誰もがコウに拍手を送る中、一人だけ、悔しそうにコウを見つめる存在がいたことを――。

『首席』と『次席』の間には、大きな壁が立ち塞がっていた――。


 ――しかし、コウはまだ、それを知らない。

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