第11話.『合格通知』と『首席』

 


 アストレア剣術学院からの合格通知は、2日目の試験の一週間後、つまり三月十一日にコウの元へ送られる。


 コウはあらかじめ、通知を送ってもらう場所を宿に設定していて、合格通知の封筒が来たときには、宿屋のおばちゃんに呼ばれることになっていた。

 ちなみに、中は見ないで欲しいとお願いしてある。


 結末を知るのは、やはり一番目がいい。もしその場に家族がいたとしても、コウは間違いなく一人で見る選択を取るだろう。

 《時の狭間》という目も眩むような時間を過ごしたのは、他でも無くコウ自身なのだから。


 まず最初に結果を知るのは自分なのだと、コウはそう確信していた――。


 *


 ……なのに――。 ――何だこのニヤニヤした顔は……⁉︎


 コウは確信していた。それなのに、宿屋のおばちゃんに呼ばれて来たコウの目には、ニヤニヤしたおばちゃんの顔が映っている。


 コウが今いる場所は宿屋のフロント。カウンター越しにおばちゃんが立っていた。

 そして、やはりその顔に浮かべるのは笑み。不自然極まりない。


 ……おかしい。中は見ないで欲しいと言ったのに、何でそんな顔をするんだ?


 コウは、封筒の中を先に見られてしまったのではないかと心配する。


「あの、何でそんな笑顔なんですか……? 中は見てないですよね?」


 コウが恐る恐る質問すると、おばちゃんは笑いながら言い返してきた。


「まさか、見てないよ。でもきっと、少年は剣術学院に合格してると思うの。 ほらこれ、見てみて」


 おばちゃんは否定した後、急かすように合格通知の紙が入った封筒を見せてくる。

 コウは驚きながらも、その封筒を凝視した。


 茶色の封筒は特殊な材質でできていて、片手サイズ。

 そして、『コウ殿へ』と書かれたその封筒は、かなり分厚くなっていた。恐らく、封筒の中には色んな書類が入っているのだろう。


「分厚いですね。しかし、理由にはなっていないような……」


「何言ってるの少年。不合格を伝える封筒がこんなに分厚い訳ないじゃない」


 ……た、確かに。


 言われてみれば、不合格の通知ならばもっと封筒は薄くなる筈だ。

 不合格なら、「貴方は残念ながら落ちました。今後の健闘を祈ります……」みたいな文書だけで済むのだから。


 コウには無かった発想に納得していると、おばちゃんは更に言葉を続けた。


「私、この仕事柄、色んな人と出会う訳だけど、剣術学院に受かったという人は見たこと無かったのよ。 だから、貴方が一番目ね。貴重な体験をありがとね。……といっても感謝される覚えはないのかもしれないけど」


「…………」


 おばちゃんは、嬉しそうにはにかんでいた。きっと、この仕事が本当に好きなのだろう。

 ただ宿を管理するだけでない。人と関わり、衣食住を提供して支える仕事。


 おばちゃんは、一つの自分というものを見つけていた――。


「――っ」


 コウは軽く息を吐き、微かに笑みを浮かべた。そして、おばちゃんの目を正面から見据える。

 おばちゃんの茶色い瞳。微笑んでいるのも相まって、とても穏やかに見えた。


 おばちゃんの目を正面から見据えたコウは、今度は深呼吸をする。

 スゥーと息を吸い込み、ハァーと吐き出す。そして、おばちゃんに精一杯伝わるように声を上げた。


「ありがとうございました。封筒は部屋で開けようと思います!」


 コウは言葉を発するのと同時に、おばちゃんから封筒を受け取る。

 そして、その場で一礼をしてから、


「失礼します!」


 宿泊部屋まで小走りしていった。

 プレゼントを目の前にした子供のように、胸を高く弾ませながら。


 *


「――――」


 おばちゃんは、静かにコウを見つめている。しかし茶色に輝くその瞳は、どこか遠い未来まで見つめているようで――、


「辛いこともいっぱいあると思うけど、頑張ってね……」


 呟きにも似た声を出した。



 * * *



 ガチャ、という音を立たせると共に、コウは部屋の扉を開けて中に入る。扉を閉めて鍵をするのを確認してから、速やかにベットまで歩いた。


 ベットの間近まで来たコウは、ベットに腰掛け、「ふぅー」と息をつく。そして、封筒を目の先に固定し、凝視しながら固唾を呑み込む。

 ゴクリ――と、コウの緊張感を表す音が聞こえた。


「…………よし、開けるか」


 しかし、いつまでもこうしてるわけにはいかないので、コウは決心を固める。

 ついに、試験の結果をこの目で見るのだ。


 緊張する反面、不思議な高揚感に包まれる。


 コウは封筒のシールを剥がし、封筒の中に手を突っ込んだ。そして、いつでも書類を全て抜き出せるように身構える。


「せーの!」


 合図の声を上げながら、コウは書類を掴む手をズバッと動かした。


 中には折りたたまれた五枚の書類。コウは折り目を開いてみる。

 すると、まず一番上の書類には『合格祝い』という文字が書かれていた。


 装飾も何も無いただの文字。でも、その合格という文字をいざ目に写すと、なんとも言えない感慨を抱く。

 達成感、喜び、安堵、高揚感。全ての感情が入り混じり、それらは胸の鼓動を速くした。


 コウはすぐさまに一枚目の紙を近くに置き、二枚目の紙に視線を落とす。するとそこには、


 ――首席祝いという文字が書かれていた。


「はっ⁉︎」


 コウは思わず声を上げて、その場で体勢を崩す。


「――って、おっと……!」


 コウは紙を掴む右手を離し、ベットに手を突いて体勢を持ち直した。そして、まじまじと紙に書かれてる内容を見つめる。



 紙に書かれている内容は、こうだった。


 * * 



『今回のアストレア剣術学院への入学試験において、合格おめでとうございます。今回の試験において、貴方はとても優秀な成績を修めた為、貴方は首席と認められました。


 また、それに伴って、首席と次席の生徒は毎年、入学式で技の披露を行うこととなっているので、そのつもりで入学式に挑むように宜しくお願いします。』



 * *


「俺が、首席……? 本当なのか……⁉︎」


 紙を近くに置いていた俺は、いつの間にか立ち上がっていた。そんなコウの心を、『何か』が包み込んでいる。


 ドクン、ドクンと、胸の鼓動がやけにうるさい。


 コウは服の上から胸の部分を握り締め、まぶたを閉じる。

 視界が真っ暗に変わる中、コウは思いを馳せていた。



 もう何年過ごしたかも分からない、長い、永い《時の狭間》での日々。

 コウはどれほどの時間を剣の修練に割いたのだろう。もう検討もつかない。


 コウ自身でも分からなくなるくらいに、コウは剣に夢中になっていた。


 ……あぁ、いつだって忘れない、この気持ちを――。

 ……今、俺が感じてるこの『気持ち』を、絶対に忘れてやるもんか。


 コウは一から剣術を極めた。だが、これで終わりではない。寧ろここからが、本当の意味での始まりなのだ。


 コウは、『首席』という自身に与えられた称号を胸の内に秘める。

 すると瞬間、コウの胸の中で暖かい何かが湧き上がるような感覚を覚えた。


「――――」


 コウは、閉ざしていた目を開ける。


 突如コウの視界に入り込んできた世界の光は、とても眩しく、そして愛おしく思えた。


「絶対に、強くなってみせる……‼︎」


 胸を掴む手を離し、今度は胸の前で拳を作る。


 窓から入り込む光に照らされるその拳は、夢や希望さえも掴んでいるように見えた。



 ――コウの学院生活は、ここから始まる。

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