第10話.『夢』と『試験』

 


 夢を見ていた――。


 長い、永い、剣の修練を積み重ねる《時の狭間》での日々。


 《時の狭間》での一日は、いつも朝早くから始まっていた。

 日が昇り出す頃には起きていて、朝ご飯を食べたコウは、顔を洗ってから剣の修練を始める。


 もコウは、朝早くに起きて剣の修練を始めていた。

 この一連の流れは体に染み付いていて、既に習慣付けられている。



 だが、いつ頃だろうか。

 剣の素振りをしていたコウの前に、が現れた。


 時間が、時空が一瞬歪んだのを感じるのと同時に、突如アイツの姿は現れる。周囲には、白色や黄色に輝く光の粒子が舞っていた。


 容姿はコウと瓜二つ。黒い髪と黒い瞳を持ったアイツは、コウよりも禍々しいその黒い瞳を向けながら、コウにある話を持ちかけてきた。


 ――オレと、真剣勝負をしないか。


 当然、コウはアイツのことを不審に思う。

 この無人の領域の中に、突如現れたコウと瓜二つの人物。それを不思議に思わない方がおかしい。


 だがコウは、その対戦を受け入れた。


 ――分かった。 ……俺の名前は、コウ。そっちの名前は?


 ――オレの名前は、■■■■。全力でかかってこいよ。



 そして、俺とアイツは互いの名前を公開し合い……、


 幾度も剣戟を繰り出し、全身全霊の戦いを繰り広げた。

 何度も何度も互いの剣を交え、コウたちは剣で語り合う。


 コウはこれまでの修練の日々を思い出し、噛み締め、精一杯の剣技を繰り出していった。

 だが、長く続いた戦いも、ついに終わりの時を迎える――。


 互いに距離を取り、剣を構えたコウたちは、戦いの決着を決めるべく、最後の剣技を繰り出した。


 光り輝くコウの剣技と、黒に染まるアイツの剣技はぶつかり、轟音を響かせる。

 最初は、勝敗が互角であるように思えた。しかし、徐々にアイツの剣技がコウの剣技を凌駕りょうがしていき――、



 ――コウは、アイツとの戦いに敗れるのだった。



 突如訪れる静寂。満身創痍で、ろくに立ち上がることも出来ないコウに対して、剣を鞘に収めたアイツは一言だけ残していった。


「――足りない」


 冷酷で、落胆するかのようなその一言に、コウは身体を震わせた。そして何故か、目頭が熱くなる。


 声を返そうにも返せない。コウがそんなもどかしい思いをしていると、戦うだけ戦ったアイツ――■■■■は、コウの前から過ぎ去ろうとした。


 その冷淡な姿を見て、コウは喉を精一杯に酷使して、絞り上げるような声を■■■■に上げた。


「待ってろ、■■■■! いつか絶対に、俺はお前を追い越す‼︎」


 地面に這いつくばることしか出来なかったコウは、過ぎ去っていく■■■■に向けて、獰猛な視線を向ける。


 しかし、アイツの返事は無い。

 アイツは一瞬にしてコウの目の前から消え去り、その場に光の粒子が散りばめられた。


 コウは降りかかってくるその光の粒子に向けて腕を伸ばす。そして、拙く動かされるコウの手は、宙を舞う光の粒子に触れる。


 すると、特に何の音も立てずにその光の粒子は消えてしまう。消える瞬間、それは微かに発光していて、コウの目はそれに奪われた。


 だが、それも一瞬の出来事。


 ■■■■が残した痕跡は、魔法のように、夢のように、儚く消えていった――。



 * * *



「―――………朝か。 もう、起きないとな……」


 宿のベットで寝ていたコウは体勢を起こし、腕を伸ばしながら「はぁ〜」と欠伸をする。

 コウは、目尻に浮かんだ涙を拭った。


「……えっと、今日は試験2日目だったよな。つまり、試験が始まるのは午前中……早めに支度しておくか」


 昨日の試験が終わった後、コウはあのまま宿に戻り、晩ご飯を食べてから寝ていた。

 思いのほか疲れていて、宿のベットに飛び込んだらすぐに眠ってしまった、ということは覚えている。


 ……それでも、朝早くに起きれたのはきっと、《時の狭間》での日々が関わっているのかな。


 《時の狭間》で鍛え上げたものは、現実世界にも引き継がれるのだ。朝早くに起きるという習慣が引き継がれていても、何ら不思議なことは無い。


「それよりも――」


 それよりも、試験が始まるのは8時10分だ。およそ二時間後には、もう試験が始まっている。


 毛布を跳ね除けたコウは、早速さっそく行動に移した。



 服を掛けてる所に近寄り、コウは寝巻から外出用の服に着替え始める。

 コウの服装は、灰色の寝巻から、動きやすい格好に変わった。ちなみに、昨日と同じものを着ている。


 この部屋には鏡が無いため、コウは手探りで襟元や足元を確認していく。


「よし!準備は完了――っと」


 今日はペーパーテストだけなので、コウは剣を持たずにこの部屋を出た。



「行ってきます!」


「行ってらっしゃい、若き少年!!」


 宿屋のおばちゃんに一声掛けたコウは、元気いっぱいに街へと出る。

 今の街は冬の寒さも和らいでいたため、コウは微かに春の訪れを感じていた。


 風は暖かく、肌に当たる風はどこか気持ちいい。気温は程よい冷たさを保っていて、頭の冴えを失わない。


 ……今日も、頑張るぞ。


 試験開始まで、あともう少しだ。



 *



 校門を通り過ぎたすぐそこにある大広場で、多くの受験生が試験の始まりを待ち続ける。

 大胆な噴水や色とりどりの植物。大広場には様々なものがあった。


 大広場に集まるその一人であるコウは、時計を仰ぎ見る。

 時計が示す時間は7時30分。そろそろ昇降口が開く時間だ。


『――それでは受験生の皆さん、受験する教室へとお集まり下さい』


 学院のいたるところにあるスピーカーから、職員によるものだと思われる声が聞こえてくる。

 どうやら、もう入っても良いようだ。


 数百人という受験生が、ぎゅうぎゅう詰めになりながらも学院内に入っていく。

 かくいうコウも人混みの中を必死に耐え、筆記試験を受けるべく、昇降口へと向かった。


 ……かなりの人口密度だな。流石、アストレア剣術学院と言ったところか。

 ……っ、それにしても人多いな……。


 1日目の試験とは違い、400という数が一斉に移動する。仕方ないのかもしれないが、どうにかしてこの込み具合を改善して欲しいものだ。


 ……とにかく、俺も受験する教室に行かないとな。


 そして、自分の席に着いてからは、己の力を信じるだけだ――そう思いながら、コウは人混みの中を必死に歩いた。



 *



 キーン、コーン、カーン、コーン……


「――それでは、試験始め‼︎」


 8時10分のチャイムが鳴り響くと同時に、試験監督の声を合図に最初のテストが始まった。



 計5教科あるうち、最初に行われるのは国語のテストだ。

 一教科当たりの時間は40分で、テストの合間には10分の休憩時間が与えられる。


 国語のテストの後は、数学、理科、社会、体育と続いていき、12時10分くらいにはこの試験から解放される。


 キーン、コーン、カーン、コーン……


「止め! 答案用紙を裏返して、回収させるのを待つように」


 毎回休憩時間が来る度に、コウは少しずつ開放感を味わっていた……。



 国語が終わり、数学が始まる――。


 ……計算ミスは、無いよな――あれ? ここ間違えてた!



 数学が終わり、理科が始まる――。


 ……確か、動脈が静脈血だったんだよな。二酸化炭素を多く含んでる――あれ? 酸素と二酸化炭素どっちだったっけ?



 理科が終わり、社会が始まる――。


 ……歴史上の人物って、本当に覚えるの大変だよな。 もっと個性的な名前だったら覚えやすいのに……。



 社会が終わり、体育が始まる――。


 ……クロスカントリーは、巧緻力こうちりょくも鍛えているんだよな、確か。 大丈夫、覚えてる――。



 ――俺は悩みながらも、何とかテストを乗り切り、無事に2日目の試験を終えた。


 キーン、コーン、カーン、コーン……


 体育のテストの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 逸る気持ちを何とか堪えて、コウは最後の合図が掛かるまで座り続ける。


 そしてついに――、


「――これにて、全科目の試験終了! お疲れ‼︎」


 ……終わったぁぁ!


 コウはぐんと伸びをしてから、窓から空の様子を伺った。

 分かっていたことだが、清々しいくらいに晴れた天気を見ていると、コウの心も明るくなってくる。


「一週間後には、合格通知が配られる。心して待つように――」


 試験監督の言葉を聞くコウの心はどこか弾んでいた。

 精一杯のことを尽くせて、気か抜けてしまったのかもしれない。


 ……油断も慢心もするべきではないと分かってるけど、いざ終わると、そういう『気持ち』になっちゃうよな。


 退出の許可が出ると、コウたち受験生は何かを生き急ぐかのように、忙しく学院を去っていくのだった。


 試験が終わり「一度、家に帰りたい」とか、「何か行動を起こしたい」とか、考えることは誰しも同じなのだろう。



 ――その日のコウは、なかなか眠れなかった。

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