第9話.『入学試験』と『少女』二

 


 次にコウが来た試験会場は、体育館だったさっきとはだいぶ違っていた。


 闘技場のような試験会場には、いくつかコートが作られていて、その空間の中で試験官と受験生が試験を行っている。


 列というものは存在していなくて、みんなが自由にして待っていた。

 果たして、こんな状態で自分の順番がくるのか疑問に思ったコウは、辺りをよく観察することにした。


 すると、ちゃんと順番というものはあるようで、受験番号順と思わしき順番で、受験生が呼び出されていたのを確認できた。


 ……良かった。一応、順番通りに行われているみたいだな。


 コウは内心ほっとしながらも、どうやって待っていようかを考えた。


「……座って待つのもよし。素振りをして待つのもよし。観戦して待つのもよし」


 近くにはベンチがあるし、素振りをしても良さそうなスペースもある。だけど、どうせなら観戦して待っているのが一番良いだろう。


 試験官の動きを完璧に分析する、というよりは、他の受験生がどのような剣術、戦い方なのかをここで見ておきたい。


「……始め‼︎」


 たった今、コウのすぐ近くで始まった試験から、コウは一人一人の受験生の動きを観察し始めた。



 *



「おぉ……! 今の人は凄かったな」


「――次、受験番号124番!」


 中には退屈なものもあったが、たった今終わった試験の内容はかなり良かったな、などという勝手な感想を抱いていると、コウの番号が呼ばれる。


 コウは「はい」と返事をしてから、試験を行うコートの下へと向かった。



 試験を行うコートは正方形で、一辺がおよそ11メートルというところだ。

 地面はレンガ造りで、足踏みをした感じだと、相当のことがない限り破壊されることはなさそうだった。


 念のため地面を壊さないようにしようと、些細な誓いを立てながら、コウはコートの中へと向かう。



 コウと試験官はコートの中で互いに向かい合い、剣を構える。

 この試験では、木剣ではなく真剣を使うそうで、決着をつける際には寸止めを用いるようだ。


 試験官はコウの予想していた通り、中断の構えをしていた。そのため、コウはその試験官の構えを見てから、中断の構えから脇構えに切り替える。


「――――」


 無言の沈黙の中、コウの構えを見た試験官の瞳が僅かに揺れた。

 おそらく、今までの受験生にない動きをしていることがその理由だろう。


 コウは剣を握り締める両手の力を一度弱め、また強めた。剣の位置をしっかり固定し、剣先が試験官に見えないように意識する。



「……始め‼︎」


 動きが完全になくなったのを見て、コウたちの準備は整ったと判断したのだろう。

 この試験においての審判的な役割をになう男性は、コウたちを交互に見てから、開始の合図を告げた。



「ハァ――ッッ!!」


 すると、合図が告げられるのと同時に、試験官は思い切りのある声を零しながら、コウに向かって攻め込んできた。


 真上に振りかぶり、力強く振り下ろしてくる。その一連の動作を完全に見切ったコウは、構えを保ったまま後ろに跳んで避けた。


 対抗することはせずに、ひたすらにかわし続ける。

 コートの外側まで追い込むようにして試験官も攻めてくるが、コウは大きく跳躍して試験官の上を通り過ぎ、試験官の後ろに着地して躱す。


 どんなことがあろうと、依然として構えは保ったまま。ただ、剣先が試験官に見えないようにだけ、コウは気を配っていた。


「ク――ッ! 〝縮地しゅくち〟……‼︎」


 すると、痺れを切らしたのか、試験官はより高度な技を繰り出すようになる。


 ――『縮地』。

 実際に目視出来ない程速く動くことは出来ないが、「目に映っているのに何故か動けない速さ」を再現する歩法。


 その独特な歩法を突然使ってくる試験官に、コウは驚きをあらわにするが――、

 

 ……これなら、知ってる。


 『縮地』という名前は付けていないが、コウも同じような動作をする事が出来る――というよりは、出来るようにしたのだ。あの《時の狭間》で……。


 ……俺も今度から、その技能を『縮地』と名乗付けさせてもらおうかな!


 コウは心の中でそんな軽口を叩きながらも、ついに剣を振るうことを決める。

 コウは、試験官が俺の剣の間合いに入るよりも、少し早いタイミングで剣を動かした。


 本来ならば、コウの剣が縮地をしてくる試験官に当たることはない。だが、今回は違った。


「〝心月しんげつ刀身とうしん〟――ッ‼︎」


 剣先を隠していた為、試験官が気づくことは無かったが、コウの剣は少し伸びていた。

 これは、本当に剣が伸びたのではなく、コウの剣気による現象だ。


 剣の刀身を覆うようにして、白に輝く剣気が纏付まといつき、剣の横幅を少し広くしている。

 また、それに伴って剣の長さも変わり、剣と同等――もしくはそれ以上の質量感も剣気は再現していた。


 僅か数センチの変化だが、剣先を見ることが出来なかった試験官にとって、それは十分に驚くべき現象だったのだ。


「剣が伸びてるだと⁉︎」とでも言いたそうな表情を浮かべながら、試験官はコウの剣に対抗しようと剣を振り下ろしてくる。


 その試験官の剣は、緑色の剣気を纏っていて、少なくとも手抜きをしているようには見えない。

 いや、もしかしたら、本気で太刀打ちしようとしているのかもしれない。


 ……だとしたら、俺も嬉しい限りだな。


 それはまさに、コウの思惑通りと言える結果である。



 右斜め下から振り上げられるコウの剣と、左斜め上から振り下ろされる試験官の剣は、互いに強い力を込めた状態で衝突した。


 ギン――ッ、という音がコート中に響き渡る。


 すると一気に、コウの両腕へ力が加わってくた。コウは試験官の剣から確かな重量感を感じながらも、それをさばくようにして振り払う。


 ――互いの技がぶつかり合った結果、コウの技が勝ったのだ。


 試験官は、さっき衝突したときの反動で剣を手から離してしまっている。

 無論、コウはそれを見逃さない。俺は空中で浮遊するその剣を打ち落とし、素早く体を動かした。



 *



「――は」


 試験官の口からは、そんな間抜けな声が零れて出ていた。

 それもその筈、試験官の視界には、さっきまで居たはずのコウの姿は無かった。しかもそれだけでなく、剣を手放しているという二段構え。


 試験官の頭は混乱し、軽い錯乱状態に陥る。ほんの一瞬だけ、試験官だという立場さえも忘れかけていた。


「――ぁ」


 たが、それも長くは続かず、すぐに自身の役目を思い出す試験官。しかし、もう手遅れだった。


 試験官の首のすぐ目の前には剣が位置していて、まるで何かを噛み締めているかのような声で告げられる。


「――俺の、勝ちですね」


「――――」


「試験、終了!」


 試験官を務めていて、こんな負け方をしたのは始めてだった試験官は、ただ負けを噛み締めていた。


 それはきっと、試験を受けた少年――コウとは真逆の味だったのだろう。


「また、あの少年と戦いたい」と、試験官は儚く願ったのだった――。



 *



「……良かった、勝てて」


 コウはそう呟きながら、コートから少し離れたベンチに座る。


 正直、剣がぶつかり合ったときには、何とか押し切ったものの、コウにも反動はきていて、それを取り繕って動くのが精一杯だった。


 ……緊張もしたけど、それなりに楽しかったかもな……。


「自分を信じる」と口にするのは簡単だが、実際にそれをやり遂げるのは容易ではない。


 ……緊張だってするし、少しは不安を感じる。それでも、頑張り続ければきっと――、


「ねぇ、あんた……! ちょっといい?」


「あ、はい。いいですけど……」


 コウが色々と考えていると、突然横から声が掛かってきた。

 この辺りにはコウしかいないと分かっていたので、俺は返事をしながらベンチを立ち上がり、発言元を見つめる。



 ――そこには、赤髪の少女がいた。


 身長はコウの方が上だろうか、その少女の背は俺よりも五センチほど低い。

 髪は真紅のような色で、目はルビーのように輝いて見える。

 髪型はストレートヘアーで、顔の造形やパーツも整っていた。


 その少女は、まさしく美少女といえる容姿なのだが、


 ……どうしたのだろうか?


「あの、どうしましたか?」


 取り敢えずコウは、どんな要件なのかを聞くことにした。


「――あなた、強いわね」


 …………⁇ 話が少し噛み合っていないのはさて置いて、俺は今、初対面の美少女から急に褒められた?


「ぇ、えっとぉー。それはつまり、どういう――」


「――確かにあなたは凄いわ。きっと、この学院に合格するでしょうね。 だけど、私はあなたに負けない。どんなことがあろうと、私はあなたを追い越してみせる。 ――だから、覚悟してなさい。 じゃあ、私はもう行くわ」


 言うことだけ言った赤髪の少女は、きびすを返してどこかへ行ってしまった。


 ……最早もはやこれ、話が噛み合ってないどころじゃなかったな。むしろ、意図的にやっていたと思える。


 突然の負けない宣言に、流石のコウも対応に困る。こんなときの練習など、《時の狭間》ではやってこなかった。



 ……まぁ、いいか。


 あの人も強そうだったため、きっと学院生活のどこかで会うこともあるだろう。

 その時に、彼女の真意を聞き出せば良い。


 コウは欠伸を噛み殺しながら学院の入り口まで歩き始めた。


 ……確か、今日の分の試験が終わった人は、もう帰っても良い筈だ。

 ……宿に戻って、少し復習して、もう寝よう。


 赤髪の少女のことは一旦忘れ、今日と明日の過ごし方について考えながら、コウは学院の入り口――校門を通り過ぎた。


 ……そうだ、屋台で焼き鳥でも買おう。



 色んな意味で疲れたコウは、1日目の試験日をこうして終えるのだった。

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