第8話.『入学試験』と『少女』一

 


 あれからコウは、最寄りの町まで歩いた後馬車に乗って、王都まで向かい、宿を取り、ついにアストレア剣術学院の入学試験を受けに来ていた。


 服装は、私服の分類には入るがあまり派手にならないような服装で、腰には一振りの剣を掛けている。


 ちなみにこのコウの服装は、全て王都で揃えたものだ。伸縮性があり、動きやすさを重視した服装となっている。

 今は両親から貰ったお金で、なんとか生計を立てているため、なるべく安くて性能が高いのを探した。


 しかしこんな生活も、もしアストレア剣術学院に入れれば変わる。

 アストレア剣術学院では、最低限の学費で好待遇な生活を送れるようになる為、ここ数日とは生活が大きく変化するのだ。


 いくら入るのが難しい剣術学院とはいえ、本来ならば学費はもっと高いもの。

 それでも、このような仕組みが成り立っているのは、優秀な生徒を輩出する実績が影響しているからなのだろう。


 確か学院側も、学費が払えないせいで、将来大物になり兼ねない生徒が挫折するのを防ぎたいとか言っていた筈だ。



 ……まあとにかく、今はそんな事よりも。


「おぉ――!凄い数だな‼︎」


 コウが試験会場に行くと、そこには既に大勢の人が集まっていて、物凄い人口密度だった。つい、コウは感嘆の声を上げてしまう。


 ざっと見た感じだと、受付締め切りまで残り30分の今で、もう三百人程の人が集まっている。

 コウは拳を固く握り締めながら、試験が始まるのを待っていた。



 *



「皆さーん!注もーく‼︎ 時間となりましたので、僕こと――レグルス・アストレアが試験の説明をさせていただきます‼︎」


 試験会場に設置されている時計の太い針が、1時のところを指すのと同時に、一つの声が辺りに鳴り響く。


 その声の発信源は、コウたち受験生の正面の台に立つ人物だった。

 少し遠くなのでそこまで細かくは見えないが、銀色に近い髪をした男性なのは分かった。


 しかし、こんな身体的特徴を確認せずとも、コウは――コウたち受験生ならば、あの人物のことを知っている。


 何故なら、彼はこのアストレア剣術学院のだからだ。


 最初の軽い注目の引き方と、中途半端な敬語。にわかには信じがたいが、彼は学院長という事で間違いないだろう。


 試験会場は、学院長の姿をその目にした為か、僅かにざわめいていた。


「……どうやら、僕がこの学院の学院長であることを説明する必要は、なさそうだね。じゃあ、サクサク進めていくよ!」


 ……サクサク進めるって。この場で使うのか、普通?


 気になるところもあるが、コウは話に耳を傾ける。


「皆さんも知ってるとは思いますが、試験は二日に分けて行います! 今日実施する内容は、『技の披露』と『試験官との実技審査』でーす!!」


 どうやら、今日実施する内容は例年通りのものらしい。ひとまずコウは安堵する。

 対策はしっかりしてきているため、後はそれを十二分に発揮するだけだ。


「試験を受ける皆さんへのメッセージは、『緊張せずにアピールせよ!』です。これまでの鍛錬の日々を思い出し、自信を持ちながら試験に挑んでくれると嬉しいです!」


 何を思っているのか、笑みを浮かべながら、学院長はコウたちにメッセージを送った。

 その様子からは、試験の結果を楽しみにしている学院長の思いが見てとれる。


 コウはそんな学院長の姿を瞳に映しながら、これから行われる試験に胸を弾ませていた。

 夢に向かって進んでいる、自分があの剣術学院の試験会場にいる、という風に考えるだけで、コウはなんだか元気になれた。


 ……俺は今、あのアストレア剣術学院に来てるんだ‼︎ あの、落ちこぼれだった俺が、ついにここまで……!


 いつのまにか、不安に包まれていたコウの体は、高揚感によって包まれていた。



 * * *



 開始、という学院長の声を合図で、立ち続けていた俺たち受験生は、試験会場に向かって歩き出した。



 あの後も学院長からの説明は続いていて、コウたちは試験会場の説明などをされていた。

 聞くとどうやら、受験生が多いということもあって、色々と工夫をしているようだ。


 要約すると、技の披露から実技試験の順に受ける人と、実技試験から技の披露の順に受ける人の2パターンあるらしい。

 ちなみにコウは前者のパターンだったため、先に技の披露を行う。


 *


 おそらく体育館だと思われる試験会場の中、大勢の受験生たちが列に並んでいた。

 列のその先では、一つ目の試験である『技の披露』が行われている。


 かくいうコウも、既にかなりの時間待ち続けていて、もう少しで試験を受けることが出来そうだ。


 辺りを見渡すと、たまたま近くにいた人と話をしてる人や、我慢強くただ待ち続けている人など、色々な様子が見てとれる。


「次の受験生、どうぞ!」


「……はい!」


 若干そわそわしながら待っていると、ついにコウの番が来た。

 コウは歯切れよく返事してから、椅子に座っている審査員の前に立ち、試験を始めようとする。


「受験番号124番のコウです!宜しくお願いします‼︎」


「はい。それでは、貴方が見せてくれる技の名前を教えて下さい」


 コウが受験番号と名前を告げると、審査員から技の名前を言うように催促される。

 コウは一呼吸置いてから、技の名前を告げた。


「――今から俺がするのは、〝八岐大蛇やまたのおろち〟という技です」


 コウは、技の名前を告げると同時に剣を鞘から抜き出し、片手で剣を握り締めて正眼の構えをとった。


 瞬間――俺の身体からだには紫色に輝く鮮やかな剣気がまとわれる。


 コウはスゥーと息を深く吸い込み、まぶたをゆっくり閉じた。

 意識が剣技を繰り出すことだけに集中するのを感じながら、コウはここぞというタイミングで目をかっと開く。


「〝八岐大蛇やまたのおろち〟……‼︎」


 ――『八岐大蛇』は八連撃技だ。

 八つの首をもつ大蛇を模倣した剣気が、コウが剣を振るのと同時にコウの剣に纏い付く。


 まず一撃目。コウは右斜め上から剣を振り下ろした。


 素早く噛み付く大蛇を思わせる剣戟を繰り出すと同時に、八つある大蛇の首のうち一つが噛み付く。

 鋭い斬撃を繰り出すと同時に、大蛇のような剣気も噛み付くため、威力は倍増だ。


 二撃目、三撃目、四撃目と、コウはその後も鋭い剣戟を繰り出し続ける。

 もし仮に敵がいたのなら、防ぐことすら出来ないくらいに、コウは様々な角度から斬りかかるようにした。


 一匹、そしてまた一匹と、剣に纏われる大蛇が入れ替わっていく。


 そして、ついに八撃目ときた時に、コウの纏う雰囲気がガラッと変わった。


 最後の八撃目に向けて、コウは精一杯の剣力――剣気を込める。

「ふっ」という、剣を振りかぶる時の小さな息の音と共に、コウの剣は八つ全ての大蛇を纏う。


 八つもある大蛇が全て合わさった、まさに渾身の一撃。

 力強く、それでいて鋭い斬撃を、コウは真正面に向かって真上から繰り出した。


 空気を斬る剣の音が辺りに響く。また、それと同時に風が生み出され、審査員や他の受験生のもとへと行き届いた。

 審査員も他の受験生も何かを感じたようで、「おぉ」という歓声を僅かに上げている。


 はたから俺の技を見ていた人からすると、八連撃の技が繰り出されていたのは、僅か数秒の出来事だったのだ。


 ひとまずコウは、それほどまでに短い時間でも、こうして人を魅了できたということに満足しておいた。


「……ありがとうございました。 では、次の受験生はどうぞ!」


 少し遅れて合図がかかり、コウの一つ目の試験がたった今終わった。

 剣を鞘に納めたコウは、その場を離れて次の試験会場へと向かう。


 次は、試験官との実技試験だ。この試験では、油断も慢心も許されない。

 今一度、コウは気を締めることにした。

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