第7話.『修行』と『旅立ち』
――アストレア剣術学院。
そこは、王都の中でも有名な剣術学院の一つで、最近は、王都一の剣術学院と称されている。
ここでは文字通り、生徒の剣術の育成を目的とした学院。当然の事だが、アストレア剣術学院にも様々な工夫を施されている。
中でも主な工夫は二つあった。
まず一つは、アストレア剣術学院は、寮生活というのもあって、通学で掛かる時間が削減されているという点だ。
二つ目は、教育プログラムの充実さで、教育の方法や設備などは、優秀な教員達が試行錯誤を繰り返しているという点だ。
大抵の剣術学院に当てはまることだが、学院に生徒が通う期間は四年。
この剣術学院では、四年後には立派な剣士となれるように、その四年間を有効的に使っている。
数百年以上に前に建てられてから、この剣術学院は着々と力をつけてきていて、数々の優秀な剣士を輩出してきていた。
特に最近は優秀な功績を収めることが多くなり、王都一と称される程となっている。
まさに、剣を進む者としての憧れの的だ。
もっとも、この剣術学院に入れるのは、毎年
それでも、毎年多くの人が入学試験を受けに来るという、不朽の名門校だ。
*
そう、アストレア剣術学院は不朽の名門校で、一度挑戦したら、もう一度挑戦することは出来ない。
コウは絶対に、合格を勝ち取らないといけない。
アストレア剣術学院には、毎年100名しか入学が出来ないのに対し、試験を受ける人の数は、およそ400人。倍率は4倍というところだ。
調べたところ、試験の内容は主に三つで、一つ目は審査員への『技の披露』、二つ目は『試験官との実技試験』、三つ目は『ペーパーテスト』だった。
試験日は、三月三日と三月四日。
1日目の午後に一つ目と二つ目の試験を行い、2日目の午前に三つ目の試験を行う。
試験日までは、残り二ヶ月ほどしかない。だからコウは、村の手伝いを午前に済ませ、修練や勉強を午後に行うという日々を過ごし続けた。
村長のおじさんとの話は既についていて、二月の終わりには、コウはこの村を旅立つ。
色々な人に迷惑をかけてしまうし、前の事件で親を失ってしまった子供たちのこともとても心配だ。
だけど、一度決めたからには全力で試験に挑む。
コウは、本当に自分にしか出来ないことを知りたい、見つけたいと思っている。
――コウは、修練と勉強の日々を続けた。
*
まず、一つ目の試験『技の披露』への対策だ。
おそらく学院側としては、コウたちの技の練度や珍しさなど色々な部分を見たいのだろう。
元来、剣術とは、指導者に教えてもらい自分のものにしていくものだ。
そのため、各指導者によって、教え方も違うし使う技の傾向も違う。指導者から教わった剣術を見せるだけで、充分個性的なものとなるのだ。
だが、コウは違う。
確かにコウも、レイト先生から技を教わっていたが、それも『燕返し』だけ。これまでずっと、基礎しか学んでいなかった。
だからこそ、コウは《時の狭間》で過ごした日々の中で、様々な技を生み出した。
あそこは色んな環境もあったし、技を生み出す上では絶好の場所だった。
実用性の高いものから低いものまで、コウは無限とも言えるほどの剣技を編み出していたのだ。
例えば、こんなふうに――、
「〝
『心月の刀身』、これはコウが最初に作り出した技だ。
剣気を習得し、正しい無駄の無い剣の振り方を知ったコウが、余計な事を一切考えずに剣を振った際に偶然生み出した剣技。
白く光り輝いて見える刀身は、剣が持つ鋼の輝きに良く似ている。
その一振りは、普通の素振りとは桁違いな程の威力を発揮した。
「……ふぅー」
どんな雑念も搔き消しながら生み出すこの剣技には、毎度のように疲れさせられる。
こんなもの、普通の人生の中では一度も繰り出せないだろう。《時の狭間》という長い時間の中でこそ、コウはこの技を生み出すことが出来た。
しかし、コウが試験で使うのはこの技ではない。もっと、凄いヤツだ。
「楽しみにしとけよ、審査員……!」
草原には、コウが剣を振るときの掛け声が鳴り響いていた。
*
次に、二つ目の試験『試験官との実技試験』の対策だ。
おそらくこの試験では、実践での戦い方や持久力、判断力を試すのだろう。
用意する試験官も、それなりの手練れを用意する筈だ。だからこそ、その試験官を圧倒する程の実力を見せつける必要がある。
単にスピードとパワーで攻めて勝つというのもアリだが、それではつまらない。
戦略を立てておく必要があるだろう。
コウは目を瞑り、試験官が正面にいる姿を想像する。
試験官の構えは、攻めと守りのどちらかにも対応しやすい中段の構え。まずは、コウの出方を探ってくるだろう。
そして、対するコウは、脇構え。
右足を引き、体を右斜めに向けて、剣を右脇に取り、剣先を後ろに下げて構える。
このように、大きく半身を切ることによって、相手から見て自身の急所が集まる正中線を正面から外し、こちらの刀身の長さを正確に視認できないようにする。
こうすることで、左半身は無防備になり、相手の攻撃を誘いやすくなる。
この構えは、後ろからの奇襲にも対応しやすく、コウの鍛えあげた動体視力を生かせば、充分に対応できるだろう。
最終的には、試験官の剣を弾き飛ばし、コウは試験官の背後に立って剣を向ける。こうすることで、ある程度の高評価は間違いなしだろう。
なるべく、色んなパターンを想像して、それらへの対応を考え、実行してみる。
静かに黙々と、コウの修行は行われた。
*
最後は、三つ目の試験『ペーパーテスト』の対策だ。
テストの範囲は、国語、数学、理科、社会、体育の5教科だ。
この試験では、基本的な言語の文法、計算能力、自然の摂理、この国の地理と歴史、体の動かし方など、一般的な知識を持っているかが試される。
正直、勉強するのにあまり乗り気では無かったが、両親の協力もあって、コウは一生懸命勉強することが出来た。
《時の狭間》での日々で身についた、「継続する力」は、勉強にも生かすことが出来ていた。
今ではもう、自信たっぷりとまではいかないが、ある程度の自信はついてきた。
特に暗記の分野では、両親の協力はかなり役立った。二人がいたからこそ、コウはここまで頑張れたのだと思っている。
毎晩、コウは机に立ち向かい、必死になって勉強を続けていた。
うっかりそのまま寝てしまった時には、いつのまにか毛布が掛けられていて、コウはいつも温かい朝を迎えていたのだった。
*
――そして、ついに旅立ちの日がやって来た。
コウは村の出口まで来ていて、両親と村の子供たちに見送られようとしていた。
「……父さん、母さん、そしてみんな、もう行くね」
「ああ、気をつけて行ってくるんだぞ。合格した時には、手紙を宜しくな」
「いってらっしゃい、コウ。四年以上も離れ離れになると思うと寂しいけれど、待ってるからね」
「母さん、まだ合格したわけじゃないのに、それは少し気が早いんじゃないの……」
コウがもう行くことを告げると、両親は涙を目に浮かべながらも、優しく言葉を掛けてくれた。
コウは目尻が熱くなるのを感じながら、微笑み、子供たちの前でしゃがんで、目線を合わせた。
親を失ってしまったこの子たちが、元気でいてくれることを願いながら、コウはもう一度微笑む。
「お兄ちゃん、もう行っちゃうの?」
「絶対、絶対帰ってくる?」
すると、どこか不安そうな様子で女の子と男の子が話しかけてきた。
コウは、笑いながら言葉を返した。
「きっと、また四年後くらいにはこの村に戻ってくるから、心配しなくていいよ」
「本当に?」
「ホントのホントに?また、剣を教えくれる?」
「あぁ、また剣を教えてやるから、俺もビックリされるくらいに元気に育ってくれよ」
「うん、頑張る!」
「僕もお兄ちゃんみたいに強くなる!」
「約束、だな」
「うん、約束!」
「約束、約束!」
コウは、女の子と男の子の二人と、指切りげんまんをして、『約束』をした。
そして最後に、両手で二人の頭を撫でてから、コウは立ち上がる。
「――じゃあ、行ってきます‼︎」
「いってらっしゃい」というみんなの声を聞きながら、コウはみんなに背を向けて歩き始める。
「コウ!最後に伝えておきたいことがあった!」
だが、父の声を聞き、コウは足を止めて振り返った。
「俺の家にも、実は家名があるんだ。 家名は、ゲニウス。ゲニウスだ! 残念ながら、意味は分からないけど、もし何か機会があったら聞いてみてくれ‼︎」
「分かった!」
なかなか衝撃的で唐突な告白だったが、コウはしっかりとそれを受け止めて、返事を返した。
今度こそ本当に最後に、コウは朝日に照らされ始める村を一目見て、前を歩き始める。
――試験に向けた「修行」の日々は幕を下ろし、新たな未来への「旅立ち」が、たった今始まった。
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