第6話.アストレア剣術学院
「コウ、お前はこの村の為にこの三ヶ月間良く頑張ってくれた。それはとても感謝してる。 だけど、お前をずっと、此処に閉じ込める訳にはいかないんだ」
父の言う、「閉じ込める」という言葉が引っかった。別にコウは閉じ込められているなどと思っていない。コウ自身の意思で、今此処にいる。
「コウ、分かるわ。コウもコウ自身の意思で動いている、確かに私もそう思うわ」
「――だけど、俺は剣術学院に行くべきだ、そう言いたいんでしょう?」
続けて言う母の言葉を切り、コウは反発の意を込めて言葉を返した。
……だってそうだろう?
……ただでさえ人手が足りないのに、若者の俺がいなくなったらどうすんだ?
――こんなもの、勝手なわがままに過ぎない。そう、コウは結論付けた。
――剣術学院。
それは、14歳以上になると入学出来る所である。
一般的な剣術学院は四年制で、そこに入学した者は、それぞれの学院のやり方で指導を受け、一人前の剣士へと育てられる。
そして、剣術学院の卒業後には、学院で学んだことを活かした職業に就く者が多く、剣術学院を卒業したということは、大きなアドバンテージとなる。
中でも、魅力的な職業として有名なのは『騎士』で、学院での功績などによっては、かなりの好待遇を受けるだろう。
騎士団長や副長のような偉い立場に上り詰める者の大抵は、有名な剣術学院の卒業生だ。
それくらい、剣術学院というものは人生において、大きな恩恵を与えてくれる所である。
ただし、一つの学院当たりの入学試験を受けれる回数は生涯で一回のみ。同じ学院に二度も受験することは叶わない。
多大な人気を誇る一方、入学する為には剣士としての実力が必要だ。
「ちなみに聞くけどさ、どこの学院がいいかとかは考えてるの?」
「ああ、勿論だ。お前には、王都一の剣術学院――アストレア剣術学院に通ってもらいたいと思っている」
「――はぁ⁉︎」
机に手をつき、バンという音を響かせながら俺は立ち上がる。
……おかしい。よりによって、アストレア剣術学院を選ぶなんて……。
アストレア剣術学院は、王国一と呼ばれる程の剣術学院なのだ。コウ自身も何度か憧れた所だが、いざ入学するとなると話は変わる。
「コウ、一旦落ち着いてくれ」
「だけど――!」
……二人はどうかしてる。俺がこの村から離れるように企てるのもそうだし、アストレア剣術学院に行かせようとすることだって――。
「――じゃあ、コウ。 実際、お前自身はどうしたいんだ?」
「俺、自身……?」
「あぁ、そうだ。他人に流されて出た答えではない――自分だけの答えだ」
「――――」
コウだけの答え。コウの思い。コウの進む道。
確かにコウは、《時の狭間》での修練によって強くなったのかもしれない。
だけど――、
だけど、本当の強さ――心の強さは、成長などしていなかったのだ。
手に入れた強さには溺れなかった。私利私欲の為には剣を振るってこなかった。
……でも、それが何だ‼︎ 結局、俺は変わってなどいなかった!決して強くなどなかった!!
思わずコウは歯を噛みしめた。そして拳を強く握り、己の不甲斐なさを思い知る。
それでも、コウだけの答えはそう簡単には出てこない。喉元にも差し掛かっていない。
――自分だけの、唯一無二のものを導き出すのには、まだ時間と経験が足りない。
それは、紛うことなき事実だった。
だから、それを知り、実感したコウは――今のコウが出す答えは……、
「――俺、挑戦してみるよ」
前に進もうとする、一つの勇気だった――。
「――村のみんなからは、身勝手だって思われるかもしれない。二人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。村の一大事に何やってんだって自分でも思ってる。 ――それでも、俺は挑戦したい。諦めたくない。前を向いて進みたい。今のままの俺では駄目だ、そう思うんだ。 だから――」
胸が空っぽになるんじゃないかというくらいに、コウの想いが弾け出る。目尻には微かに涙が浮かんでいる。
……俺一人じゃ、まだ何も成し遂げられない。前に進めない。自信を持って生きれない。
「――だから、協力してくれないか」
それは、か細い声だった。今にも消えてしまいそうで、弱々しい声。絞り出すかのように出されたその声には、複雑に絡みあった感情が宿っている。
「……あぁ、勿論だ。俺は全力でコウに協力するよ」
「……私もよ」
二人はそれを、その声を――コウの願いを掴み取って、導いてくれた。
――剣術学院に進み、自分を見つける為の、そんな物語へと。
「あり、がとう……」
コウは涙を拭い、
コウのしゃくり上げる声が、食卓に響く。
涙を必死に拭って顔を上げたコウの視界には、涙を流す両親の姿が、コウの涙越しに見える。
嬉しそうに、悲しそうに、両親は泣いていた。泣き声を上げることがないように、静かに泣いていた――。
*
コウは気配を殺し、壁越しから聞こえる声を聞いていた。
あの後、泣き止んだコウたちは「ごちそうさま」を言い、コウは自室に戻ることにしていた。
だけど、どうしても気になってしまったのだ。二人だけの会話を……。だから、今こうして立ち聞きをしている。
「そういえば、レイト先生はコウと会っていたようだけど、何と言ったのかしら。だって、レイト先生もこの事を知っていたのでしょう」
「あぁ、どうなんだろな。どちらかというと、彼は否定派だったからね」
……レイト先生がこの事を知ってた⁉︎ それに、否定してたって……。
思いもしなかった事実に、コウは驚愕する。
……なら、さっきの勝負は――木剣での稽古は、どんな想いでやっていたんだ?
『迷うな、少年』。
最終的には、激励にも近い言葉をくれたレイト先生。その行動の裏には、隠された『想い』があった。
コウは、静かにその場を離れ、外へ出た。
外は予想よりも肌寒くて、コウの頭は急速に冷えていく。
「……レイト先生」
夜空に浮かぶ遠い星を見つめながら、コウは呟く。
この時期は、空気が澄んでいて星がよく見える。
「あっ……」
翠色に光る星を見つけたコウは、思わず声を上げた。
そして目を瞑り、レイト先生の優しい笑みを一瞬浮かべたコウは、家に戻る。
「……今日は、もう寝よう」
微かに笑みを浮かべながら、コウは歩き始めた。
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