第5話.隠された『想い』
「この村も、少しずつ良くなってきてるな」
コウは家までの帰り道を歩きながら、そっと呟いた。
事件直後の時神村は、随分と建築物が壊れてしまっていたが、今では新しく建てられている。
荒れ果てていた土地も少しずつ整備されていて、むしろ以前よりも改善されていた。
今日は休息日だったが、いつものコウは村の復興の為に働いている。
建設の為に木を斬ってきて角材に変える仕事や、農業の手伝いなど、主に力仕事だ。
完全に復興するのはまだまだ先になるが、少しずつでも良くなっているとコウは思っていた。
……また明日からは、いつも通りの日常か……。
「こんばんは、コウくん」
「……こんばんは、レイト先生」
コウが内心呟いていると、横からレイト先生が声を掛けてきた。コウは挨拶を返しながら、レイト先生を見つめ返す。
――レイト先生。
茶色がかった髪に、
コウに向けるその表情には、微かに和やかな笑みが浮かんでいた。
道場の先生だったレイト先生も、暫くは道場を閉めて、村の復興に手を貸すその一人である。
しかし、ユウキとハルトが亡くなってしまったことや、コウが魔物を倒したことがあって以来、あまり良い関係を築けていない。
挨拶はしたものの、どうするのが正解か分からないコウは、そのまま歩き始めようとする。
「では、俺はこれで……」
「――ちょっといいか‼︎ あ、ごめん。 ちょっと、僕に付き合ってもらえないかな?」
だが意外にも、レイト先生に足止めをされてしまった。レイト先生はその翠色の瞳を、コウに真っ直ぐ向けている。
その瞳には、どこか力強い想いが篭っているように見えた。
「……は、はい」
だからだろうか、いつ間にかコウは返事を返していた。
「……そうか。なら、場所を変えないか?」
「分かりました」
レイト先生は、
コウはそれに従い、レイト先生の背を後から追った。
……一体、どうしたのだろうか?
*
「すまないねコウくん。もう着いたよ」
「ここは……」
コウがレイト先生に連れられてやって来た場所は、道場だった。
ここ最近来ていなかった道場がどこか寂しげに見えたのは、きっとコウの思い違いなのだろう。
それより、どうしてここを選んだのかが気になった。
「どうして、此処なんですか?」
「――僕が君と、勝負をしたいからだよ」
「勝負、ですか?」
申し訳なさそうな笑みを浮かべているレイト先生に、コウは疑問を抱く。
……何で今、勝負なんてものを言い出すんだ?
「コウくんには、僕と木剣で勝負――稽古して欲しいんだ。勝利条件は……相手を無力化すること、かな。 どう?やってくれる?」
「……やります」
疑念は晴れないが、お願いされてしまっては仕方ない。コウはレイト先生から木剣を受け取った。
コウたちは道場の真ん中まで歩き、およそ5メートル程の距離を取って、互いに向かい合う。
そして、軽く一礼してから木剣を構えた。
コウは正眼の構えを取りながら、剣先越しにレイト先生を見据える。
同様に木剣を構えているレイト先生は、苦笑いをしていた。
「構えの時点で分かるよ。コウくん、強くなったね」
さほど話し方は変わらないが、勝負する前だからか、どこか好戦的な声でレイト先生はそう言ってきた。
「そんなこと言って、負ける気は毛頭ないんでしょう」
流れに乗るようにして、コウも軽口を叩く。だが、やがてコウたちは静まりかえり、稽古にだけ集中するように変化する。
「……始め‼︎」
――始めの合図は、レイト先生が行った。
合図と同時に、コウたちは足を踏み出し、互いに距離を詰める。
互いに剣の間合いに入った瞬間、コウとレイト先生は木剣を振った。
鈍くて甲高い音を道場に鳴り響かせながら、互いの木剣がぶつかり合い、競り合う。
だが、それも長くは続かず、コウもレイト先生も後ろに跳び、一旦距離を取る。
「「はぁぁぁ!!」」
互いに声を上げながら、コウたちは剣を振るう。
しかし、今度はさっきと少し違った。
コウの木剣は、さっきよりも速さと威力が増していて、レイト先生の木剣に押し勝つ。
僅かに体勢が乱れ、隙を見せているレイト先生に向かって、コウは更なる攻撃を繰り出した。
上から振り下ろすのでなく、レイト先生の木剣と逆方向になるように、水平に右から左へと木剣を振るう。
手首をきかせ、少し体勢を低くしながら、コウは木剣を振った。
しかし、レイト先生は苦悶の表情を浮かべながらも、それを防いでみせる、
……なら!!
「ハァ――ッ‼︎」
コウはその場で高速一回転することで、木剣に更なる力を加えながら振り下ろした。
俺コウは、レイト先生なら防いでくると考えた上で、レイト先生の頭を狙う。
「――っ‼︎」
レイト先生は咄嗟の間に両手で剣を持ち、俺の攻撃を受け流すようにして木剣に角度をつけた。
……流石に駄目か!
その後も、何度か技を仕掛けるが、レイト先生に受け流されてしまう。
しかし、それでもコウは未だに息切れという息切れはしていないが、レイト先生は息が荒くなっている。
このまま続ければ、
……だけど、そんな終わり方じゃ締まらない‼︎
コウは、自身が一から極めた剣術の一つを、繰り出すことにした。
……焦らずに、最適なタイミングを見計らって技を繰り出せ!
コウは、体に捻りを加えながら木剣を真上から振り下ろす。レイト先生の視線は、上から迫りくる木剣へと向かった。
そして、鈍くて高い音が鳴り響くと同時に、コウの攻撃によってレイト先生の木剣と手に衝撃が加わる。
その強い反動で、レイト先生はほんの一瞬だけ強く目を
……今だ!!
コウは素早く後方に飛び跳ね、見えない鞘に剣を収めるようにして、低姿勢をとる。
そして、抜刀するかの如く、俺はレイト先生に高速接近しながら木剣を一閃した。
「〝
薄くて繊細な剣気を、振り払う俺の木剣に纏わせる。
ほぼ透明で、水のような剣気を纏った木剣は、鮮やかに奇跡を描いた。
レイト先生の木剣は、二つに切り分けられ、切られた部分はそのまま落ちていき、辺りに乾いた音を響かせる――。
「ハハ……まさか、木剣を斬るとはね」
レイト先生は、木剣が斬られたことを事実として受け止め、乾いた声を溢した。
「コウくんは、実力を隠して……いや、違うな。 ――どうして強くなれたんだ?」
「――――」
返事はすぐに出てこなかった。
その答えは口元まで出かけているのに出てこない。
ハッと息を飲んだコウは、ただレイト先生の翠色の瞳を見つめるだけだった。
「……そうか、答えはまだ出ていなかったのか。 なら、せめて最後に、先生として言葉を残させてくれ。君に」
レイト先生は一度目を閉じ、目を開けるのと同時に言葉を告げた。
その、レイト先生の翠色の瞳は、確かな力強い光を宿しているようだ。
「――迷うな、少年。君にはまだ、無限の可能性があって、何だって出来る。 だから、道の選択に迷う必要なんてない。常に自分というものを持ち続け、前に進んでいけるのなら、それで良いんだ」
何故かレイト先生の言葉は、不思議なくらいにコウの胸にストンと落ちる。
「ごめんね。もうすっかり暗くなってしまった。 送るよ」
「……いえ、良いんです。まだ、晩ご飯には早い時間なので。俺の家は、晩ご飯を食べる時間が少し遅いんですよ」
さっきとはうって変わり、申し訳なさそうな顔で言ってきたレイト先生に、コウは心配いらないという旨を伝えた。
「ありがとう。じゃあ、行こうか――」
「はい――!」
俺たちは道場を木剣を片付け、道場から出る。そして、ガチャっという音と共に道場の鍵を閉めるのだった。
*
「ただいま――‼︎」
「「おかえり!」」
レイト先生とも家の前で別れ、俺は家に帰ってきていた。
コウがリビングに向かうと、既に二人は食卓に並んでいた。机の上には鍋が置いていて、近くに具材も置いてある。どうやら、今日の晩ご飯は『鍋』らしい。
豚肉をしゃぶしゃぶするアレだ。
……美味しそう!
「もうご飯の支度は出来てるから、なるべく早くよろしくねっ!」
母さんは茶色の目を輝かせながらコウを急かす。その姿は、まるで少女のようだった。
――『迷うな、少年』。
一瞬、コウの頭にレイト先生の言葉が思い浮かんだが、コウは頭を振り、明るく返事を返した。
「分かったよ。すぐ支度してくる――」
……そうだ、確か大事な話があるって言ってんだ。ある程度、心の準備をしておかないと。
俺は自分の部屋に入り、着替え始める。
耳を澄ませば、近くて遠い所から、明るい笑い声が聞こえてきて、コウの頬は自然と緩んでいた。
*
「――コウ、話なんだが……」
「うん。話って……何?」
コウたちが鍋を楽しんでいる時、話は父の方から切り出された。
「ああ、話なんだが、――よく考えて聞いてほしい」
「……うん」
真剣な表情をする父の姿に、コウは無意識に固唾を飲み込む。
「これは、主に俺と母さんの二人の決断なんだが――。 コウ、
……え? 俺が剣術学院に?
父さんの言葉は、コウにとってかなり衝撃的な言葉だった。
鍋のグツグツという音すらも、この
ただ、コウの口からは一文字の言葉が溢れでる。
「――――え?」
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