第3話.至高の剣戟――雲外蒼天――
コウに風が吹き付けられ、青い空からは温かな日差しがコウを照らしてくる。
スゥーー。
「うまい」
試しに深呼吸してみると、空気はとても澄んでいて美味しく感じた。
「ほんとにここは何処なんだ……?」
目の前にいた筈の魔物はいない。
後ろにいた筈の両親もいない。
……もし仮に此処が、現実から
「それにあの時の声……」
確かに俺は、誰かの声を聞いた。
『――良いだろう――。』
コウはさっき聞こえた声を、頭の中でもう一度思い浮かべる。
その声は力強さも孕んでいて、本能的に「勝てない」と思ってしまうほどのものだった。
「まぁ、取り敢えず、調べるしかないのかな」
改めて、コウは辺りを見渡す。
ちょうど今のコウの位置は、周りよりも高く、先まで見通すことが出来た。
コウの辺りに広がるのは緑の草原。
その中には、一面に咲き誇る花たちがあり、水面が日光によって輝いて見える湖があり、生命力を感じる葉緑の木々があり、色々な自然がある。
一見、コウの知るものと何も変わらない風景。だが、何かが現実世界と違って見えた。
現実世界では、夕方が終わろうとしていた。しかし、此処には日がある。
気温も適温といったところで、心地よい空間を保っていた。
――やはり何かがおかしい。
立ち尽くしていても、どうにもならないと考えたコウは、歩き始めた。
「あっ!あれは……」
今、コウの視線の遠い先には、木で作られた家のようなものがある。
まずは、あそこから探ってみるのが良いだろう。
「もしかしたら、誰かいるのかもしれない」
こんな不思議な所だが、それなりに広さはある。しかしどんなに見渡しても、見つけることが出来た家はあれだけだった。
此処に人がいるのかは疑わしいところだが、可能性はゼロじゃない。
「そういえば――」
コウは今更ながらにも、鞘に納められた剣が腰に掛かっている事に気づく。
少しの間だけ剣を見つめたコウは、再び前を向いて歩き続ける。
そっと優しく、コウは左手で剣の
*
「ほんとに全部木で出来てるんだな……」
あれから、いくらか歩いたコウは、目的の家に着いていた。
その家は、木で建てられていて、窓ガラスとかそういうもの以外は、全て木であると言っても過言ではない程だった。
コンコン。
コウはドアの前に立ち、ドアを二回鳴らしてから声を掛ける。
「すみません!誰かいますかー?」
コウは返事を期待しながら、静かに立ち尽くす。しかし、数秒待っても返事はこなかった。
だからもう一度、コウはさっきよりも大きな声を掛ける。
「すみませーん!誰かいますかー?」
…………。
――さて、コウには二つの選択肢があった。
一、今現在進行形でドアノブを掴んでいるが、その手を動かし、無断で侵入してみる。ちなみに鍵は掛かっていないようだ。
二、居るかも分からない家主を待つために、野宿する。あくまで憶測だが、この家からは生活感というものを感じない。
――もちろん、答えはただ一つ。
ガチャ。
「――お邪魔します」
コウは少し強引な手段を選んだ。
バタン、というドアが閉まる音と共に、コウは家の中の様子を見て伺う。
家の中はとても綺麗で、まるで新築のような新鮮味があった。
実際、人が住んでいたかのような痕跡は無い。今だって、木の香りがコウを包む込んでいる。
ちなみに木で作られた壁にも傷が一つも無かった。
こうにも新築だど、逆に入りづらさを感じてしまうが、コウは決心を固めて家の中を歩き始める。
*
コウは、この家の中を歩き回って行き、色々な物を見つけていった。
「お風呂……寝室……キッチン……トイレ……洗面所……リビング……」
生活していく上で必要なものは、全てこの家に兼ね備えられている。
ただ、一つだけ不可思議なモノがあった。それは――、
「この白い封筒……」
白い封筒だ。
リビングのテーブルの上に置いてあり、それを見つけたコウは開けるのに戸惑っていたが、そろそろ向き合わないといけない。
現実離れしたこの空間に、いつまでもいる訳にはいかないのだ。家族や村の安全などというものは、保証されてないし、知ることも出来ない。
一度深呼吸をしてから、コウはその白い封筒を持ち上げた。
その白い封筒は長方形になっていて、簡単に開封出来るようになっている。
思い切って封筒を開けてみると、中には一枚の手紙が折り畳まれた状態で入っていた。
コウはそれを取り出して、手紙に書かれた文章に目を通し始める。
「――『この家に招かれし者へ』――」
『この家に招かれし者へ、
《
これは、この空間を作り出したオレからのメッセージだ。
この空間――《時の狭間》はオレが作り出したものだ。
此処は現実世界よりも著しく時間の流れが遅くなっている。
故に、現実世界だと一瞬の間でも、此処では無限のような時間となる。
それに此処は特別でな、
いつか遠い先、此処に来る直前の現実世界に戻ることになった時、
……そこで、精進するためにも、この家を譲る。
空腹や疲れなどの症状は、此処でも変わらず起こるから、しっかり体は休めておけ。
以上――オレから言えることはこれくらいだ。』
「本当、なのか……?」
……この手紙に書かれていることが本当だというならば、此処で鍛えあげた能力を引き継いだまま、あの瞬間に戻ることが出来る。
コウの努力次第でもあるが、たとえ今のコウではみんなを救えくても、鍛え上げたその先のコウなら救えるようになる。
――この事は、コウにとって大いなるチャンスだった。
「この俺に、守る力が――」
……もし、此処で剣術を極めていくことで、俺にも誰かを守る力が手に入るのだとしたら――、
「俺はここから――
決して諦めたりはしない。妥協もしない。
「絶対に、強くなってみせる――‼︎ 俺はもう、『落ちこぼれ』と名乗らない、呼ばれない――『落ちこぼれ』だった俺は、もう捨てた」
……「落ちこぼれ」のままの俺にはならない。俺は今ここで、一から変わって見せるんだ!
コウの決意が固まると同時に、《時の狭間》での――長い、
* * *
――此処に来てからコウは、数え切れないほどの年月を過ごしていた。
数々の成長が見られたコウだが、始めの頃は上手くいかなかった。
剣術を極めると言っても、何から始めれば良いのか分からなかったコウは、剣を振るところから始めた。
技を覚えるなどという事は一切せず、剣を振ることだけに時間を費やした。
ただ剣を振るだけではなく、より良い剣の振り方を模索する日々。
妥協は一切せず、コウが本当に納得のいくまで、何年も何年もそれを続けた。
――そして、その次に俺は、
* *
――『剣気』
人々の間で「剣術」が浸透するこの世界には、『剣気』というものが存在する。
これを纏うということは、なかなか一朝一夕で身につくことではない。
しかし、次第に剣術を修練していくことで、やっと身につけることが出来るのだ。
この『剣気』を体や剣に纏わせる事で、攻撃力や攻撃の幅を飛躍的に上げたり、広げたりすることが出来る。
使い方によって、『剣気』が発する効果は異なり、『剣気』をいかに扱うかで、火や水、風など、様々なものの再現が可能となるのだ。
例えば有名なものだと、剣に炎を纏わせて技を繰り出すというものがある。
他にも、水のような剣戟を繰り出すものがあったり、剣の重みを増すものがあったりなど、剣気がもたらす効果は千差万別。
想像力次第で、多種多様かつ強力な技を生み出せるのだ。
しかし、『剣気』は一人前の剣士にしか扱うことが出来ない。誰もが『剣気』を使えるような世界にはなり得ないのだ。
だが、これだけは確かに言える。
――『剣気』は、極限の剣術への
そして、その極限の剣術へと辿り着いたその先には、まだ見ぬ
* *
剣気の取得はコウにとって必要不可欠だった。
一人前の剣士なら誰もが扱えるものだが、必ずしも全員が取得できるわけでもない。
それこそ、ユウキもハヤトも取得出来ていなかったのだ。才能というものが無いコウにとって、これを取得することが困難だったことも察しがつくだろう。
――しかし、それを取得してから、コウの修練は大幅に変化した。
実践を意識した練習や、剣技の開発、色んな自然環境での動き方の演習など。
時間があっという間に過ぎてしまうほどに、充実していた修練の日々。
思いつくことは何でもしてきた。
それに、コウが望んだものを、この空間が創り出してくれた事もあった。
だから今、強くなったコウは――、
「――俺は、家族を守る」
家族を守る為に、魔物と対面していたあの瞬間に回帰する。
「ありがとう。そして、さようなら」
コウは、此処での時間の、原点ともいえる場所に立っていた。
あの、緑に生い茂る草原。
コウが始まった時点。
カチ、カチ、カチ、と音が聞こえる。
コウは、深い思い入れのあるこの景色を眺めながら、回帰する瞬間を待つ。
ここから見える景色は、夕暮れの赤い光で染まっていた。
そして今、ガチャーン、という音が鳴り響くと同時に、俺は
*
まずコウは、状況を再確認する。
コウは、魔物の太刀を押し返そうとしていた。
……ああ、久しぶりだな……‼︎
目の前の魔物に向けて、コウは不敵な笑みを浮かべる。コウは、魔物が押し込んでくる太刀を、剣で
その一連の流れを、呼吸するように行ったコウは、立ち上がりながら、剣を鞘に納める。
そして、両足の間隔を広げるようにして腰を下げ、技の名前を口にするのと同時に、抜刀した。
「――〝
瞬間――辺りは神々しい空気へと変わる。
そして今、一つの
日が沈みきった世界には、一瞬だけ蒼空が広がり、明るく輝いている光が差し込んでいる。
さっきまでの全てのことが、まるで嘘のように感じるまでの剣技。
――雲外に蒼天あり。
努力して苦しみを乗り越えた先には、素晴らしい剣戟が作り上げられる。
それは、コウがこの世界で初めて解き放った、
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