力の時代
崩れたコンクリートのオフィスビル。その隣でかつて牛丼屋だった飲食店はチンピラの溜まり場。その隣のコンビニのATMにはゴミになった万札が散乱し、誰かが踏み潰していった牛乳パックが四つ。そして電話ボックスには「俺参上!!」と。
俺は今、世界の終わりを一人で堂々と歩いている。堂々と歩いていれば、周りが勝手に強い能力者だと勘違いしてくれるから、面白い。
まぁ、俺に異能の力が備わってないんだが……。ああ、ていうか、なんで0.1%引けるなら三億あたらないんだ。運の使い道間違ってんじゃん。こんなのアリか?あんだけ世界が終ると信じていたのに。いざ来てみたら、なんと素晴らしいクソみたいな世界がコンニチワ。
「あああああああ、マジでクソだ。こんなんだったら、スターウォーズエピソード2が見れる世界に今すぐ戻せよ……クソが」
残り物には福がある。そんな、ことわざを思い出しながら、俺はなんとなくコンビニのカウンターを物色する。
「お、タバコか。俺十八だから吸った事ないんだよな~。取っとこ」
今や世界の終わりである。法律という縛りから解放されれば、皆本能に従って奪い合う獣だ。昨日、顔見知りのおばさんが、俺ん家の503号室で鉢合わせたくらいだ、逆にそういう世界に成ったんだと順応するしかない。
続いて、俺はコンビニの店員さんしか入れない裏側の部分に足を踏み入れる。揚げ物を調理する場を進んで冷凍室へ。開けてみると解凍しかかっている唐揚げが、ゴロゴロ見つかる。
「……熱せば食えるか!」
冷凍室から両手一杯に唐揚げを強奪し、ボチャボチャと調理場の油の海へ放り込む。ガス栓とか恐えなと思いつつ、あまり躊躇いなく火を入れる。しばらくして、唐揚げのジュワジュワ音が鳴り響き、俺を期待させてくる。
出来上がってそうなモノから割りばしで、救っては、ちょっと汚れてるティッシュだかキッチンペーパーだかで油を拭き取って、口に放り込む。
「アチぃ、アチッアチッ!……ッ………うめぇ~」と。堪能していると背後から何者かが包丁を突き付けていた。
「マジでうまいわ……手際が」
「うごかないで!!!」
少女の声。能力者の可能性は極端に低い。あっても戦闘系の能力ではない。まだ幼い声音。確実に俺より年下。最悪、小学校高学年。手の震え。包丁の握り方が両手持ち。身長は150cmくらい?持ち方は人を殺った経験から?怒鳴り声の裏側に恐れと罪悪感。うーん、俺にバリツがあればなぁ……。
「た、頼むッ!殺さないでくれ!!」
「だまって!!じゃにゃいとコロす!」
「ニャンと!??それだけは、ご勘弁!」
「…………えッ。ちょっ、バ、バカにしないでっ―」
少女が隙を見せた直後、両手の包丁を利き手で無理くり押さえつつ、左手で少女の顔を掴み、少女の目の前で長く切られてない親指の爪を立てる。
「て」
「三秒以内に包丁を捨てなさい。捨てたら乱暴はしません」
「ウ、嘘ッ……!」
シーンと数秒の静寂の後、俺はカウントダウンをはじめる。
「さーん」と言えば、少女は葛藤と向き合う。
「にーい」と言えば、少女は泣き顔でこちらを睨み。
「いーち」と言い切る前に、少女は包丁を床に落とした。
即座に足で床の包丁をどっかへ払い、少女への脅してをやめる。少女は糸が切れた人形のように脱力し、背中で息をしながら、泣きじゃくった。……俺は屑だ。だから、こんなクソみたいな世界になっても多少は順応できるつもりだが、まだ遊び盛りな女の子を暴力でねじ伏せて脅して。
そして、いつしか人殺しをするのだろうか。
そんな人生―
「……クソだな」
少女に聞こえないように静かに自分を侮蔑する。そうだ、何か、今からでも正しい事をすべきだ。そうしないと、この世界に踊らされたまま、怪物になっちまう。それはとても、とてもイヤだ。知らず知らずの内に俺が俺でなくなるなんて。
だから、許して貰おうなんて図々しい考えじゃないが、俺が人の感情を失くさないために言わせてくれ。
「すまない」
「ウ、ヴゥゥ……」
「……何か、俺に出来る事があればでいいんだけど、手伝える事があるのなら、手伝せてくれ。それでチャラって訳にはならねぇけど……。せめてものってヤツだ」
包丁を持って脅すくらいだ、何か理由があっての事だろう。俺が手伝える事なら出来るだけ手を貸したい。
「キミ、名前は?」
「……黒瀬リン」
「俺は秋野ヒロ、とりあえず唐揚げ食う?」
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