★37★ 戦場音楽。

 歩兵と騎兵が入り乱れる戦場は、ときに敵と味方ですら同様に混ぜてしまう。


 悲鳴、怒声、命乞いと神への祈りに、家族の名を叫ぶ悲壮な声が木霊する。馬の嘶きと馬蹄、金属が激しくぶつかり合う音。戦場の音楽とでも呼べる命を使った奏で合いには、老いも若きも、敵も味方も関係なく。


 ――戦場ここでは、奏者でなければ死ぬしかない。


 孵化したばかりの【戦】はそれらを糧に、さらに大きく禍々しく育っていく。


 他国から来た身ではなかなか見分けがつかないが、ありがたいことに向こうは羽根飾りのおかげでこちらの見分けがつくので、自然と避ける兵と向かってくる兵に二分される。


 出会い頭に弓の一斉掃射をかけた歩兵の前列は一瞬恐慌状態に陥ったものの、当然押し出されるようにすぐに後列が前列になった。出会い頭に弓の一斉射撃を受けた歩兵はその機動力を活かす間もなく、次々に地面に倒れ臥していく。


 正面から向かってくる隊列にのみ集中し、横一列の五十騎を縦四列に配した騎馬での突撃をしかける。一列目は全速での一撃。二列目、三列目と馬の速度を落として波状効果を利用する戦法だ。


 初撃に耐えきれなかった敵の歩兵達が次々に全鉄製の槍の穂先にかかり、こちらの腕への重みと耳への断末魔を残して絶命するが、それをすぐさま引き抜き、積み重なる骸を避けてこちらに隊列の横腹を見せている敵へと狙いを定める。


 馬が躍動すると槍を握る腕に新たな重みを感じ、穂先には百舌鳥のはやにえのように“人だったもの”が連なった。引き抜けない人数になると方向を変え、次の突撃の速度を稼ぐ際に地面に擦り付けて落とさねばならず、雨季でもないのに地面がぬかるむ要因になり馬の速度を殺す。


 バシャッと音を立てて赤黒い水溜まりに波紋が走るたびに、誰に聞かせるでもない悪態と舌打ちが零れた。


 この戦場へ到着する前に、周辺の町や村で足止めされていた反乱軍に手を貸したせいで予定よりも遅れた。これでも途中で元々の進軍速度が遅いポルタリカの兵士達に任せてきたというのに……モスドベリの新市街地は、すでにその多くが愚王の手によって焼失していた。


 反乱軍の一部から彼女が旧市街の大聖堂に身を寄せているとの情報を獲はしたが、無事かどうかまでは分からない。そのことにジワリと腹の底がドス黒い炎を宿したように熱を持つ。


 ――まだか。


 あれだけお膳立てをしてやったにもかかわらず、援軍の到着を報せる角笛の音が聞こえたとの伝令は未だない。それとも彼女を下らない政権争いに巻き込んだ第三王子と、彼女が負う必要のなかった苦労を背負う要因を作った文官を殴ったから、嫌がらせとして援軍が遅れているのだろうか。


 前線の歩兵を磨り潰した時点で小隊編成にバラけての戦闘に入ったが、ようやく現れた敵の本体と相対すると、両者の騎馬戦闘においての解釈の違いを見た。人馬共に一部の隙もなく施された装甲と、リルケニアの騎馬に比べれば優に二回りは大きいその騎馬。


 一方的に蹂躙するだけだった戦闘から、相手の攻撃が一撃でもかすれば即死という難易度の高い戦闘へと変わる。いつもはふざけた第二騎士団の面々も、皆自分の部隊から死人を出さないように真面目にやっているようだ。


 ――――まだか。


 今までの数度に渡る突撃ですでに一部の部下達の持つ槍が折れたようだ。槍が駄目になった者は敵の突撃をかわす際に列の前後を入れ替えてはいるが、すでに槍を持たず刃の厚い湾曲刀に持ち替えた部下が一列分いる。


 幸いにもまだどの部隊にも軽傷者が少し出たくらいで、戦闘意欲は依然高い。


 視界端に映る第一騎士団は相も変わらずソツがない。ユゼフの赤と銀の羽根飾りが翻った瞬間、後ろを取られた重装騎兵の群れがその突撃を受けて弾けた。重装騎兵を槍の穂先で突き殺すことはできない。ただし、奴等は馬から落ちればその衝撃で身体をやられる。


 馬体の高さと身を守る過度な装甲は諸刃の剣。なまじ運良く自重で死なずとも、重装甲を施せる代わりに知能のさほど高くない馬に踏み潰されて死ぬ。


 ――と、快進撃を続けるユゼフ隊を避けてこちらに向き直った一団が、今度は俺の部隊を獲物に定めたようだ。だが俺は戦場で舐められるのは嫌いではない。


 その証拠に思わずこちらに逃げ道を作ろうと走ってくる一団を見て、笑みが零れた。面白い、精々派手に死んで士気を下げてもらおう。


 そう思った左後方から「隊長ー、次の突撃はご一緒しますよ!」と声がして。返事の代わりに槍を一振りすると、右後方から「お、それじゃ、オレも!」声がしたのでそれにも同じように応じる。


 その間にも初速の遅さを巻き返して突撃の形に入ったモスドベリ騎兵が、雄叫びを挙げて決死の一撃を仕掛けてきた。敢えてギリギリの距離までは誘う程度の速度。相手が槍を完全に構えたところで軽騎兵の強みである機動力を使い、一気に回避に転じる。


 瞬間、突撃に絶対不可欠な密集隊形が引きずられるように間延びした。薄くなったその隙を見逃さずに部下の二部隊が交差突撃をかけた。


 グシャリと呆気なく食い破られた一団を見て「ざまーみろ!」「見たか、バーカ!」と、品のない言葉を叫んで走り去る部下達の食べ残しを、反転からの一撃で一騎残らず綺麗に平らげる。


 興奮して暴れまわり、仲間の馬同士で身体を激しくぶつけ合って死ぬ重装騎馬は勿体ないが、未来永劫リルケニアで使う予定もないので巻き込まれないようにさっさとその場から離脱。そんなことを繰り返して何時間ほど経っただろうか。


 まだ残存兵力に余力のある向こう側に比べて武器の消耗が目立ち始め、槍にしがみついてきた兵士を手繰り寄せて首を捩り折っていた最中、かなり後方から風に乗ってリルケニアの角笛それよりもさら高い音が響いた。

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