*33* 使えるものは……。
グラフィナの助けを借りて、サピエハ様よりもお歳を召された大司教様にお目通りし、これから起こるであろう事態に備えて修道騎士団を動かして欲しいと願い出たけれど――。
言葉の端々こそ柔らかかったものの、大司教様の口から紡がれたのは予想していた通り拒絶だった。
いわく神に遣える者達の集う神聖な大聖堂に血と戦の匂いを持ち込むのは、最大の禁忌だと。戦と死が仲良く手を繋いで戸口に立っているこの状況で何を暢気なと思う。祈りを捧げることは大切だと思うが、外の状況がどうなっているのか見えていないのだろうか。
というよりも、如何に大司教様といえど表立って教会が王家に敵対するのは流石に……といったところだったのだろう。しかしこちらも可愛い身重の妹がいる大聖堂にむさ苦しい来客はお断り願いたい。そこで当初から予定に組み込んでいた通り、軽く大司教様を脅してみることにした。
例えば今のモスドベリ王が教会に全く重きを置かない予算を組もうとしていたこと。王が次にやることが前時代的な対外戦争での領地拡大であること。
ここが王都でありながら、今や王よりも群衆に人気のある大司教様が目障りなこと。この状況が長引けば国庫から味方をする貴族達にばらまくお金が足りなくなり、兵士にまでは行き渡らなくなること。
そうなれば給与は勝手に略奪で賄うように告げられた兵士達が、大聖堂にいる年若いシスターや迷える子羊を襲いに押しかけること。神殿騎士がいくら強くとも数と欲望の前では無力なこと。
最悪ここを護りきれなくなった場合、教会の威信はこの国だけで失墜するのではないこと――……などなど。挙げようと思えば枚挙に暇のない要因の数々に、ようやく大司教様も
何よりも
乾いた老人の唇は【悪魔の子め】と、短く動いた。読心術は外交官の習得すべき心得の一つ。まさかそれを大司教様相手に使うことになるとは思っていなかったけれど、役には立った。
ただ流石にすべてを大聖堂と大司教様だけに投げるのでは、あまり良い働きは期待できない。むしろこの状況から大聖堂側にとって事態が好転した場合、王家は必ず反抗したことを手打ちにする代わりに、誰か犠牲になる人間を求める。
なので、そこに名乗りを挙げておいた。元々私は両親の仇を討たなければならないという
あとは大聖堂で元の家名がバレてしまった場合、袋叩きに合うこと確定なアンドレイを救援要請を持たせる配達人に抜擢し、大聖堂に到着した当日深夜の人目がなくなる時間を狙って送り出した。
手紙を届ける先は王都から一番近い修道院だ。アンドレイはそこから反乱軍の潜伏している町へ行き、私が戻ったと伝えた後は彼等と行動を共にするようにと言っておいた。これでアンドレイが反乱軍の親玉の息子として捕まる心配もなくなり、隠し事が減ったことで動きやすくなる。
――果たしてアンドレイが伝令に発った、僅か一日後。
私が大司教様達から疑いの目を向けられる前に、愚かな王はこちらの思惑通りかそれ以上の行動を起こしてくれた。
信じがたいことに、我が祖国の王はご自慢の騎馬兵が進軍しやすいようにと、まだ無事だった新市街地の一角に自国の騎士を使って火を放たせたのだ。
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