第17話  17、いろいろな注文

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 翌朝、千本は心地よく目覚めた。

もともと千本は目覚めると同時に体は活動状態になっていた。

もう少し眠っていたいと思うことはなかった。

しかしながら最近1年間は睡眠時間が短くなっているせいか、眠気を持ちつつ目覚めることが多かった。

今日の目覚めは以前の目覚めと同じように起床と同時に活動モードになっていた。

「若返りかな」と千本は感じた。

しかし、髭はまだ白い。

十年後には自分が少し若返っていることを周囲との比較で認識できるのかもしれない。

 千本はいつものように冷凍庫から食パンを取り出しトーストを作ろうとしたが中止して食パンを冷凍庫に戻した。

トイレに行ってから白ズボンとウエストポーチと野球帽と長靴の出で立ちになってから車庫に向かった。

車庫の扉を開けると内部は隙間から差し込むの日の光で明るく斑に照らされていた。

その一つに照らされて美形のラさんが白いブラウスと紺のタイトスカートと黒エナメルのハイヒール姿で立っていた。

「おはようございます、千本様。」

「おはよう、ラさん。今日は晴れですね。地下一階に行きましょうか。」

「かしこまりました、千本様。」

ラさんは待っていたエレベーターの入口を開け、先に入って千本が入るのを待った。

 マさんのディスプレイの前の椅子に座ってから千本はラさんに言った。

「ラさん、新しい体になったことだし、私の生活習慣を少し変えようと思います。この場所で朝食が作れますか。」

「もちろん作れます。何がお望みですか。」

「いつもの朝食はトーストと目玉焼きと暖かい牛乳でした。でもここではトーストにはスライスチーズを載せて下さい。目玉焼きの下にはハムを敷いて下さい。目玉焼きの横にはスパイスの入ったポテトサラダを少量添えて下さい。暖かい牛乳は変更がありません。できそうですか。」

「お任せください、千本様。5分程お待ちください。」

「了解。食事が終わったらコーヒーを頼みます。」

「了解しました、千本様。」

 最初に床から透明なガラスのテーブルが盛り上がって作られた。

次にガラスの表面から皿とカップが出来上がった。

皿の表面からチーズが溶けた暖かそうなトーストが作られ、もう一つの皿の上にはハムと目玉焼きと黒い粒の入ったポテトサラダが作られた。

カップには底から牛乳が盛り上がって来た。

「すごいですね。これらは食べることができるのですよね。」

「食べることはできます。味はわかりません。」

 千本は食べた。

味は良かった。

もともと千本は食べ物への執着はなかった。

食べ物はおろか生活に必要なことは好きでなかった。

食べることも排便もひげ剃りもできれば止めたかった。

風呂は気分が良くなるので好きだった。

「おいしかったですよ、ラさん。これから食事はラさんに頼もうと思います。私が健康に生きることができるように配慮して食事を作って下さい。」

「了解しました、千本様。勉強します。」

 朝食の食器は消去され、コーヒーがラさんの手の上で淹れられテーブルに載せられた。千本は胸ポケットからタバコを取り出し、食後の一服を楽しんだ。

「ラさん、注文状況はどうですか。」

「水田の開墾に数百の注文が入っております。注文受け入れの決定はムンクさんにまかせております。ムンクさんは現場を観察し、難易度の大きいものから決定していると思われます。原子力発電所の注文は引き続きなされており、以前被曝されたロボット一体を派遣しております。トンネルの関係の注文も連続してなされており数体のロボットが派遣されております。座礁船の引き上げの注文が数日前に来ました。これは日本国内ではなく、遷移された範囲外です。これまでの海図が使えなかったのが原因と思われます。学術団体から深海調査の依頼がありました。日本が過去に遷移されたことは認識しているようです。境界が海なので境界の海底の断面を観測したいとのことでした。1万mでの作業が可能かという質問が付されておりました。おそらく政府機関だと思われますが、『次回の打ち上げ予定の人工衛星にロボットを送り込み船外作業をさせたい。可能か。可能なら貸してほしい。』という質問がありました。そんなところです。」

 「ありがとう、ラさん。最後の質問には可能と返事をして下さい。それから学術団体からの要請にも可能と返事をして下さい。もちろんその二つには総作業金額は明示されてませんね。」

「はい、質問だけです。」

「座礁船の総金額はいくらでしたか。」

「一千万円でした。」

「十万円の仕事ですか。過小見積もりをしていますね。開店バーゲンしますか。その仕事を受けて下さい。場所はどこですか。」

「東シナ海だそうです。」

「ムンクさん。何体のロボットが必要でしょうかね。」

「座礁による船底の損傷が不明ですから、何とも言えませんが、もし船底に穴が開いているなら日本にまで持って来なければなりません。船を数体のロボットで運ぶのは船に損傷を与える可能性があります。浮遊プラットホームを使うのがいいでしょう。」

「そんな大きなプラットホームがあるのですか。」

「小さなプラットホームを船底に数枚敷けばいいと思います。」

「了解、ラさん、船はその場で水面に浮かせるだけで良いのか、それとも日本に曳航する必要があるのかを聞いて下さい。曳航するなら追加百万円と言って下さい。」

「了解しました、千本様。」

 とうとう宇宙にロボットが進出する。

日本の学術界に途方も無い技術が試行されたことについての認識が生ずるであろう。

計画は着々と進んでいるように見えた。

でもあと百年しかない。

それまでに日本はどこまで進展するのであろうか。

恒星間飛行には時空間に関する理解を得て単世代で行われるようになるのか、それとも数世代に亘る長期の旅行になるのか、それとも千本に施された若返りの技術で克服されるのか、どうなるかは千本にもわからなかった。

ただ現実に存在する高度の技術力を持つロボットを見れば、時間についての洞察は深まるのかもしれない。

 今はロボットを見せることだ。

川本千本発明商店は発展にきっかけを与えるだけだ。

しかし千本はそれを如何に見せられ、如何に使用されているかを知ってはいるが、未だに時間制御を如何に行うのかは全く想像すらできないでいた。

ホムスク星での1億年の技術である。

今はまだ理解できない。

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