第18話 18、海の仕事
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千本は座礁船の引き上げに同道することにした。
船は日本に曳航することになっていた。
ムンクさんは5体のロボットを使うことにした。
ハイエースには千本とムンクさんが乗り、ロボットはハイエースの後ろにダイヤモンド編隊を組んでついて来た。
老化の影響を少なくするため、ハイエースの防御シールドは切り、重力遮断だけで飛行した。
ムンクさんの質量はムンクさん自身が加速度を遮断するようにしていた。
現場には中型の作業船が1隻と座礁船が1隻あった。
排水量は数千トン程度であろうか。
千本には大きさを推定できる経験はなかった。
青函連絡船を少し小型にしたような船だった。
ムンクさんはハイエースを作業船の甲板に降下させ、甲板上10㎝で浮遊させた。
物陰に一時的に隠れていた作業員はハイエースの周囲に集まって来た。
ムンクさんは再度上昇し、船の舷側と5㎝の距離を置いて運転手側を接舷させた。
これで運転席と後部座席の両方から乗り降りできる。
高さは千本の乗り降りを考慮し車軸の高さに合わせた。
ハイエースは船の揺れに同調させたので船との位置関係は1㎝のずれも無く保たれた。
千本は後部スライドドアを開け放ち係員を待った。
ネズミ色の作業衣を着、白いヘルメットをかぶった3人が近づいて来た。
ヘルメットには赤い線が描かれていた。
「川本千本発明商店の方でしょうか。本日は遠いところまで来ていただきありがとうございます。指揮を執っている富士です。」
千本はハイエースを降り、船の甲板に立った。
ムンクさんは運転席に乗ったままであった。
「私は川本千本です。あれが座礁船ですね。状況を教えて下さい。」
「船は岩礁に乗り上げた形になっております。船底は破損し浸水しております。満潮時でも浮力は得られず困っております。」
「判りました。ロボットを5体つれてきました。ロボット1体でも船を持ち上げることは出来ますがそれでは弱い船底が持たないと思います。日本まで無傷で曳航しようと思います。・・・ムンクさん、あとは任せます。船底に浮遊プラットホームを付け、海上に浮き上がらせて下さい。岩礁は分解してもかまいません。」
「了解しました。ロボットさん、ここに降りて来て下さい。」
ムンクさんは浮遊し後部ハッチを開け浮遊プラットホームを取り出した。
プラットホームは1m正方形で厚みは5㎝であった。
片面は金属光沢を持ち片面は暗黒の黒であった。
浮遊プラットホームはハイエースの荷台に十枚ずつ2列に置いてあったが、ムンクさんは手前を持って引き出した。
プラットホームは既に浮遊状態にあり互いに寄り集まっていた。
ムンクさんは作業船の甲板にプラットホーム20枚を重ね、ロボットに言った。
「ロボットさん、このプラットホームを座礁船の船底に均一に貼付けて下さい。最初は岩礁の接していない場所に貼付けて下さい。プラットホームの各々に結線し、同調を取って下さい。船を少し持ち上げてから岩礁に接している部分に貼付けて下さい。岩礁は深さ・・・2mまで消去してください。全てのプラットホームが結線されたらプラットホームを座礁船とも海面上1mまで上昇させて下さい。」
4体のロボットは座礁船の舷側4箇所に張り付き、船の動揺を抑え、残る1体が船尾側から順にプラットホームを貼付け、結線していった。
線はロボットの手の中から繰り出されているようだった。
千本は満足そうにタバコをふかせて心地よい潮風を楽しんでいた。
意思が漲(みなぎ)り、確実に若くなっているようだった。
ラさんがいたらコーヒーを頼むところではあったが残念であった。
ロボットは岩礁が船底と接している部分を外し、岩礁を1mほど分子分解させ、所定の位置にプラットホームを付着させ他と結線した。
1時間ほどで船は水面上に持ち上げられた。
ロボットは舷側を離れて水中に潜り岩礁の消去を始めていた。
岩礁の消去は思ったよりも時間がかかり、全てが終了するのに2時間を要した。
深さ2mの指令で広範囲を消去しなければならなかったからだ。
「ここでの作業は終わりました。あとは座礁船を日本に曳航します。一緒に来ますか。それともゆっくり帰りますか。いずれにしても係の人を座礁船に乗せて下さい。この船は日本でドッグに入ると思います。指定の位置まで曳航します。」
「ただただ驚くばかりです。一緒に帰れたら幸せです。一生の思い出となるでしょうから。」
「了解。ムンクさん、どうしたらいいでしょうね。」
「浮遊させれば簡単ですが、業務外ですし、押したり引いたりしたら船が歪みます。錨とスクリューの軸部分がいちばん丈夫でしょうから、錨に2体とスクリューに一体を配置させたらいいと思います。残りのロボット2体でプラットホームを運ぶのは容易です。」
「そうしましょう。富士さんお聞きになった通りです。錨を引きスクリューを押します。スクリューは停止させておいて下さい。かなりのスピードが出ると思います。甲板上の不安定なものは処置して下さい。30分後に出発します。」
主任の富士にとっては初めての経験であった。
身長180㎝の小さなロボット2体が長く伸ばした錨を引いた。
錨の鎖のたわみはほとんどないような引きであった。
スクリュー軸を押しているロボットは見えなかったが船は海上すれすれに疾走した。
波しぶきはほとんどない安定した時速200㎞であった。
これでは昔憧れた空中戦艦が出来ると富士は思った。
魚雷など無力だ。
もっとも今の世界に敵はいないのだが。
ブリッジの窓の一つが割れた。
風速60mの嵐を突き進んでいるようなものだ。
作業員はもちろん全員室内に避難していた。
ハイエースが先頭を飛び、2体のロボットに引かれる座礁船が後に続き、3体のロボットに補助された作業船が最後尾をとった。
座礁船を瀬戸内海のドッグに入れるまでにおよそ6時間を要した。
ロボットはドッグで船を支える盤木の設置にも協力した。
金沢に帰った時は既に夕方だった。
「開店バーゲン開店バーゲン」と千本は自分に言い聞かせた。
海底調査の仕事は藤山千本発明商店では長期の仕事となった。
調査箇所が多数あり、下準備に多くの日数を要した。
海底調査の結果は千本自身も知りたいことであった。
最初に見つかった遷移箇所は日本海であった。
海底には大きな直線的な段差が一直線に続いていたので発見は容易であった。
2ヶ月も経つと日本が過去に遷移された領域が確定された。
北海道の北西、北海道の北東、伊豆諸島の南、薩摩諸島の西、九州の北西、そして能登半島の北西に角を持つ6角形で囲まれた領域で日本遷移は行われていたと調査船は結論した。
(画像挿入:過去に移された日本周辺の海底調査の結果)
https://27752.mitemin.net/i519602/
遷移された地下の深さは分からなかった。
切断線は8千mの深さを持つ日本海溝を横切っており、その部分の断面も滑らかな面を持つ巨大な崖となっていた。
ロボットの映像は深海の様子を観測するには十分ではあったが、切断面の規模の大きさはロボット一体には手に負えないものだった。
問える状況になったら日本の遷移をホムンクさんに聞いてみよう。
ロボットが海底調査で貸し出されるとき、ムンクさんは強力な投光器を作成しロボットに持たせた。
ロボットには圧力に対する時間処理をロボット表面に施し、投光器には可視変調X線波を使用した。
これは赤外変調X線波と同じ原理で周囲の海水にそれほど影響されずに物体表面で光が出るように調節されていた。
そのため、光を照射して反射光を観測するのではなく、物体表面より少し内側からの光を観測することになる。
その映像は物体の表面の反射光と表面より少し内側からの光で構成される通常の映像よりも格段に詳細な映像を提供した。
8千mの水圧に耐えたこの投光器は調査船のスタッフから羨望のまなざしで迎えられたので、2百万円で2台を売却するようムンクさんに伝えた。
百万円の暗視野望遠鏡と比べれば破格の値段であろう。
川本千本発明商店としては初めての装置売却であった。
保証期間は1年とした。
おそらく1年で故障することは無いし、もう一つを分解できたとして、内部の機構を理解することは1年以上かかるであろう。
圧力に耐える機構、電磁波の搬送波に電磁波を載せる技術は理解できるのなら次なる段階に向けて広めていいと千本は考えた。
後者の技術は将来的には分子分解銃にも通じるものではあるが、恒星間ロケットを作る上で必要になる技術であろうと考えた。
前者の機構は千本には未だ理解できなかった。
時間制御が理解できる時は来るのであろうか。
それができるという装置が眼前にあるのに、理解できない。
眼前の物体が時間的、連続的に存在しているのだという想像が追いつかない。
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