第15話  15、さんと様

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 「マさん、今いいですか。」

千本は巨大な工場制御コンソールの前にテーブルと椅子とコーヒーと「ピーナツ入り柿の種」をラさんに用意してもらってコンソールに語りかけた。

「おはようございます、千本様。いつでもお待ちしております。」

巨大ディスプレイの中にはかわいい少女のマさんの立体像が浮き上がっている。

マさんの声は本当に魅力的な声色である。

ずっと会話をしていたいと思ってしまう。

美人妙齢のラさんの声色も十分に魅力的だが、ずっと聞いていたいと感じる程ではない。

マさんはラさんを作るとき少し自分との差をつけたのかもしれないと千本は思った。

それに今回は「さん」から「様」となっていた。

 「川本千本発明商店でのロボットの性能として私が宣伝に記載した中で特筆できるものは放射線と圧力と高熱に対する防御だと思います。その他の機能は時間と労苦をかければ人間が現在の技術で可能なものです。もちろん重力制御は宣伝文句にはありませんが人々が実際に観て出来るということを知っている技術です。放射線の防御は表面の時間を遅らすことでエネルギーを下げ物質に吸収できました。商品の宣伝文句にはそれらが並列に記載されております。それは同種の技術を使っていると言うことでしょうか。つまり時間制御の技術を使っているのですか。」

「その通りです、千本様。圧力の伝搬には時間が必要です。水が詰まった数㎞もの長い管を想像して下さい。管は膨張しないとして下さい。管の一方に高圧をかけたときその圧力が出口に至るのには時間が必要です。ロボット表面の時間進行速度を周囲時間の進行速度に比較してほとんど止まっている程度に低下させるとロボットにかかる圧力は表面で止まり、ロボット外殻の内側に圧力が到達することはありません。」

 「解りました、1万℃で活動できる理由もそうなんでしょうか。分子の衝突による熱の移動には時間が必要です。それで時間を遅くすれば熱の伝搬は止まるということですか。」

「そう考えてもいいと思います。」

「放射熱は赤外線ですが、赤外線が時間遅延層に入ったとき、赤外線はラジオ波かあるいはもっと長波長の電磁波になると思います。それが再び出て来たら元の熱線になってロボットに障害を与えるのではないですか。」

「出てくるような半端な時間遅延をかけなければいいのです。それに時間遅延を起こしているロボット外殻の内側に今度は時間を早めた層を作ってありますから熱線はそこで光となり物質に吸収させたり、反射させたりすることが出来ます。」

「了解。」

 千本はコーヒーを飲んだ。

「マさん、アニーローリーを英語で歌ってくれませんか。」

「Max Welton's braes are bonnie. Where early falls the dew. And it's there Annie Laurie Gave me her promise true.・・・」

「ありがとう、マさん。次に犬童球渓作詞の「故郷の廃家」を歌ってくれませんか。」

「いくとせ ふるさと 来てみれば 咲く花 鳴く鳥 そよぐ風 門辺の小川のささやきも 慣れにし昔に 変わらねど・・・」

「ありがとう、マさん。涙が出てきます。年寄りですかね。」

マさんは何も言わなかった。

 「マさん、最近、ハイエースに乗ると老いを感じます。以前のハイエースではそれほどではなかったのですが。今のハイエースは以前のより高い性能を持っております。高加速時での加速の中和とか物質の遮断とか重力制御など時間制御による機構が働いております。それらの機能は自動車内の時間を外力に見合う分だけ早めて行うのではないでしょうか。そうすると車内にいるもの達の時間進行速度が早まる訳であり、人間には急速な老化が起るのだと思われます。」

「申し訳ありません、人体に対する影響を考慮しておりませんでした。ロボットにとって時間の進行速度の遅速は大きな問題とはなりません。それ以上の耐久性と十分なエネルギーを持っているからです。人間にとって時間速度の増加は急速な老化をもたらします。ホムンクさんに知らせ早急に対策を取ることに致します。当面ハイエースに乗ることはお控えください。」

「ありがとう、マさん、そうしましょう。」

 コンソールのディスプレイの中に突然一体のロボットが出現した。

ホムンクさんらしい。

ホムンクさんの像は以前と同じであった。

そしてその背景は透けて見えていた。

幽霊現象である。

すなわちホムンクさんは千本のいる4次元時空界には居ないということである。

 「千本さん、知らせを受けました、申し訳ないと思っております。少し早めに次の行動を起こそうと思います。私は千本さんの遺伝子情報を持っております。千本さんに出会った後、すぐさま千本さんのクローンの作成を行いました。いろいろな年令の千本さんのクローンが宇宙船には時間停止状態で保存されております。千本さんの知識、経験、意識をクローンに移植すればそのクローンは千本さんになることが出来ます。この方法はホムスク星の人々が実質上の不死となった方法です。ホムスク星の昔、それは地球にようやく生命が誕生し始めた時期ですが、人々は自分の星の時間進行速度と比べてずっと時間進行速度の遅い大宇宙の探検に出かけました。その旅行で費やす時間は千年を超える場合がありました。ホムスク星人の寿命は地球人と同程度でしたから、何世代もの世代交代を必要としました。ホムスク星に戻った時、ホムスク星ではその千倍も経過しております。それでは探検旅行の意義が失われますし、旅行で得た知識と経験の蓄積にも欠陥が生じます。そこでクローン技術が生まれ、知識と経験と意識をクローンに移植することができるようになったのです。知識と経験の移植は比較的容易に出来ましたが、意識の移植にはかなりの試行錯誤が必要でした。以後、宇宙探検旅行では世代交代は行われる必要がなく、ホムスク星に戻った時も支障無く過去の生活に戻れるようになったのです。この技術はホムスク星では完成された技術です。危険は全くありません。ご理解できましたか。」

「理解できました。十年程前に映画で見たことがあります。そこでは地球人の知識、経験、意識が作成したアバターに移動するものです。最後にはそれらがアバターに移植されました。同じようなことを技術で行うことだと理解しております。」

「千本さんを数年若返らせようと思いますがいかがですか。」

「意識の継続があるなら行ってみて下さい。何歳の肉体になるのですか。」

「8歳ほど若返っても外見はそれほど変わらないと思います。いかがですか。」

「60歳ですか。いいでしょう。お願いします。」

「それでは今夜0時、内灘海岸の以前と同じ場所で待っていて下さい。」

 「ホムンクさん、今や川本千本発明商店は注目されております。何らかの方法で監視されていると思われます。よろしいですか。」

「そうですね。マさん、千本さんの許可を受け、このコンソールの横あたりに千本さんが移動できる転移装置を作って下さい。送受両方で送信先は私の宇宙船です。千本さん、千本さんにはここから直接私の宇宙船に来てもらいます。宇宙船は常にかなり時間速度が速い状態になっておりますから、転送機も含め、宇宙船の必要部分の時間進行を地球の時間進行と同じにしておきます。千本さんは今夜0時にここの転送機から私の宇宙船の転送機にきてください。それでよろしいですか。」

「了解しました、今夜うかがいます。現在ホムンクさんは透けて見えますが、その時には影を伴ったホムンクさんにお会いできるのでしょうか。」

「会えます。では。」

ホムンクさんは消えた。

 「マさん、聞きましたね、間に合うように作ることが出来ますか。」

「容易です、千本様。」

「マさん、ホムンクさんが貴方のディスプレイの中に居たのですが、違和感は感じましたか。」

「感じませんでした。」

「現在、マさんと私は4次元時空間にいると思っております。ホムンクさんはどこに居たのだと思いますか。」

「別の4次元時空界に居たのだと思います。あるいはその上に。」

「それではホムンクさんに触ろうとしても触れないですね。」

「そう思います。」

「難しいですね。ありがとう。家に帰って仮眠します。」

千本はもっと質問していたかったが疲れを感じ、自宅に帰って簡易ベッドで眠った。

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