第14話  14、原子炉清掃

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 高性能ロボットの存在は口コミで広がった。

ホムンクさんとの約束は現在の科学では理解できないロボットの登場で先進技術を徐々に受け入れる態勢を形成することにあった。

ロボットの重力制御の機構は時間制御の賜物(たまもの)ではあったが、人々は前々から重力制御はいずれ可能になるであろうと思っていた。

夢の技術ではあったが、そして原理は理解できなかったのではあるが受け入れることができた。

人々はまだ重力制御が時間制御と密接に関係しているとは思っていなかった。

川本千本発明商店が発明し、ロボットに取り付けたと信じていた。

 恒星間飛行に必要な技術の一つは宇宙に満ちている宇宙線からの防御であった。

宇宙線は分子や電子や電磁波などの混在した総称ではあるが、人体に影響を与える主体はγ(ガンマー)線である。

γ線はX線よりも波長の短い電磁波であり、物体を通過してしまう。

吸収されないのだ。

 もともと色即是空と喝破(かっぱ)されたように3次元空間はほとんど空である。

物質を構成する原子は核と電子で構成されるが、水素原子の核をバスケットボールに例えれば最内殻電子は2㎞を半径として存在するピンポン球に例えることができる。

半径2㎞の球体中にボールが2個である。

その空間はほとんど空である。

 可視光が物体を通過できないのは波長が電子軌道よりも適度に大きいためである。

可視光の電場ベクトル面は電子軌道よりもずっと大きく、電子軌道は同一の電場に覆われる。

そのため電子は電場のエネルギーを吸収して励起され、光のエネルギーはなくなる。

γ線の場合、その波長が原子よりもずっと小さいので原子の電子は励起されない。

電子軌道内に正と負の電場ベクトル面ができてしまうからである。

スカスカの原子空間をγ線が通過し、たまたま出会う核によってのみγ線のエネルギーは吸収されるのかもしれない。

 γ線を防ぐことが恒星間飛行に課せられた必須の技術であった。

γ線を防ぐのは時間の制御でもできる。

地球近傍の宇宙におけるγ線は時間進行速度の遅い恒星から発する可視光に起因するのかもしれない。

遅い時間進行領域で毎秒百のエネルギーを発する可視光の百秒間のエネルギーは時間進行の百倍早い時間進行領域では毎秒一万のエネルギーを持つ電磁波として観測される。

逆に時間進行速度の速い空間でのγ線は時間速度の遅い領域では可視光になり、容易に物体で遮蔽される。

従ってγ線を物体が吸収できる可視光に変えるには時間速度を遅くすれば良い。

 千本はこんな話をムンクさんから聞かされていた。(著者注:逆です)

もっとも、「時間を遅らせた領域から出れば再びγ線になるだろう」と千本はその時には若干反論したものだったが、ムンクさんは「時間を遅らせた領域に分子を入れておけばいいと思います」と反証していた。

確かに、宇宙船の外皮の表層の時間を遅くすれば事足りると千本は納得させられてしまった。

 γ線の防御に関する技術の種を播(ま)く機会はほどなく来た。

破壊された原子炉内の清掃を依頼されたからだった。

美人のラさんから公共機関からの依頼がありましたと報告があった。

内容は破壊された原子炉内に故障して打ち捨てられたロボットを回収するとのことであった。

仕事にかかる費用総額は1千万円と記されてあったので川本千本発明商店としては1%の十万円の仕事である。

その仕事の費用総額はとても1千万円ではできないであろう。

依頼する方としては僅か10万円の支払いで済むなら「だめ元」と軽い気持ちで依頼してきたのであろう。

千本はこの依頼には切実さが無いと感じた。

 「ラさん、この依頼主に質問して下さい。一つは『ヒト型ロボットが原子炉内に入れる空間があるのか』第2に『人が生死を問わず出来る仕事か』の二つです。返事が肯定的なら教えて下さい。」

「わかりました。そういたします。」

返事は数週間後に来た。

その返事には、質問には直接答えること無く、「説明するための人間を数日後に派遣する」とあった。

千本は少し緊張しムンクさんに言った。

「訪問者があります。防御する必要があるかもしれません。用意しておいて下さい。」

「了解しました。」

 彼らは数日後に目立たない車で来た。

3名で一人は小柄で痩せ形、二人は精悍な体躯を持っていた。

千本はムンクさんとラさんに応対を頼み、第一階のマさんの前に椅子とテーブルを用意させ様子を見ることにした。

ムンクさんは車庫のシャッターを開け、彼らの車を道路に駐車させ、彼らを車庫にいざなった。

道路の通行量は1時間に1台程度だし、簡単に迂回できる。

 「私は川本千本発明商店のムンクと申します。隣はラと申します。説明するために人を派遣するとの連絡を受けております。説明をなさるのなら始めて下さい。」

「私は内閣調査室の伊藤と申します。隣は藤井と藤田と申します。」

小柄な男は名刺を取り出しムンクさんとラさんに渡した。

「3藤さんですね。申し訳ありません。名刺は用意しておりません。あしからず。」

ムンクさんは3人を車庫の作業机の前の粗末な椅子をすすめた。

椅子は少しホコリがかぶっていたが3人は座った。

 「説明を始める前に2、3質問してよろしいでしょうか。どの程度の説明が可能かを知りたいのですが。」

「そのためにいらっしゃったのでしょうから、どうぞ。」

「貴店のホームページを拝見しました。貸し出しているロボットの性能はこれまでの世界の科学技術では想像できないくらいの高機能です。それは本当ですか。」

「本当です。科学技術の進歩は一つ一つの積み上げで進歩するとお考えのようですが、飛躍的な進歩も過去にはあったということをご存知でしょう。もちろん飛躍的進展の原因はさまざまですが、あ、失礼しました。間違いでした。過去にはあったということを取り下げます。現環境下での過去ではそのような飛躍的進歩は起っておりませんでした。」

 伊藤の目が少し動いた。

『この男は現環境が如何なるものかを知っている』と思っているようだった。

「ご存知でしょうが、原子炉内は致死的な放射線で満ちております。多くの探査ロボットは放射線のため電子回路に障害を起こし、想定された機能が発揮されません。この商店のロボットはどのようにして高放射線下で作業することが可能なのでしょうか。」

「それは企業秘密、いや企業ではなく商店秘密です。まだ公開することは望みません。いずれ皆様にもその方法を理解できる時が来ることを期待します。今の段階はそのようなことが可能であるということを当商店が派遣するロボットで実証することが当方の望みです。そのため破格の料金でロボットを派遣しております。ご理解していただけますか。」

 「企業秘密は合法ですから理解できます。ところで、事前にロボットを見せていただくことはできますか。当方としても秘密多き原子炉の内部をロボットに開陳しなければならないのですから。」

「ロボットをお見せすることは可能です。当方としてはあなた方の秘密が多数あるとしている原子炉には興味がありません。いずれ貴方もそれらの秘密が未熟な技術であったことを認識なされると思います。」

「それではロボットを見せて下さい。」

その言葉には先進技術を未熟技術とばかにされ、名誉を傷つけられた多少の怒りが込められていたようだった。

 「私がそのロボットです。せっかく使命をいだいて来たのですから少しだけヒントを与えます。私の質量はおよそ百トンあります。お貸しするロボットは取り扱いを容易にするため質量を百㎏にしておりますが、機能は私と同等です。貴方の知能レベルでは容易に理解できたと思います。どんな素材を用いてもこの体躯で百トンになることは不可能だと計算されたと思います。川本千本発明商店でお貸しする技術はこのようなものなのです。」

伊藤はひるんだ。

他人の知能レベルを瞬時に確定できる技術など彼は知らなかった。

「実証しましょう。両藤さん、藤井さんと藤田さん、私を力一杯押してみて下さい。」

二人はムンクさんを背中から押してみた。

二人は大型コンテナの側壁を押しているような感じがし、両手平をあきらめ開きした。

「私は浮遊して自身を支えておりますが、おそらくこの技術もご存じないと確信しております。」

 「恐れ入ります。川本千本さんにはお目にかかれないのですか。」

その言葉には今度はムンクさんを人間と見ていた自分の観察眼を恥じると共に、話題を巧みに変える賢い人間独特の音調が含まれていた。

「当店の川本千本は人間です。千本はグロッグを懐に所持している人間とは会いたくないと申しておりました。」

伊藤は驚いた。

人のスキャンができる。

しかも銃種も認識できるとはとてつもない技術である。

 「分かりました。すばらしい性能のロボットであることが分かりました。本日は帰らしていただきます。ご質問の返答は後日メールでお送りします。」

「了解しました。それから藤井さん、気丈な貴方だからお教えしようと思います。貴方には小さな膵臓がんがあります。早めに処置されたがよろしいと思います。藤田さんは健康です。貴方の個人的心配事は間もなく解決されるでしょう。それから伊藤さん、貴方には小さな脳腫瘍があります。少し発見するのが難しい場所です。頭痛が時々起っていると思います。一度病院で検査してもらって確認なされた方が良いと思います。進行は遅いようですからこのままでもまだ十分長生きできます。それから表札の名前は伊藤ではありませんが、伊藤さんの西麻布のご自宅では今ほど水道事故がありました。カランが外れたようです。洗面台と天井は水浸しです。奥様が必死に対応されております。早めにお帰りになった方がいいと思います。」

伊藤の衝撃は少なくなかったろうが表には出さなかった。

3人の全てを知っているようだった。

それにおそらく事故を発生させることも出来るようだ。

複雑な感情を持ちながら3人は帰った。

 「マさん、彼らの調査は実時間の観測で容易でしょうが藤田さんの個人的心配事と伊藤さんの知能指数と自宅の位置と最後の水道事故はどうしたのですか。」

千本はディスプレイのマさんに問うた。

「調査と行動はムンクさんからの要請で行いました。藤田さんは恋人との諍(いさか)いを強く気にかけていましたのでムンクさん自身が感じたことです。伊藤さんの知能指数はムンクさんのでまかせです。自宅の位置は自動車の免許証からわかりました。後は実時間観測で伊藤さんの自宅を走査し洗面所のカランをテレキネシスで左に回転させて外しました。」

「離れた所にテレキネシスが効くのですか。」

「普通のロボットは目で見える所にしかテレキネシスを行使できません。実時間観測ができないからです。私の場合は実時間観測で場所を特定できますからテレキネシスを行使することができます。それに私のエネルギーは大きいですから。」

「そうですか。マさんは遠くから人間の心臓を止めることもできるのですね。恐ろしくもありますね。」

「そんなことはありません。ホムンクさんの制作者もおそらく心臓を持っております。」

「なるほど。そうですね。それにしてもムンクさんが感情と言うか意思を見せましたね。驚きました。」

 多くの情報を政府関係に与えたと千本は思った。

これらの情報から時間制御に考えが至るかどうかはわからない。

しかしながら、放射線の防御処理、重力の制御、中性子物質の保有、4次元時空間の任意の観察などどれをとっても現代科学力では達することが出来ない技術である。

いずれこれらの技術は日本が所有しなければならない。

現物が存在するという現実は原理の発見にはつきものの、成功への疑念と追求へのあきらめを排除する。

数十年すれば日本はこれらの技術への洞察と理解を完了するであろう。

 一週間後に原子炉についての回答が来た。

「原子炉には人が通れる穴は無いが、上部の蓋を取り去れば中に入ることができる」という回答と、「命を惜しまなければ人間が出来る仕事です」というものであった。

回答の他に「原子炉上部の蓋の取り外しに関してはロボットに新たに依頼したい。

その総費用見積もりは一億円です。」という新たな仕事の依頼が含まれていた。

総費用の見積もりは相変わらず過少見積りではあったが千本は新たな百万円の仕事を受けることにした。

 約束の日時に千本とムンクさんとロボットはハイエースで福島県の現地に降下した。

ハイエースには放射線防御の機構と室内の陽圧維持機構を取付けてあった。

ムンクさんの配慮であった。

現地指揮者との対応はムンクさんが行い、千本はハイエース内で観察した。

「川本千本発明商店のムンクと申します。ロボットをお持ちしました。対象となるのは前方の原子炉ですか。」

「そうです。その建物の中に原子炉があります。」

「原子炉内の残存ロボットを回収するとのことですが、そのロボットは破壊してもいいですか。そうだと作業はずっと容易になります。」

「出来れば破壊しないで回収して下さい。」

「原子炉内の燃料その他の瓦礫(がれき)などは消去してよろしいですか。そうすると原子炉内の放射線量は激減するのですが。」

「燃料はもう使えませんし、瓦礫は必要ありません。」

「原子炉上部の蓋を外して中に入ります。ボルト止めですね。ボルトは必要ですか。必要なら適合するスパナを貸して下さい。必要なければボルトを消去しボルト穴は残しておきます。」

「ボルトは必要ありません。ボルト穴を残しておいてくださればありがたいです。」

「放射性物質の漏出は多少あると思います。残存ロボットを回収後は蓋を被せておきます。燃料とその残渣は消去しておきますから以後の原子炉内はそれほど高線量にはならないでしょう。それでは早速始めます。作業の過程はこのディスプレイで見ることができます。このディスプレイの画像を撮影しておくことをお勧めします。原子炉内の画像が得られますから。」

 ムンクさんは持っていた小さなアタッシュケースを地面に置きスイッチを入れた。

ケース上の空間に球状のディスプレイが現れ、ロボットの頭上1mからの画像がディスプレイ上に立体表示された。

その画像は繊細で現実に存在しているように見えた。

もちろんムンクさんも周囲の人々も映し出されていた。

「ロボットさん、前方の建家の中の原子炉の上部に行き、原子炉の蓋の周囲にシールドを張り、蓋のボルトを消し、蓋を外して中に入り、原子炉内壁と残存ロボットを残して全て消去して下さい。溶融して底に溜まっているかもしれない燃料も消去して下さい。底が突き抜けているかもしれませんが全ての燃料とその残渣を消去し、その後、残存ロボットを回収して、原子炉の蓋を元の位置に戻し、帰還して下さい。必要があれば新たに指示します。」

「了解しました。」

 ロボットは成し遂げた。

それは容易な作業のように見えた。

ロボットは原子炉上部まで浮遊し蓋の周囲にリングを設置した。

リングから輝く光が上方に伸び上部で閉じていた。

光のドームは周囲の放射線によって輝いているのだ。

ロボットはボルトを正確に分子分解させ、蓋を持ち上げて、横に置いた。

次にロボットは原子炉内に浮遊し、周囲にむけて手を差し伸べた。

手が差し伸べされた先の空間では浮遊していたホコリが無くなり原子炉内壁は金属光沢を持つようになった。

 ロボットは少しずつ降下し燃料棒の支持金属を残存燃料と共に瞬く間に消去していった。

原子炉底に着き、数体の残存ロボットを清浄にした地点に移し、原子炉底を浄化していった。

原子炉底には溶融した燃料と底を構成する金属との塊で覆われた穴が開いていた。

ロボットは燃料と燃料残渣と溶融金属を消去し無傷の金属表面を露出させた。

その後ロボットは残存ロボットを持ち上げ原子炉上部に上がり残存ロボットを床に置き、蓋を元に戻し、リングを消去させた後、残存ロボットをムンクの前に持って来た。

これらの作業にかかった時間は3時間であった。

 「作業は終わりました。2体の残存ロボットはこれでよろしいですか。原子炉上部に形成させたドーム状の光はリングが形成する場で消去された放射性物質で形成されたものです。ですから原子炉からは一切の放射性物質は拡散されておりません。ご覧になったように原子炉内の物質は一掃されました。これでそちらが行う作業は容易になったと思います。今日は当商店としては大サービスでした。」

「ありがとうございます。今でも信じられないような光景を拝見できました。これで原子炉廃炉の作業は大きく進むと思います。今後もこのロボットをお貸し願えるのでしょうか。」

「川本千本発明商店は常に破格の値段でロボットを貸し出しております。またのご利用をお待ちしております。」

ムンクさんはディスプレイを閉じ、ロボットをハイエースの上空に浮遊させ、車内に戻った。

汚染されたかもしれないロボットを車内に入れることはできない。

大事な千本が車内で待っているのだ。

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