第7話 7、地下工場
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エレベーターの下降中、周囲の壁は白い蛍光色に輝いていた。
百m降下したとき周囲の色は紫色から藍色、青色、緑色、黄色、橙色、赤色に変わっていった。
それを見て千本はムンクさんの遊び心を感じた。
「ムンクさん、周囲の壁の蛍光色は蛍光体から発しているように見えますが、どのように発光させてどんなエネルギーを使っているのですか。」
「壁の表面に安定蛍光体とβ線のみを出す物質を埋めてあります。半減期は数万年ですからこの光源の寿命は数十万年です。発光層の外側はガラスで覆われておりますからβ線は出てきません。」
「きれいですね。発光層自体が独自のエネルギー源を持つことは良いと思います。でも間欠的なβ線の利用だったら蛍光体ではなく3重項状態経由の燐光体かもしれませんね。」
重力エレベーターは地下200mの最下層に達した。
周囲は明るい赤色で満たされていた。
「開」のボタンを押す前に千本は尋ねた。
「ムンクさん。空調はどのようになっておりますか。」
「大気ではなく、水蒸気も含む気体のみで構成される空気で満たされております。気圧は全ての階層で一気圧です。地球大気からは絶縁されております。千本さんが放出している微粒子、その他のものは分解されて原子の形態に戻されます。エレベーターから入り込む気体や塵も同様に分解されます。」
千本はその徹底ぶりに驚くと同時に恐怖を感じた。
「ムンクさん。例えばエレベーターの中にたまたま虫やネズミが入っていたとすると、それらがこの部屋に入ったら分解されるということですか。」
「そうです。」
「誰かが入り込んでも同様ですね。私が人や犬を連れて来た場合はどうなりますか。」
「千本さん以外ではエレベーターは動きません。もしも誰かが入り込めたとしたら、部屋に入れば分解されます。千本さんが人や動物をつれていらっしゃれば、千本さんが部屋に入り込む前に分解しないように言っていただければ分解されません。」
この保安システムは良い方法だと千本は思った。
仮に千本が脅迫され工場に案内するよう強制されたとしても、脅迫者は部屋に入ったとたん分解されることになる。
でも車庫での熊皮の鞣しの時に出てくる多数のマダニの一匹が千本に付着していたらどうなるのかとの疑問が浮かんだが、それは訊ねなかった。
それにしても「原子に分解」とはすごいことだ。
死体も痕跡も残らない。
「よい方法だと思います。ムンクさんが以前ペンシルを作ったときナノロボットが作ったのかと思いましたが、空気も作っているのですか。」
「そうです。ペンシルは私の手の上で小さいロボットが作りました。空気もその意味でロボットそのものです。ロボットは多くの階層に属しており、空気は最小階層ではありませんがロボット自身によって構築されております。」
「わかりました。そのレベルではロボットと言う言葉は適切ではありませんね。適切な語彙を私は想像できません。では入りましょうか。」
千本は「開」のボタンを押した。
ガラス戸はせり上がる時の緩やかさと違い、一瞬で床に埋め込まれた。
最下層のエレベーターの壁色は赤だったが、部屋の中の照明は白色であった。
光源はエレベーターと同じく壁自体が発光していた。
部屋は10mx20mの広さでエレベーターの入口は10m側の中央にあった。
通路はエレベーターから真直ぐに伸び、向い側の壁で終わっていた。
通路の左右は30㎝程度の台座の上に重そうな高さ5mの漆黒の塊が載っていた。
台座はほんの少し床から浮き上がっていた。
「ムンクさん、左右のこれらは何ですか。」
「この工場のエネルギー源です。私を動かしているエネルギー源と同じ物です。規模は違いますが。」
「ムンクさんのエネルギーパックは百トンでしたから、えーと、およそ1億トンですか。想像は出来ませんが地球に大きな影響を与えませんか。どこから調達して来たのですか。」
「地球の質量は6x1021トン程度ですから大きな影響は与えないと思います。調達に関してはホムンクさんが調達しました。宇宙船に在る中性子物質の一部を使いやすいように水増ししてここに転送しました。」
「解りました。下の台座はエレベーターと同じような重力遮断ですか。」
「そうですが、質量が大きいので横方向についても加速度制御をしております。」
「時間制御って便利ですね。」
「時間制御ではなく次元制御と聞いております。」
千本は理解するのをあきらめた。
想像できないのだ。
「次元制御はどれほど前に開発したのですか。」
「説明するのが困難です。地球とは100倍以上早い時間進行を持つ星が一億年かけて開発しました。地球時間を基準にすればおよそ十万年以前ということになります。地球では時間進行の速さという考えは重視されておりません。」
「一億年ですか。幸運な星だったのですね。それにしても時間進行速度とは魅力的な概念ですね。今度、時間の進み方について教えて下さい。重力場による影響の証拠というのを時間進行遅速でも説明できるような気がします。それに宇宙観も変わるでしょう。ムンクさん、上の層からこの層に至る道はエレベーターだけですか。」
「いちばん奥に上の層に繋がる梯子が付いております。原始的ですが確実です。」
「壁はエレベーターのように鉄で囲まれているのですか。」
「そうです。各部屋とエレベーターと非常階段は全て一つに繋がった鉄塊で覆われております。頑丈です。本当は時間を変えれば壊れることはないのですが、それは別の装置とエネルギーが必要なのでやめました。今回の目的にはこれで良いと思いました。」
「他に何か知らせるものがありますか。無ければ上層に行きましょう。」
「ありません。」
千本はムンクさんとエレベーターに乗って上層に向かった。
エレベーターの壁は赤オレンジ色に輝いていた。
部屋は白色の蛍光で満たされた完全な空洞であった。
「この部屋は何のためですか。」
「予備室です。それにエネルギー供給階が真下にあるので空室にしました。また、将来物質遷移のための装置が必要とされることがあるかもしれないかもしれないので空室にしました。」
「了解。ムンクさん、部屋に番号を付けませんか。いちばん下を第10室とし、いちばん上を第1室としましょう。その方が話しやすいと思います。」
「了解しました。」
第8室と第7室と第6室も空洞であった。
ムンクさんによれば生産したロボットの保管場所にするためであった。
これで3千体が収容できるはずだ。
第5室は白色の蛍光照明に照らされた装置で占められていた。
装置というより大きな箱という感じであった。
箱の高さは6mを超えており、縦横4mx8mの方形であった。
箱は4つで4隅に配置されていた。
この階の天井は穴が開いているらしく光沢のあるダクトが装置から上に天井を貫いていた。
装置の基台は最下層にあった基台よりも薄く、これも少し浮き上がっているような気がした。
「ここは何ですか。」
「ロボット製造の最終行程です。同じ装置が4つ配置されております。一つの装置から一体のロボットがおよそ一時間で生産されます。一日で百体のロボットが生産されます。千体になるのは十日ほどかかります。この箱の中で全ての部品が作られ組み立てられます。エネルギーパックを除く部品は全てナノロボット自身であり、ロボット自体はナノロボットで構成されていると言ってもいいと思います。ナノロボット自体は第4室で作られ、装置の上のダクトを通して供給されます。異なる規格のロボットが作れるよう4台の装置を配置しました。」
「ロボットの輸送はどのようになされますか。」
「生産されたロボットは最初から常時稼働状態です。エネルギーパックを持っているので休止状態はありません。エネルギーの補給も必要ありません。ロボットに倉庫で待機するよう命令すれば倉庫に格納できます。」
「ロボットの禁制事項とか機能封鎖などはどの段階で行われますか。」
「製造前に行われます。一部機能に関しては完成後にもできますが、基本的には製造前に行われます。完成後に重要な禁制事項を設定できる機構にすると販売後に解除されてしまう危険性があります。このロボットは禁制事項を解きますと今の日本では対抗できない強力な武器になることができます。禁制事項の設定は第1室でなされます。」
「分かりました。それでいいと思います。ロボットは単独で使用される場合と集団で使用される場合が想定されます。集団で使用される場合はロボット同士の意思の疎通はどのように行われますか。」
「ロボットの機能は全て同じですが命令系統を作ることができます。仮の指揮官を指定すれば仮の指揮官はロボットを統制することができます。ロボット同士の連絡は感応方式だそうです。互いに指定することにより個々のロボットが見たことや状況は全てのロボットが知ることになります。連絡の具体的な方法は私には説明することができません。時間変調法だと聞いております。個々のロボットの持つ時間に変調をかけ、その変調を他のロボットが検知して連絡が取れるようになります。人間の精神感応での連絡に近いと思います。この連絡方法は距離で制限を受けますが物質での制限は受けません。」
「ロボットはムンクさんと同程度の能力を持つと言われました。これまでのムンクさんの応答では時間に関しての断定的な物言いはされませんでした。ムンクさんは時間に関してはホムンクさんの知識技術には達していないと思われます。ムンクさんは時間制御の技術に関して精通されておりますか。」
「私はホムンクさんには達しません。ホムンクさんは時間次元を制したホムスク人の代理で、ホムスク人の知識経験を全て持っているホムスク人そのものです。ホムスク人は5次元と6次元時間界で構成される7次元時間界に住んでいるとされております。私の体は4次元時空界にあります。ですから私は影を持ち、体の後ろの物体を観ることはできません。ホムンクさんが千本さんの前に出てくる時、ホムンクさんは7次元時間界におります。その時ホムンクさんとこの世界とは重なって共存しているのです。ですからホムンクさんの背景を観ることができるし、影はできません。私は7次元時間界に存在することはできません。ですから物質遷移に必要な7次元時間界の知識はありません。それが時間に関して断定的な言い方をしていない理由です。」
「了解しました。ムンクさんが私の前に実在していることを認識しました。他になにかありますか。」
「ありません。」
「それでは第4室に行きましょう。」
千本とムンクさんは重力エレベーターに乗り、4のボタンを押した。
深緑のエレベーター壁が開いて白色の照明の第4室が見えた。
第4室は大きく分けて2つに分かれていた。
左側は4mx5mの方形の装置があり、右側は下層にあった4つのロボッット製作装置と同じ数の4つの装置が並んでいた。
下層にあったダクトは見えなかったから床の中を通っているのだろう。
「ムンクさん、床あるいは天井の厚さはどれくらいですか。」
「1mの厚さで、鉄塊でできております。もちろん全ての鉄塊は融合されて一体となっております。」
「右側の4つの装置はナノロボットを生産する装置ですか。左側の装置は何ですか。」
「右側の装置はいろいろなサイズのナノロボットを作り出す装置です。左側の大きな一体の装置はエネルギーから物質を作り出す装置でナノロボットの材料を供給します。最下層のエネルギー供給装置からエネルギーを得て、必要とする物質に変換します。最下層に在る装置とこの装置は工場の中では比較的危険な装置です。」
「エネルギーと物質の自在な変換とは普通は驚くのですが、最下層のエネルギー形態をみれば、驚くにはあたらないですね。ムンクさんはこれらを独自に設計して独自で作られたのですか。材料はどうしましたか。」
「材料とエネルギーはホムンクさんに転移していただきました。装置の配管と配置は私が行いました。」
「故障したらどうするつもりでしょうか。」
「材料があれば私が修理できます。原理と構造は私も知っております。」
「ナノロボットを作る装置ですが、先ほど空気までナノロボットが変身して作るとのことでしたが、分子レベルほどの微小なロボットに意思はあるのでしょうか。分子レベルの大きさのロボットに命令するのはどのようにして行われますか。」
「実際には少数の少し大きなロボットが空気を生産します。分子に意思はありません。空気を産生するロボットはさらに大きなロボットで制御を受けます。それらのロボットはさらに大きなロボットの制御を受けます。詳細は私には分かりません。小さなロボットほど単一機能になります。例えばロボットの指に使われる金属線をロボット上に構築させる場合、その金属を持つロボットが組立て装置の基準に基づいたその位置に配置されます。その金属を持つロボットはその金属の表面に当り、その金属を分子的に結合させます。小さいですから押付けるだけで分子は金属に結合されます。金属を放したロボットは周囲の金属補給ロボットから金属を得、金属構築を続けます。補給ロボットと作業ロボットは金属の縁に付着したロボットで囲まれた空間で作業しますから線が作られます。それらのロボットをまとめて包含したロボットは位置保持機能を持っており、適正な場所に移動されます。移動は2つの電磁波ビームによってなされます。顕微鏡下で使われている光ピンセットと同じ原理です。実際に使っている電磁波は光よりずっと短波長です。電磁波ビームが作る電場面に分子の持つ電子が分極して極性を生じ、引力が生じます。ファンデルワールス力ですか。ロボットが必要とされる位置に2本のビームの交点を合わせ、ロボットを集積させます。このようなロボットシステム全体を運ぶロボットが存在します。そのロボットは作業の種類により持って行くロボットを包含できるように分子構造が変形されます。電磁波の種類により異なる種類の輸送ロボットを送ることができますから見た目には腕全体が端から構築されるように見えるのです。その輸送ロボットと位置指定装置が指令者の制御を受けます。第1室と第2室にはその指令制御装置があります。第1室の制御により必要な輸送ロボットの位置と量、そして組立の順番が制御されます。もちろんロボット制作は既存の作業ですから細かい指令は必要とされません。このようなロボットを作成したいと言う指令を打ち込むだけです。例えば「防御用のロボットを作れ」などの大まかな指令でも装置は蓋然性の高いモデルを提示し、許可を求めることができます。お渡ししたペンシルも既存の作業ですから私の手の上で特段の指令無く構築されました。」
千本は少しだけ理解できた。
分子に意思があるなどとはとても信じ難かっただけに正確に企画された場合場合に合った無数のロボットの中から特定のロボットを選択できればあたかも意思があるように見えるだろうと納得した。
すごい技術ではあるが決して想像できない装置ではない。
ホムンクさんにはでき、ムンクさんにはできない物質遷移のような4次元時空界を超える技術はまだ理解できない。
ホムンクさんが最初にロボットを提供したのはそのせいもあるかもしれない。
しかしながらロボット自体には神秘の技術が含まれている。
ロボットが確実にできる重力制御はそれであろう。
千本は少し気になることがあった。
「ムンクさん、ロボットは分解できるのですか。そうするとエネルギーパックはどうなりますか。」
「おそらく地球では分解できないでしょう。外側の金属は堅いですし、稼働部の支持金属は外殻よりもずっと強固です。ロボットの重さは百トン以上ですから外壁や稼働部は安全係数を100とすれば1万トンの引っぱりや圧力に耐えることができます。外殻は太陽表面で活動できる百万℃に耐えられますから焼切ることは不可能です。ですから十万トンの切断機があれば切断できるかもしれませんが、切断機の刃が持たないでしょう。例え切れたとしても各部は連結しておりますからロボット自体が自壊します。その時はエネルギーパックのエネルギーは解放され、大きな厄災を引き起こすでしょう。この工場では分解できます。ナノロボットがロボットを形成したと逆の過程を行えばいいのです。すなわち、外殻の分子を一つ一つはがしてゆけばいいのです。ロボットに備わっている分子分解装置でも分解は可能だと思います。その時にはエネルギーパックはシールドされ、厄災は生じません。エネルギーパックは確か時間的にシールドされているはずですから現時空間では分解は不可能です。」
「少し安心しました。地球人が次に必要なのはどうやらナノロボットですね。ナノロボットはどんな分子でできているのですか。」
「多種類の分子素片から構成される巨大な分子です。分子構造を自在に変える分子同士を切り貼りすることが出来るようになって初めてナノロボットを作ることができます。ナノロボットは自体に材料となる分子を持たねばなりませんからいくつもの方向性を持った籠を持つ構造になっております。そのような構造の分子は自然には出現し難いので人工的に構築されねばなりません。ナノロボットは同一の分子で構成されているのではありません。目的毎にその外殻を構成する分子の配置は異なっております。」
「ありがとう。確信を持って教えられるというのは楽しいことです。左側の装置はナノロボットの材料をエネルギーから作り出すとのことですが、具体的にはどのようにしてエネルギーから物質を作り出すのですか。」
ムンクさんは少し躊躇したように見えた。
「左側の装置は最下層のエネルギー源と繋がっており、エネルギーを得ております。エネルギーの実態は中性子物質です。中性子物質から電子を引き抜くと陽子が出来ます。この装置は中性子物質から原子を作り出す装置です。中性子物質から電子を原子軌道に上げて、求める原子を作り出します。通常の原子における電子は高速で軌道を回転しているので電子の持つ時間の進行は極端に遅れます。核の持つ時間の進行と比べると電子の時間は止まっているようになります。その時間進行遅延はブラックホールなどの時間進行遅延よりはずっと遅いので電子は核に近づけずその軌道に留まります。時間遅延などを考えないとドブロイ波のような説明になります。この装置では電子に時間進行速度遅延を与えることで電子を所定の軌道に載せ任意の原子を作り出します。私は時間進行速度遅延を与えると言う詳細な技術は知りません。説明ではエネルギーを物質に変換すると言いましたが、エネルギー源となる物質を別の物質に変換するという言い方が正しいと思われます。」
「ムンクさんの動力源は電気ですか。そうするとエネルギーパックでは中性子物質を電気エネルギーに変えているのですか。」
「共にその通りです。エネルギーパックでは中性子物質が電気エネルギーに変換されます。その機構は詳細には解りません。もともと物体というのは安定な状態でありますから。物体全てを電子エネルギーに変えることはそうとう難しいと思います。ただエネルギーパックの中にもナノロボットが存在します。そのナノロボットは中性子核を取り込み、中性子の質量分の電子を作り出すようです。魔法の技術ですね。」
千本はムンクさんから「魔法」という言葉が聞けるとは思っていなかった。
一個の中性子から1800個以上のあるいはその2倍以上の電子を生み出せればそれは物質-電子エネルギー変換と言えるかもしれない。
千本はそろそろ話に着いていけなくなっていた。
ムンクさんに解らないことが自分に解ろうはずがない。
「ムンクさん、上の階に行きましょうか。上はコントロールの部屋ですか。」
「いいえ、そうではありません。上の2層は千本さんの部屋です。制御室は最上階にあります。」
千本は期待を抱いて3のボタンを押した。
第3層も明るい白色照明で満たされていた。
しかしながら部屋には何も無かった。
がらんどうであった。
「ここは何も設置しておりません。千本さんの思う通りの配置にして下さい。水道、家具、その他諸々の品はすぐさま構築できます。この部屋は千本さんの音声に感応しますから、言葉で命令を出して下さい。例えば『ここに簡易ベッドを設置せよ』とおっしゃって下さい。そうすればベッドが構築できます。」
「ここに簡易ベッドを設置せよ。」
床の上にベッドの足ができ、スプリングができ、マットレスができた。
ものの5分とかからなかった。
「『このベッドを消去せよ』と言ってみて下さい。」
千本が命令を発するとベッドは上から順に消去されていった。
これも数分で完了された。
魔法みたいと言いたいところだったが、先ほどムンクさんが物質を電子に変えた技術を「魔法」と言ったが、それとはレベルが違うと感じ千本は言葉を抑えた。
「実はこの床と壁はナノロボットでみたされております。何でも作り出せるのはそのためです。」
千本は何となく不安を感じ、ムンクさんに言った。
「ムンクさんこの層はこれでいいですが、上階は必要な装置以外はナノロボットを全て排除して下さい。落ち着きません。それとご配慮ありがとうございました。」
「分かりました。」
第2階は下の部屋と同じであったが、小さなコンソールが設置されていた。
ディスプレイは27インチのパソコンディスプレイと同程度だった。
有線のキーボードも付随されていた。
「このコンソールは上の階の制御コンソールの端末で、有線のケーブルで繋がっております。上階に行かずにここからも制御コンソールで行う制御を行うことができるようになっております。全て有線で無線は使われておりません。」
千本は感謝した。
全て有線ということが特に気に入った。
千本はもともと無線はきらいだった。
無線は安全性に問題がある。
もともと人間が作った送受であるなら干渉も容易であろう。
「ムンクさん。これで結構です。制御コンソールの操作に熟達したら、もっと小さい、例えば腕時計の様な簡易型をお願いするかもしれません。」
「了解しました。」
千本はムンクさんが「分かりました」と言う時と「了解しました」と言う時があると気がついた。
ムンクさんには感情というものがあるのかもしれないと思った。
しかしそれはムンクさんの持つ情報に基づいた合理性からの逸脱度を示しているのかもしれない。
「了解」は合理的で「分かりました」は非合理的なのかもしれない。
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