第6話  6、川本千本発明商店

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 目が覚めるともう夕刻だった。

ペンシルを取り出し、「ムンクさんの様子を観測」と考えながらノックを押すとディスプレイが出現した。

ムンクさんはまだ縦穴を掘っていた。

深さは200m以上掘らなければならない。

200mと言えばそれは岩盤に達しているだろう。

この辺りの山は堆積砂岩であるからもっと深いのかもしれない。

空調は外気からの独立が必要だろう。

高性能のロボットは盗難の危険がある。

盗難は個人でもあり政府でもありうる。

その場合には外気との通気は良くない。

ともかく状況を見てから決めれば良い。

千本はひとまずムンクさんのことを忘れ、夜の瞑想を楽しんだ。

 翌日、ムンクさんは部屋を作っていた。

縦10m横20mの部屋である。

それが何層目なのかは判らなかった。

遅い朝食をとってから千本は車庫に向かった。

ムンクさんを呼ぼうとするとムンクさんは穴の中から昇って来た。

「私に話すことがあることを知り、来ました。」

「ペンシルのせいらしいですね。ムンクさん、現在の工事は何をしておりますか。工場の完成はいつ頃になるんでしょうか。」

「現在は最下層から2番目の層の空間を作っております。完成は千本さんによる修正の後ですから完成の時期は未定です。私が計画した工場ならおよそ3日後に完成する予定です。」

「修正ができることに感謝します。私はこれから役所に行って「個人事業」の届け出をしてきます。ムンクさんは作業を続けて下さい。」

「了解しました。」

ムンクさんは穴に落ちていった。

 千本は税務署と県税事務所に向かった。

未曾有の事態が起っている非常時日本ではあるが役所はしっかりと自分の居場所を確保していた。

千本は「個人事業の開業・廃棄等届出書」に必要事項を記入した。

職業欄は「自然科学研究者」とし、事業の概要は「発明品の販売と貸出し及びそれに付随する業務」とした。

屋号は「川本千本発明商店」とした。

お金は必要としなかったし、ただこれだけだった。

専従者は1名とし、資本金も必要なかった。

これでロボットを売ったり貸し出したりすることが出来る。

ロボット派遣先の整備も出来ることになる。

 千本は自宅に戻って国外には通じないインターネットにホームページを掲載する準備をした。

千本はロボットの質量について考えた。

百トン以上の質量があることはロボットの利用に制限を加えるであろう。

自動車とかその他の乗物を利用できないことを意味する。

ムンクさんは器用に歩いたりジムニーに乗ったりしたが、それはそうとうの制御をしていたに違いない。

そうでなければムンクさんは地面に深い跡を残さない限りは歩けないはずだ。

ムンクさんの靴が普通の材質なら潰れるであろう。

考えてみたらムンクさんが歩いているのを見たのは内灘の海岸だけであった。

その時の歩き方は著しく前傾して歩いていた。

あれは体重のためであろう。

機能を落としてでも人間並みの質量にしなければ人々は利用しにくいであろう。

ムンクさんに質量が大きい理由を聞いてみよう。

「ロボットの性能」を見ただけでもすばらしい性能を持っていることに皆気づくであろう。

そこに加重重量と本来の質量を書き加えたら、ロボットには重力制御が入っているはずだと多くの人は気づくであろう。

その技術の伝達はこの世界ではまだ早すぎる。

技術の進歩は段階を踏んで上がってゆくのが良いであろう。

重力制御の機能はロボットから当面除くべきであろう。

 千本は車庫に向かった。

ムンクさんは穴の上で待っていた。

「千本さん。ご質問がありそうなのでお待ちしておりました。」

「ロボットを日本に広げるために商店を立ち上げました。『川本千本発明商店』と屋号を定めました。ロボットを日本中に広げるのに質量が問題となります。ムンクさんの質量は百トン以上でしたね。私の知る限り地球上に在る物質でそのような密度を持つ物質はありません。そんな密度を持つ物質は中性子星くらいしか知りません。ムンクさんの大きな質量は何に起因しておりますか。」

「質量が大きいのはエネルギー供給部に起因しております。そこには核が接近した物質が入っております。それが私のエネルギーを供給します。」

「そうでしたか。その質量を軽減することはできますか。」

「できます。しかしながらそれはエネルギーの枯渇を生ずる危険性があります。私が持つエネルギーパックの容量では普通に動いておよそ百万年動くことができます。ですから百トンを十㎏にすればロボットは百年程度しか動けません。」

「今の日本にはそれで十分です。それにホムンクさんの命題では百年を目安にすることになっておりました。その頃には日本人もロボットを自作できるようになっているかもしれません。何と言っても目の前に完成品があるわけですから。それと、ムンクさんが浮かんでいる重力制御を切ることはできますか。質量が60㎏程度になれば重力制御は必要なくなると思われます。それに何と言っても重力制御は時間制御に繋がるのではないのでしょうか。恒星間移動を目指す頃になった段階で発明されれば良いと思います。」

「重力制御、加速度制御などは時間の制御に関係します。恒星間移動が求められる時には加速度を制御することが必要とされます。千本さんのおっしゃる通りです。重力制御を失効させることは容易に出来ます。」

 「出来ることが判って安心しました。エネルギーパックのエネルギー量は自在にできることは判りましたがエネルギーが枯渇したロボットのエネルギーパックを新品のエネルギーパックに交換することは可能ですか。」

「可能ですが交換はこの工場でしかできないと思います。危険ですから。」

「それで良いと思います。残渣のエネルギーでも一気に解放されたら相当な惨事になるということですか。」

「その通りです。」

「ロボットの収容ですが、千体のロボットは収容可能ですか。」

「ロボットは横50㎝、厚み30㎝ですから10mx20mの一層に千体は収容可能です。」

「ありがとう。作業を続けて下さい。」

ムンクさんは穴に落下していった。

 千本はここに重力制御のプラットホームが出来るのだと思うとゾクゾクした。

これから忙しくなる。

千本は家に帰ってロボットの機能の開陳はどの程度にするべきかを考えた。

出来上がるロボットは寿命が短いとはいえムンクさんと同じ機能を持っている。

重さを無くす重力制御とか、岩を切り取る分子分解とか、地球の核から鉄塊を転送させるとか、X線搬送波に赤外を変調させるとか、全て驚愕する技術である。

ムンクさんの機能はもっと多いのであろう。

その機能はホムンクさんの機能に近いだろう。

物質を転送できるのだから時間次元の制御が可能なのであろう。

 ホムンクさんは4次元時空間内で物質と共存できた。

共存なのか瞬時の分け合いなのかは判らないが共存しているように見えた。

このようなことはより高次の次元を制御できなければできないだろう。

こんな次元制御がムンクさんにはできるのであろうか。

今度ムンクさんに聞いてみよう。

ホムンクさんはムンクさんの能力はムンクさんに聞けと言っていた。

今日千本はよく動いたし、昼食後の後眠も取らなかった。

千本は簡易ベッドに横たわり眠った。

 翌朝、習慣の朝の食事を取り、少し眠った後、車庫に向かった。

扉を開けるとムンクさんは穴の上ではなくコンクリート床の上に数センチ浮き上がった状態で佇んでいた。

「おはよう。ムンクさん。作業は進みましたか。」

「おはようございます。工場は完成いたしました。あとは千本さんの修正を待つだけです。」

「工場を説明して下さい。」

「入口は一カ所でこの穴です。この穴は垂直に250mの深さまで伸びております。途中4mの位置から階段付きの横穴があり、地下100mに位置する最上階の天井に通じております。非常口です。横穴の照明は蛍光物質を含む壁面全てで常時明るく保たれております。寿命は千年程度です。この穴での移動手段は足かあるいは浮遊プラットホームです。浮遊プラットホームは出入り口の壁の隙間に入れてありますから引き出して乗り、体を傾ければその方向に移動します。後で試してみたら良いと思います。スピードは速くありません。プラットホームに腰掛けても移動可能です。壁の側面に手すりを付けてあります。何かの時には手すりをお使いください。縦穴は重力エレベーターを使用してあります。地球重力の制御により降下と上昇をします。重力エレベーターは穴にぴったりの箱形になっております。穴をのぞいて見て下さい。」

千本は穴をのぞいた。

 穴はコンクリートで周囲が囲まれ、底にもコンクリートが打たれた深さ2mの普通の穴に見えた。

「穴の底が重力エレベーターの天井になります。もちろん梯子などを使って底に立つことは出来ます。これは偽装、カムフラージュです。重力エレベーターに乗るには千本さんが『ムンク』と呼ぶか、あるいはペンシルに命令して下さい。それでは下に行きますからやってみて下さい。」

千本はペンシルをポーチから取り出し、「重力エレベーターを出す」と考えながらノックを押し込んだ。

どれくらいの速度でエレベーターが上昇するのか分からなかったので、頭を出して呼びかけるのには躊躇したのだ。

 エレベーターは2秒程で所定の位置に昇って停止した。

エレベーターは籠型で4隅の柱は巾10㎝の4角柱で天井を支えていた。

床は鉄のように見えた。

底の厚みは見えなかった。

「見えれば重力制御に必要な空間がわかるのに」と千本は思った。

柱の外側を取り巻くように透明なガラスが入口を除いて張られていた。

入口側の柱には柱から出端って制御盤が付けられていた。

ありがたいことに現在日本で使われているような押しボタン式の制御盤であった。

ドアの開閉、地下10層から1層までの表示ボタン、階段表示のボタン、地上のボタン、そして非常のボタンがあった。

このような原始的な制御盤を作ってくれたことに千本はムンクさんの配慮を感じた。

「それでは下に行きましょうか。」

千本は地下第10層のボタンを押した。

床から透明なガラス板がせり上がり天井にはまり込んだ。

そして重力エレベーターは下降した。

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