第5話 5、地下工場建設
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翌朝、千本は食事をしてから車庫に向かった。
車庫に入るとムンクさんは同じ所に立っていた。
日の光の中でもムンクさんは暗黒だった。
「おはよう。ムンクさん。」
「おはようございます。千本さん。」
「ムンクさん、ここにロボットの製造所を作る予定です。どの程度の広さが必要ですか。」
「一千㎡の広さと十mの高さが適当だと思います。」
「わかりました。この車庫の在る土地は12mと24mの広さがあります。地下に製造所を作ろうと思います。深さは最浅部が百mになるのが良いでしょう。予備の空間とロボットの保存空間も必要でしょうから、とりあえず横10m縦20m高さ10mのしっかりとした空間を十層作りましょう。入り口はここにしましょう。」
千本は車庫のコンクリート床に開けてあった横90㎝縦2mの穴を示した。
千本はこの車庫を造る時あらかじめ穴を掘れるような型枠をおいてコンクリートを打っていた。
裏庭に掘った防空壕の入口と同じ大きさだが目的は自動車の底の修理のためだ。
穴の入り口はクレオソートを塗ったコンクリートパネルで蓋(ふさ)がれていた。
千本は蓋を外した。
その入口は未完で20㎝ほどの深さまでしか掘られていなかった。
「ここから地下に真下に向かって掘り、必要な深さに達したらそこから製造所を作れば良いと思います。地下への行き来にはエレベーターのような物があれば良いと思います。そのエレベーターは重力制御できるプラットホームのような形がいいと思います。非常用として縦穴の深さ4mの位置から斜め下への階段付きのトンネルを掘り、製造所の最浅階に通じさせて下さい。製造所、エレベーター、トンネルには照明設備をつけてください。それらの施設は地震に耐えられるよう頑丈に作って下さい。この入口は深さが2m程度の手造りの穴であるよう偽装して下さい。電源、資材、残土、その他の問題はありますか。」
「ありません。製造所、エレベーター、トンネルは作れます。電源、資材、残土は問題ありません。特に問題点はありません。あったら相談いたします。」
「それらの作業で騒音は出ますか。」
「大きな音は出ないと思います。」
「穴の横のシルビアは邪魔ですか。30㎝なら横に移動できます。」
「邪魔にはなりません。現状で邪魔になる物はありません。」
「それからムンクさん、人と同じような形態ができますか。人間のような皮膚感を持ち、洋服を着てください。洋服が無ければ私の物を持ってきます。」
「了解しました。洋服は必要ありません。」
ムンクさんは直ちに変身を始めた。
皮膚、爪、髪、そして目は人間と同じになった。
洋服は千本には理解できなかったがムンクさんの周囲に繊維が紡錘(つむ)がれ、糸はそのまま洋服となっていった。
制御された物質転移か。
こんなことまで出来るのかと千本は思った。
人の顔とはおよそ非対称であるがムンクさんは左右対称の美形であった。
ムンクさんは男に変身した。
白いワイシャツと青と白のストライプのネクタイそして緻密な織の紺のスーツを着た20歳代の美男子であった。
完璧である。
女性に変わったら美人になるだろうと千本は思ったが今は男がよい。
美人が働くのを見るのは気分が悪い。
それに周囲の人目にも影響を与えるであろう。
青年なら雇ったと言えばよい。
ムンクさんは次の命令を待ってじっと佇んでいた。
「ムンクさん、それでは作業を開始して下さい。私はしばらく観ていたいのですがよろしいですか。それに危険はありませんか。」
「観ていても問題ありません。危険は生じないと思われます。」
ムンクさんは作業を開始した。
指先を鉛直に保ち、穴のふちに沿って移動させた。
穴の四隅では穴らしいものができた。
次に中空に1m程度の銀色に輝く金属線らしきものを4本出現させ穴の四隅に差し込んだ。
数秒後、穴の土砂は瞬時に消え、深さ1mの穴が生じた。
穴の壁は切り取ったように生々しかった。
最初の指の動きは分子分解であろう。
物体の分子の結合を切断したのだ。
次の銀色の針金は物質移動をさせるための境界の設定なのであろう。
穴の底部分は分子分解されていないはずなのにきれいに切断されていた。
物質移動は物質を切断することができるのだから、最初の分子分解は土砂に硬化性を与え軟弱地盤の土砂崩れを防いでいたのかもしれない。
ムンクさんは同様にして深さが8mの穴を穿(うが)った。
ムンクさんは次に穴の中に浮遊し穴の周囲をさらに60㎝広げた。
次にムンクさんは穴の隅に移動し、眼前に厚さ50㎝、巾210㎝、高さ4mの鉄塊を出現させ穴の短径側に埋め込んだ。
鉄塊は支えがないのに浮かんでいた。
同じことを反対側にも施し、その後、厚さ50㎝、巾220㎝、高さ4mの鉄塊を出現させ穴の長径側に埋め込んだ。
その後ムンクさんは鉄塊のつなぎ目に指を向け暗闇でようやく見える微弱な紫白い色を放つ光線を注いだ。
鉄塊の接合部は膨張し接合されたようだった。
千本はムンクさんの能力に驚嘆した。
頭の中で考えることと実際に目で見ることは違う。
分子分解は見たし、物質移動も見た。
空中に出現した巨大な鉄塊はどこからか運ばれてきたのであろう。
テレキネシスもあったかもしれない。
そして今見た技術はおそらくX線変調だ。
X線に熱線を載せて目的とする深部にまで到達させた後に熱線に変換する。
「ムンクさん、質問してもいいですか。」
「どうぞ。」
「周囲にはめ込んだのは鉄ですか。それはどこから運んで来たのですか。」
「鉄です。地球の核から運んできました。」
「鉄の溶接は奥でも起っているのですか。」
「奥でも起っております。」
「穴の周囲に10㎝の空間を作ったのは偽装のためですか。」
「そうです。コンクリートを打ち込むのが適当と思われます。」
「最初に穴のふちに沿って指を動かしたのは土砂崩れを防ぐためですか。」
「そうです。」
「分子分解のようにも見えましたが、分子分解したときには分解された分子の周辺は変成するのですか。」
「分子分解です。周囲の分子は変成するのだと思います。」
「ありがとう。作業を続けて下さい。」
千本は内心ほっとした。
ムンクさんにも解らないことがあるのだ。
「思います」と言った。
これだけの技術があれば4m下から横穴のトンネルを掘るのに鉄塊を切り取るのは難しいことではないだろう。
それにしても千本と違わない体格を持ったムンクさんのエネルギーはどのように供給されているのであろうか。
それは百トン以上の質量を持つことに関連しているのかもしれない。
そのうち解るだろう。
昼食のインスタントラーメンを食べ、後眠をとった後、千本は車庫に行った。
空気は土を掘った時の匂いがした。
穴は底が見えないほど掘り進められており、物音はほとんど聞こえなかった。
千本は少し離れた椅子に腰掛けタバコに火をつけた。
タバコを一服してから千本は車庫の灯りをつけた。
穴をのぞいたが真っ暗であった。
懐中電灯を出して照らしてみたが長方形の穴はずっと下に続いているように見えた。
「ムンクさん。区切りのいいときに上がって来てくれますか。」
千本は普通の声で呼びかけたがその音は管特有の響きを持って聞こえた。
ムンクさんは昇って来て、車庫土台の高さで停止し、そこに浮遊した。
「ムンクさん、どれほど掘れました。」
「52mです。」
「何か問題は生じましたか。照明は必要ですか。」
「問題は生じませんでした。照明は必要ありません。」
「私はムンクさんの工事の様子を観察したいと思います。私が穴の中に今入ることは危険だと思われますから、私が見学できる適当な方法を講じて下さいませんか。」
「わかりました。ペンシルをお渡しします。そして私の頭上1mの位置に観測球を常に浮遊させておきます。小さい物ですから目には見えないと思います。千本さんが観察したいときはペンシルのノックを押し込んで下さい。ペンシルの先端から画像が生じます。」
ムンクさんは手の上に10㎝程度のペンシルを生じさせた。
これも何も無いところから形を作ってペンシルとなった。
ペンシルは短めのシャープペンシルと言ったところであった。
「先端は筆記できるようになっております。ノックは反対側です。このペンシルは諸機能の端末です。いろいろなことができます。千本さんしか使えませんから紛失しても問題ありません。」
千本はペンシルのノックを押した。
眼前の空中にディスプレイが出現した。
ペンシルを目に近づけると画面は小さくなり遠ざけると大きくなった。
「ありがとう。このペンシルはどんな機能の端末なのですか。その切り替えはどのようにするのですか。」
「機能は私の中に入っている機能です。切り替えは心に念じてノックを押すだけです。」
「このペンシルは私の考えを読み取れるわけですか。恐ろしくもありますね。」
「人間は考えを常に放射しております。特殊な人間を除き、人間は人間の考えを感知できないだけです。この現象は4次元時空界の現象ですから最低次元の技術です。」
「最低次元、4次元時空界ですか。すこし打ちのめされました。ムンクさん、作業を続けて下さい。」
ムンクさんは穴に落下していった。
千本は画像と言ってペンシルのノックを押した。
すぐさまムンクさんの頭上1mからの画像が出現した。
真っ暗の穴の中なのに画面は明るく、画像はホログラムのような立体画像であった。
ムンクさんは最初と同じ方法で作業をしていた。
スーツ姿のムンクさんの作業を見ていると飽きなかった。
それにしても、ムンクさんのスーツは全く汚れていなかった。
千本はペンシルをポーチにしまった。
ペンシルが手を離れると同時に画像は消えた。
千本は疲れを感じ、家に入って簡易ベッドに横たわった。
工場は早晩完成するだろう。
次はロボットの性能を知り、どのように世間に広めるかの問題となる。
商店を作って行動するのが適当であろう。
それにしてもさっきのペンシル出現は物質移動ではなかった。
ペンシルがムンクさんの手の上で作られていくようだった。
あの出現の仕方は絶対に物質移動ではないと思いながら千本は眠った。
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