第4話 4、ムンクさん
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翌日11時、000-0000-0000から電話があった。
朝の11時は千本が運動のため毎日一人で庭仕事をしている時間で、周囲に人はおらず電話には適当な時間であった。
お向かいの西野さんもどこかに出かけたらしい。。
「宝くじを当て、行動を起こしても問題とならない状況を作ります。宝くじのロト7を一枚購入してください。記録の用意をしてください。」
千本は後ろポケットから財布を取り出し、退職後に使用している名刺を一枚取り出した。
鉛筆はポーチの中に常に入っていた。
「準備できました。」
「購入するのは第117回ロト7です。購入番号は09、10、20、28、31、34、37です。繰り返します。購入番号は09、10、20、28、31、34、37です。」
「記録しました。第117回ロト7で、購入番号は順に09、10、20、28、31、34、37です。よろしいですか。」
「その通りです。これは一等の当選番号で8億円を得ることができます。購入してください。」
「今日購入します。他にありますか。」
「ありません。ではまた。」
千本は電話を切り、着信履歴を調べた。
前回同様に記録されていなかった。
こちらから000-0000-0000に電話したらどうなるだろうかと思ったが千本はそれをするのが怖かった。
千本はこれまでの人生で宝くじを購入したことは一度も無かった。
大学の講座内の共同購入には一度だけ参加したが、宝くじの原理を考えれば参加するのは愚か者であるという確信を持っていた。
庭仕事を早めに終え、8㎞離れたなじみのスーパーに向かった。
そこには宝くじの売り場があったはずだ。
「ロト7を一枚下さい。どのようにするのか教えてくださいますか。」
申し込み用紙には5枚の宝くじの数字を記せるようになっており、口数も記載されるようになっていた。
5つの数字列を選べば1500円となる。
千本は数字を選択し、数字の印刷された宝くじ券を得、300円を支払った。
今週の金曜日には8億円が当たるであろうと確信していた。
金曜日には予想通り1等の8億円が当たった。
当選後の手順は決めてあった。
銀行に新たな口座を作り、そこに8億円を預けることにした。
ホムンクはどのようにしてこの当選番号を知ったのであろうかと千本は考えた。
番号の抽選に干渉するのは煩(わずら)わしいであろう。
ホムンクは確かに未来を観ることができるのだと千本は思った。
しかしそれは未来に干渉するのであろうか。
千本は現在から未来に至る4次元時空は多数の可能性を採るのであろうと考えた。
おそらくこの当選番号は大部分の4次元時空界でも変わらないのであろう。
千本は1億円を現金化し、庭に穴を掘り、現金をポリ袋に入れてから穴に埋めた。
この金は二度と使われることはないであろう。
1億円を現金化したという事実が重要だった。
これで千本が何らかの行動を起こしても周囲に不審は抱かれない。
予想通り翌日ホムンクから電話が来た。
「宝くじは当たりましたね。ロボットを作るのに適当な工場の場所に心当たりはありますか。」
「どのような形でロボットの技術を公表するつもりですか。それによって工場の場所は違ってくると思います。」
「貴方がロボットを発明したことにし、そのロボット技術を貴方の方法で広めてください。製造するロボットと同じロボットをお渡します。ロボットに命令すればロボットは一人でロボット製造工場を造れます。何がロボットにできるのかはロボットにお聞きください。お渡しは今夜の0時に前回と同じ場所でよろしいですか。」
「分かりました。前回と同じ車で行く予定ですがロボットは車に入りますか。小さい車ですから。」
「大きさは貴方と同じくらいです。重さは地球重力下で百トン以上です。しかしながら独自で重力を調整しておりますから何グラムにでもなれますし、負にもなれますから車に乗せることはできます。」
「重力制御ですか。私にとっては未来の技術だと思っておりました。この技術はホムンクさんが目指す恒星間飛行にはいずれ必要となると思われますが、今はまだ早すぎるような気がします。この技術もロボットの拡散と共に公表するのが適当だとお考えですか。」
「技術の進展は段階を追って進む方が人は納得できると思います。千本さんが適当と思うときに公表してくださってけっこうです。」
「了解しました。今夜0時に内灘海岸でロボットを受け取ります。」
千本は電話を切った。
千本は論文がアクセプトされたとき以上の興奮を覚えた。
重力制御だと。
原理を想像すらできない技術であった。
車に入る大きさで百トン以上だと。
体の体積だけの金にしても金の比重を20としても1トン程度だ。
そんな比重の物は地球には存在しない。
核の接近を許す中性子物質のようだ。
ロボットの一部にはそんな物が入っているのであろう。
そのような技術を同時期に明らかにすることに千本は恐れをいだいた。
技術の進歩は順を追ってなされるべきだろう。
しばらくは技術の秘密を保たなければならない。
先ずはロボットに出会ってその能力を知らなければならないであろう。
千本は今夜のロボットとの出会いが待ち遠しかった。
内灘海岸に到着したのは0時20分前であった。
銃は持って行かなかった。
その夜は曇りで辺りは暗かった。
エンジンを切って目が暗さに慣れる前にタバコに点火し、車外で待った。
暗闇に目が慣れてくると遠くの防波堤の街灯の光で辺りの様子は判るようになった。
千本はロボットを受け取った後の大まかな行動をあらかじめ考えてあったが、状況に応じて対応を変える用意もしてあった。
約束の0時の少し前、眼前の海岸波打ち際に突然ロボットが出現した。
水面上数十センチに浮いていた。
ロボットは白色でその背景は透けて見えなかった。
千本のいる4次元時空界に存在している。
ホムンクの存在は感じられなかった。
ロボットは水面を滑るように移動し、海岸の砂浜に達すると静かに地上に立った。
ロボットは千本の方に歩みを進め千本の2m前で止まった。
ロボットの歩き方は奇妙であった。
常に前傾姿勢をとり、倒れ始める直前に足を出した。
砂にはロボットの足跡が残っていた。
前に会ったホムンクの顔はあんまりはっきりとは覚えていなかったが、ロボットの顔はホムンクに似ているようであった。
千本は心の中でホムンク自身なのかもしれないと思った。
もし自分がホムンクであったなら興味の中心に自分を置きたかったであろうからだ。
「私は藤山千本と申します。ホムンクさんが派遣したロボットさんですか。」
千本は自分から声をかけねばならないと思い、日本語で尋ねた。
ロボットの能力を早期に知りたかったからだ。
「そうです。」
「ホムンクさんからは事情を聞かされていますか。」
「ホムンクさんからは許される範囲で藤山千本さんに協力するよう言われております。」
「協力するとは私の命令に貴方が許されている範囲で従うということですか。」
「そうです。」
「ホムンクさんは現在どこにおりますか。」
「私と共に居ります。」
千本はロボットとホムンクの区別がつかなかった。
ホムンクは宇宙船の内にいるのかもしれない。
「貴方に名前を付けようと思います。希望はありますか。ホムンクさんの一部ですからムンクさんと呼ぼうと思いますがいかがですか。」
「良い名前だと思います。」
「ムンクさん、それでは私の車の助手席に乗ってください。」
ムンクさんはジムニーのドアを開け、座席に座った。
座席はほんの少しだけたわんだ。
千本は運転席に座りエンジンをかけた。
Dレンジにしてサイドブレーキを解放してアクセルを踏んだ。
しかしながら車はまともに動かなかった。
千本は直ちにムンクさんが百トン以上の質量を持っているのを想い出した。
地球の重力に対しては60㎏程度の重さにしているのだろうが質量自体に関しては何もしていないので水平移動には百トンの質量を持っているのである。
これでは軽自動車では動くことはできないであろう。
ケーブルにつり下げられた百トン戦車1台を砂地で押しているようなものだ。
「ムンクさん、貴方の質量はこの車には重すぎます。横方向の加速度に対しても軽くなるようにできますか。」
「加速度を消すことは出来ますが、質量自体を消すことは出来ません。今は地球重力の加速度を減少させておりますが、車のような加速度変化が在る場合にはそれには対応しない方が良いと思われます。車が壊れますから。しかしながら私は千本さんの車についてゆくことができます。地面を走ってもいいし、空中を飛んで追うこともできます。」
「わかりました。今は夜ですので上空を飛ぶのがいいでしょう。どれくらいの早さで飛ぶことができますか。」
「ここでは1Gの加速度で飛ぶことが適しております。」
とんでもない性能だと千本は考えた。
2分間も飛べば弾丸の初速になる。
音速の3倍以上である。
「わかりました。この車の200m上空を飛んで来てください。障害がある場合は回避してください。それから、貴方の色は白色です。表面の色を黒色に変えることはできますか。」
「了解しました。」
ムンクさんは車を降りた。
白色の表面は黒に変色した。
その黒はホムンクさんの目と同じく完全な黒で、背景がみえない部分がムンクさんの輪郭を形作っていた。
ムンクさんは何も言わずそのまま上昇した。
千本はそれを観てムンクさんが言っていた飛行性能を理解した。
ムンクさんはあたかも重力が逆転しているかのように上空に向かって加速した。
200m上空でのムンクさんは見えなかった。
千本は車に乗り自宅への帰路をとった。
心は安心感が満たされていた。
車の上空にはとてつもないムンクさんがいる。
彼には日本語を通して命令できる。
もちろん彼に許された範囲ではあるが。
自宅に着くと車を降り、道路に出た。
空に向かって小声でささやいた。
「ムンクさん。ここに下りて来てください。」
ムンクさんはゆっくりと下りて来た。
黒いままだ。
「私について来てください。」
千本は道路からガレージに入り、ガレージ横の車庫の扉を開けて中に入り、明かりを点けた。
明るい光の中でもムンクさんは黒い影のようにみえた。
LEDの強烈な光の中でもムンクさんからの光は見えず、黒い闇であった。
ただムンクさんの影はムンクさんの足下からLEDの数だけ伸びていた。
「ムンクさん。今は夜です。私は眠らなければなりません。明かりは消します。ここで待っていて下さい。」
「了解しました。」
千本は車庫のドアにカギをかけ、家の玄関を静かに開け、何も考えないようにして風呂場でシャワーをとった。
そして書斎の机の前に座り日記をつけた。
これからだ。
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