ある少年の話3

 その年のMEME-01の感染は受験当日まで収まることなく、受験生は大いに振り回され、頭を悩ませることになった。

 普段とは勝手の違う状況ではあるが、田中さんをはじめ誰もが可能な限りの努力をし、受験会場に集まっていた。

 受験会場においても簡易テストによる体調チェックは変わらず、真面目な田中さんは毎回言葉を考えて回答しているため、同時にテストを受けた他の受験生よりも二分ほど遅く会場に入ることとなった。

 受験票に記載された番号に合致する席に座る。ここもソーシャルディスタンスが守られている。

 田中さんが席に着いて、鉛筆三本と消しゴム二個、そして時計を机の上に置いてから三十分ほど経ち、試験監督役の大学教授がやってきた。

 人生を決める大事なテストの問題用紙と回答用紙が裏向きのまま配られ、田中さんはそれを祈るように、あるいは睨みつけるように見つめている。

 それからさらに五分経過。試験開始まであと五分といったところで、受験生は問題用紙を表向きにし、そこに書いてある指示を読む。

 そこには、「耳栓を外すこと」といった記載があった。

 これは、この受験会場のようにあまりにも人が多い場だと、労力的な面で口頭での説明が不可欠であるという点と、耳栓に偽装したカンニング装置が開発されてしまっていることから、試験監督がカンニングをチェックするための措置であった。

 これを守らなければ試験を受けることはできないため、受験生はこのルールに逆らうことはできない。

 田中さんは耳栓を外す。

 同じように、二つ隣の席の受験生も、四つ隣の席の受験生も耳栓を外していく。

 そして試験会場に集まった全ての受験生と、試験監督が耳栓を外し、ただ時計を眺める時間がやってくる。

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 誰もが緊張し、試験開始と同時に自分が何をするのかをイメージ練習する時間。あるいはじっと目を閉じ、集中力を高める時間。中にはリラックスして寝そうになっているマイペースな人もいるかもしれない。

 カチ、カチ、カチ。

 カチリ。

 田中さんが見つめる自分の時計の長針はゼロを示した。

 それから程なくして、

「回答を始めてください」

 という、試験監督の言葉が会場に響いた。

 田中さんは右手で鉛筆を握り、左手で問題用紙の表紙をめくり、そこにある大問一の問一に目と意識の焦点を合わせる。

 同じことを百人以上の人間が同時にするのだから、会場はその物音だけで騒がしくなる。

 しかしそれもほんの十秒にも満たない時間であり、それが終われば、ただの静寂が訪れる。

 その静寂の中で、田中さんは早速最初の問題の答えを見出し、それを回答用紙に書き込もうとした。

「※¥/>」

「え――――」

 それは一瞬の出来事であっただろう。

 この広い会場の中の誰かが、MEME-01に感染していたのだ。

 あれだけ事前にチェックをしたというのに、この会場に感染者が紛れ込んでいたのだ。

 ただそれだけのことで田中さんはMEME-01に罹患し、田中さんの未来は絶たれてしまったのだった。

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