第2話 猫の綿埃

 朝起きるとハナコがいない。

 りんごを人間だけが食べてしまったので、ふくれて二階に行ってしまったらしい。

 包丁を使う前はいたのに、一切れ行儀悪くつまんでシャリって齧り付いて見回すと姿を見せなかった。いつもはわたしのは?と言うかのように、足にまとわりついてくるのに。

「ハナコは?」

 洗面所から夫が聞く。

 答えながら、足元を見ると、猫はいなくて綿埃が足元に落ちていた。

 毎日ブラッシングは欠かさないのに、あちこちに毛がまとまって落ちているのを見ると、猫を飼っているんだなと実感する。

「掃除機かけないと。」

「うん。」

 私たち夫婦は疲れやすいので、大体休日に一緒に掃除機をかける。しかし、昨日は、あまりに疲れていてかける余裕がなかった。

「かけとくね。」

 私がそういうと、夫がすまなそうに謝る。

 謝られる理由がわからないが夫はそういう人だ。

「あなたが気にしなければ、私はずっとかけなくても気にならないよ。」

「そうなの?」

「だって、疲れてお風呂もろくに入られないぐらいなんだから、埃程度はなんとも。それより、ご飯作ってないとか、洗濯できてないとかの方が問題よ。」

 夫はどう思ったのか、何も言わずに洗面所に戻っていった。

 掃除機の音が嫌いなのは猫と同じ。猫を飼うときに、掃除や臭いで躊躇していたのは私だったので、それを聞いて安心したのかもしれない。

 足にふわりと毛の感触がしたので下を見ると、音も立てずにはなこが見上げていた。

「くるるるるる・・・・・」

 来たときからハナコの声は小さく聞き取りにくい。甘えてかすかにくるるとなくのは珍しい。

「はなちゃん、リンゴは食べられないと思うよ。」

 諦めずにじっと見てくる姿に根負けしておやつをだす。

 するりするりと足の間を行き来するので踏まないように皿に出す。

 ピンク色の鼻とピンクのおやつがくっついたらしく、食べ終わるとペロリ自分の鼻を舐めていた。

 満足そうに目を細め顔を洗う姿はいっぱしの猫だ。

 食べ終わるとホットカーペットの上に寝そべって溶けていた。

 洗面所から戻ってきた夫は、カーペットを占領しているハナコを見て、掃除機をかけるのを諦めたようだ。

 ハナコの横にごろりと横になると、そのままいびきをかき始めた。

 大きな綿埃と人間は親子のように並んで眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫のハナコ 爪先 @tumasaki7890

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ