現代・日本14

 頼子の後ろ。壁一枚、隔てた向こう側。普通の人間の目には触れない。動く気配を感知する。心配そうに、名を呼ぶ声。護衛を務める、頼光(よりみつ)だ。我に返り、感情を抑制する。怯えや恐れ、動揺などを。負の感情は、闇の力を増大させるという。敵にくれてやることはない。


 出て来ないでね。頼子は自らの意思を伝える。闇を力の源にする力を持つ、頼光は呑まれる可能性が高かった。それに、と、脳裏に亜理紗の姿が浮かぶ。転生しても、主直轄の警護隊の一員。主を守るのが、仕事。彼を守りながら、戦えなくて、どうする。無茶をするな、と、返ってきた。


 目の当たりにする。亨介のまなざし一つで、闇が崩れる。光の中に消えていった。あれが戦いのさなか、偶然、身に付けた対応策か。頼子はうらやましがった。特異な種類の闇。崩して、自然に還せると亨介本人は考えていたという。


 パキン。闇が凍りつく。頼子の足元にいた気配が遠ざかる。舌打ちのような音を立てて。颯の方を向く。闇をも凍らせる冷たい怒り。異世界・氷の花で、侵入者と戦う日々に身に付いたと聞いた。


 体温が上がらない。頼子の視界の端。降りてくる白い姿。肘を曲げて掲げた腕に捕まった。瞬間に、平熱に戻る。さすが、火を食べる鳥。心配して顔を覗くフレイムに感謝した。


「実際に、闇と対峙して判った。対応策が必要だね」


 怒りをおさめた颯と向き合う。頼子は話を切り出す。知り合った当日に、教えられたことを思い出していた。転生前のセレイラが事件に巻き込まれて、奈落の底ならぬ闇の底を覗いてしまった。桁外れの力を宿す魂核を持つ頼子自身は、呑まれることはないが。護衛の頼光は守り切れない。


「私が持っては、ダメ?」


 未練がましく、頼子は訊く。対応策を身に付けた颯と亨介は、特異な闇と折り合いをつけたという。可能になったことを聞いて、漫画を持ってきて示した。敵キャラの強さが描かれている。等しいことが自分にもできるようになるのか。興奮状態になった。彼らはかぶりを振った。


「頼光さん自身に、力を付けてもらった方がいい」


 聞いた当日と同じ答え。転生前の颯は、特殊な場所に入ったという。誰もができることじゃないと反対した。頼子はがっかりする。


「……」


 壁の向こう。頼光の重い沈黙が伝わってきた。己の罪と向き合う必要がある。頼子は理解していた。他人を騙して鬼の力を手に入れたという。国の民を、帝を、己の一族の命を守るためと、言い訳して。代償の一つに、限界を越えると自分を見失う。頼子の力で戻れるが、いつでも傍にいられる訳ではない。彼は人智を超える力を恐れてもいる。


「自分が足を引っ張って、守るべき人が傷つくのを見るのは。想像以上にキツイぜ」


 颯が頼光に忠告する。未だに、心の傷がうずくと声にのせて。後悔が少ない方を選ぶべきだ。


「考えてみます」


 長い、長い、息を吐く。ため息にも似た。今、頼光自身が出せる答えを、一言。鬼の力を得る前。引き返せないと判ってはいた。でも、後悔している。新たな力を得れば、守るべき人に迷惑をかけない。でも、抵抗感がある。心が決まるまで、待ってもらえるのは。ありがたかった。


 もう少し、フレイムを借りたいという頼子と共に歩く。颯は感知する。ハッとした頼子と目が合う。自分たちに働き掛けてくる力。世界から追い出そうとする。


「あらゆる世界にとって、俺たちは異物だ」

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