現代・日本13

「こっちにもあるよ」


 食べられなくて、不満げなカラスを誘導する。頼子も鞄から弁当箱を出していた。縁に捕まる八咫烏が、くちばしでくわえて見せる。角切りの果物と知ったカラスが群がった。欲しがるカラスに行き渡る。亨介は安堵した。


「ありがとう、頼子さん」


「どういたしまして」


 飛び去るカラスを見送った。亨介は感謝する。頼子はかぶりを振った。八咫烏は亨介のスポーツバッグに飛び移った。


「こんな所にいたのか。片倉、黒須。走らないと、遅刻だぞ」


「キャプテン!」


 聞き慣れた声が届く。亨介と透は向いた。路地の入り口を。青年が立っていた。自分たちと同じジャージー姿の。二つ年が上。バレー部のキャプテンを務める。声を揃えて呼んだ。


「それから、カラスに餌をやってはいけないんだぞ」


「八咫烏に仕切らせるから、大丈夫」


「判ったから、早く来い」


 余計なことか、思いつつキャプテンは忠告する。亨介は訂正した。スポーツバッグに捕まる八咫烏が、驚いて仰ぎ見る。キャプテンは足が三本あるのを確かめる。嘘をついてはいない。いるはずがない生き物。見なかったことにした。


「心配せずとも、オレが仕切る」


 八咫烏から向けられるまなざしに気づいた。亨介が言い切る。安心するのが判る。御使いを断った、八咫烏の言うことなど、聞く訳がない。


「オレの予想では、麻木 諒(あさき りょう)も招かれている」


「諒?」


「持っている物と言ってもいいのか、判らないが。元の持ち主が、彼らだから」


 今度は、亨介が身を寄せてささやく。諒が関係あるのかと思いつつ、颯は訊き返す。慎重な物言いで、伝えてきた。透を促して、走り出す。スポーツバッグから離れた八咫烏は、電線へ。フレイムが追ってきて驚いた。


 気温が下がる。パキパキ。立つ音。人や塀の影の中。泡が立つように、闇が丸く膨らむ。付近にいる人間の負の感情に反応していた。暴れ回ってやろうという意思も感じられる。端から凍っていく。


 首筋を撫でる。冷々した風。咲也は身をすくめる。流れを辿って、颯を見やる。そろそろ、と、後ろに下がった。接する別の道まで出る。走り出した。亨介と透に訊かれる。見学すると答えた。


 颯を中心にして、風は渦を描いていた。螺旋を描きながら、空高く登る。観察していた二名が、身の危険を感じて去った。水蒸気を凍らせる。強い日差しが溶かす。鞄の中にある招待状に意識を向ける。家族が部屋に入るのを想定して、持ってきた。正解だった。教室で確認できる。


 たぷん。バケツを揺らして、中に入っている水が動いた音。瞬間、頼子は総毛立つ。ザアーッ。音を立てて血の気が引く。歯の根が合わない。鳴り響く、警告音。本能が訴える。危険を。


 たぷん。再び、立つ音。音源を探して、頼子は辺りを見回す。塀が両側から迫る道に、水を入れられる入れ物はない。


 たぷん。三度鳴る音。視線を下げる。家が遮ってできた影。中心に、深さのある黒。自分の影が重なってできた……。違う。頼子は否定する。太陽の位置的に、あり得ない。


 噴き出す、黒い煙。いや、煙状の液体。広がる臭い。側溝の汚れをかき出した時に出る臭いと同じ。頼子は顔をしかめた。


ボコン。深みのある黒色の液体が、盛り上がって沈む。ボコボコ。泡ができて消える。たびに、煙状の液体が吹き出て、広がった。地下水が出てきていると疑う。アスファルトに亀裂はない。底無しの闇を覗いている感覚。教えられた異質な闇か、頼子は思い至った。


「ようやく、対面がかなう日が来ようとは」


 足元から聞こえてくる。地の底から響いてくるような低い声。ビリッ、と、する。ドライアイスに触れたような冷たさと痛み。頼子は震え上がった。

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