現代・日本12

 ムクッ。人間なら、頬を膨らませた状態。八咫烏が思念を送ってくる。自分が三番目なのが、気に入らない。死神の二つ名を持つ、無月は仕方がないにしても、温厚な新月より下なのは、解せない。命を助けてやった時、自分が兄になると約束した。


「死神と双璧を成す、新月が温厚な訳がなかろう? オレが兄と認めるのは、カナタさまだけだ」


 配下の一位、二位は動かさない。カナタを尊敬していると、亨介は返す。只人に劣るとでも? 八咫烏がカナタをおとしめているように聞こえた。


「限られた地域とはいえ、人々に信仰されていた神さまで。太古の存在の方々の末席に加えられた、カナタさまに。御使いも満足にできないお前が、けなすのは許さない」


「……」


 明確な怒り。亨介の身を包む、卯の花色の光。足元にできた影。くっきりとした黒。負の感情に反応して、粘りのある液体のように動く。八咫烏が凍りついた。空に佇む二名が、注視しているのが伝わる。


「忘れるなんて、亨介らしくない。カナタさまは俺の教育係だよ」


 後から後から湧く、怒りの感情。火に薪をくべられている状態。冷静な亨介の思考が押されている。見て取った颯は軽い口調で主張した。


 いざとなったら、闇を凍らせる颯がいる。思い出した亨介は、落ち着きを取り戻す。うっとりとしたまなざしを向ける。ヒョッ。影の中の闇は、後ろに身を引く形を取る。遅かった。丸く突き出た天辺から崩れて塵になり、日の光に溶けた。


「忘れたか? 確かに、約束をした。友達になろうって。八咫烏、お前とは、対等だ」


 ふうっ。亨介は息をつく。電線に止まる八咫烏を見上げた。伝えた言葉に、見えない壁の向こうから反発する声が聞こえてきた。配下の無月と新月だ。刀に宿った思念体が、横並びや上に立とうとするんじゃない。声に出さずに叱る。言葉に詰まったのが伝わった。


 言われたかな。八咫烏は首をかしげる。でも、友達で対等な関係は、魅力的だった。多少のことは、目をつぶる。羽ばたいて、亨介の元に向かう。途中で体を鷲掴みにされる。血の気が引く。移動して、腕の中に収まる。仰ぎ見た。柔らかく笑い掛ける頼子と目が合う。視線を転じる。亨介の仕業で、理由が判った。


 飛んでくる八咫烏の向こう。競い合って近づいてくる、普通のカラスの群れ。見つけた亨介は、友達を移動させた。人智を超える力を使って。一羽だけに褒美をやる形では収まらない。覚悟した。


 音を立てて、カラスは降りてきた。亨介が上向けた手の平。くわえてきた物を載せる。


「確かに、鏡だ。ありがとう」


 鏡を裏表と返す。傷一つ、ついていない。感心した亨介は、持ってきてくれたカラスに感謝した。褒美をくれ、と、騒ぐ。スポーツバッグからプラスチック製の弁当箱を取り出す。蓋を開けた。甘い香りが立つ。角切りにした果物だ。縁に捕まると、カラスは顔を突っ込む。匂いに負けて、他のカラスが群がる。ググッ、と、箱を下に押された。


「一羽につき、一個だぞ」


 ダメ元で、亨介は声を掛ける。あまりの数の多さに、足りなくなる恐れがあった。手柄を立てたカラス以外が欲しがるのがおかしいのだが。ケンカになりそうなので、黙っていた。

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