現代・日本11

「おーい! カラス。門の柱の上に、鏡を置いてきてしまったんだ。取ってきてくれないか? 褒美をやるからさ」


 電線を見上げて、亨介は頼む。じっと、八咫烏は見返す。プイッ、と、そっぽを向いた。パシリは嫌だと言うように。チッ、と、舌打ちした。


 バサバサバサ。民家の庭。枝葉を揺らして、飛び立つ黒い影。カアカア、と、呼び掛ける。青い空が、見る間に染まっていく。うろうろと、飛び回っていたが。めざとい一羽が見つける。競い合うように向かった。


「あいつら、カラスって呼ばれているのが判っているのか?」


「指差して、何度も言われていれば」


 唖然として、亨介は見上げていた。皆の方を向いて、疑問をぶつける。代表して、頼子が答える。真実なのか、当のカラスに訊かないと判らないが。


「そろそろ、八咫烏に、名前を付けてやれ」


「メンドイ」


 普通のカラスの動きを、視線で追いかけて。悲しさと情けなさを、八咫烏が感じている。汲み取って、気の毒に思った颯が薦める。心底、面倒くさそうに、亨介が言う。


 キッ、となった八咫烏が、一直線に飛び来る。突っつこうと、亨介を追いかけ回す。


「いい加減にしておけよ。燃やされるぞ」


 頃合いを見計らい、颯が止める。ピタリ、と、八咫烏はやめた。残念ながら、亨介の方が人智を超える力が強い。本気で争えば、負けると判っていた。


「カラスのままだと、配下から去られてしまうぞ」


 渋々といった様子で、電線に戻ったのを見て取る。八咫烏の味方になって、颯は忠告した。


「最近、図書館の整理を手伝っているんだよ。新しい世界は創れなくても、図書館を創るのは許されただろう」


「書物を司る存在たちに、任せっきりだったな」


「なんで為政者って奴は、本を燃やしたがるんだろうな。目を通して、分類する作業が追いつかねえ」


 一つの世界を図書館にした件を、亨介は持ち出す。颯もできたとは聞いていた。死者の世界__領域の図書館と呼ばれる。あらゆる世界から、曰く付きの本が集まってくる。一冊ずつ目を通して、憑いているものを祓う必要があると聞いた。書物を司る存在は、二名。事足りると思っていた。


「まさか、分類作業中に、探しているのか? 良い名前がないか」


 気づいた颯は、確かめる。協力する時間が、亨介にあったとはと驚かされた。自分にも手伝うように要請されるのは、時間の問題。無類の本好きが、もう一人いるのを思い出す。虹に話そう。喜んで、手を貸す。


「他に、どんな方法がある? 付けるからには、カッコイイ名前を付けてやりたいだろう?」


「他人に訊けば、早いと思うが」


「じゃあ、候補を挙げてくれよ」


「やたちゃん」


「カア助」


「やたちゃん」


「カア坊」


 訊かれた颯が提案する。ろくな名前は出てこない、と、予想しながら亨介は頼む。頼子、透、咲也、颯の順に言う。


「無月(むつき)、新月(しんげつ)。呼んだ後に、やたちゃん、カア助、カア坊か? 釣り合わねえ」


 配下の二名の名前を挙げて、バランスが取れないと亨介は嘆く。愛称だ。

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