現代・日本2

 怒ると、颯は予想した。が、正直に話す。案の定、フレイムの機嫌が悪くなる。白い羽毛で覆われた、ラグビーボール形の体。包む翼を膨らませる。くちばしで、つつく。羽ばたいて、黄色の足を向けてくる。鋭い爪で、ひっかく魂胆と判る。最後の一言に納得して、腕に捕まり直した。


 少し、フレイムは頭を下げる。撫でろ、という意味だ。赤い鶏冠ならぬ、赤い羽根のような冠。颯は避けて人指し指で撫でてやった。


 ベッドについている颯の左手。伝って登ってくる感触。肩に辿り着く。柔らかな毛がくすぐる。左側の首から顎にかけて、体を押し付けてきて上下する。


「きみも、おはよう」


 ややあって、離れる。満足したと伝わった。颯は左を向く。形は、リス。でも、藤紫色の毛並み。クリッとした黒い目は、幸せそうだ。挨拶すると、玉の形に戻る。細い鎖を形作って、首に回った。ネックレスが掛かる。夜は、リスの姿で、傍らで丸まって眠るのだ。寒いときは、掛け布団の中に入ってくる。気温を感じる訳はないと思っているが、どうなのだろう。


 魂核にも、固有の名前をつけてやるべきか? 颯は悩む。良い名が思いつかず、諦めた。


 ベッドの端に寄る。颯は木の床に足を下ろす。立ち上がって、一歩。枕元に近い、窓辺に寄る。帽子を掛けるのに、便利そうな止まり木。フレイムに移ってもらう。ベッドに寝転がった時、足が向く方。数歩進んで、備え付けのクローゼットの扉を開く。


 ハンガーに掛かる服。余裕を持って、並ぶ。視線が止まるのは、詰襟の学生服。丈が長い。唯一、もう少し、背が高かったらと思う物。なぜ、と、問いかけたくなる、白。さすがに、藤紫色にして、とは言わない。方向性が別になる。左胸に、校章。翼を図案化した。


 制服に手を伸ばす。手を胸元に戻す。颯の脳裏をよぎる。今から朝食。こぼして、汚したら。悲惨だ。右隣にある普段着。Tシャツに、デニムのパンツに着替える。


 窓に近づく。部屋の角に沿って、作られた。藤紫色のカーテンを開く。正面に公園。高さのある木々が、道に沿って植えられている。並ぶ、幹の間。遊歩道に、散歩する人たちの姿。奥に、芝生。レジャーシートを広げて、弁当を食べるのを許されている。


 視線を感じた。颯は顔を上げた。青い空を横切る、黒い電線。捕まる、黒いカラス。目が合う。目つきが悪く、見えた。一回、羽ばたく。三本の足。片倉 亨介(かたくら きょうすけ)の配下の八咫烏だ。電線に捕まり直した、カラスが下を覗く。カア、と、鳴いた。


「あー!!」


 つられて、颯は覗く。高木の下。隙間を埋めるように、植えられた低木。近くの歩道に、亨介がいた。黒のジャージーを着て、黒のスポーツバッグ、学生鞄を持った。互いに、指差して、声を上げる。後ろで、フレイムが羽ばたく中。脱力した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る