現代・日本1

「コケコッコー!!」


 暗闇の中。響く、鳴き声。ん? フェウィンは首をかしげる。シルフィア世界に、コケコッコと鳴く生き物がいたか? 自分は、母のシルフィアに会いに……。


 ガラス戸を開く。七人家族でバーベキューができて、テントを張れる広さのバルコニー。半ばに、空へと伸びる階段。フウッ、と、フェウィンは息をつく。シルフィアが訪問を許してくれたという印。


 三段ほど登って、足下を覗く。床に接する段から消えていく。侵入者を防ぐ目的で掛けられた術のせいだ。シルフィア自身に何か起きれば、世界自体に影響が出る。束縛する物でもある。もう、いらないはずだが。頭をよぎった考えに、疑問符がつく。答えが出ず、保留する。再び、階段を登り始めた。


 薄っすらした白雲を抜ける。扉が見える。左右に壁がない。着くまで、もう少しだと思わせる。階段を登りきった。狭いながらも、もうけられた空間。着ている服の乱れを整える。扉を叩く。開く


 戻ってしまった。錯覚させる。頭の上、広がる。濃紺色とつつじ色。等しく分けられた。風が運ぶ。花の香。下では、難しい。生活する上で、発する臭い。獣が掘り返したばかりの土の匂い。獣の臭いが混ざるからだ。


 滑らかな黒い床に、できる影。高き背。白い衣を着た人が振り返る。サラサラした黒の短い髪。淡い橙白色の肌に掛かる。卵形の顔。教えられた、整った目鼻立ちまで似ている。母のシルフィアだ。なつかしさがこみ上げ……る?


「羽を分け合ったと、あなたが主張する。結婚する女を連れてくると思ったわ。残念ね。検分してやろうと、用意して待ち構えていたのに」


「すでに、ご存知と思われますが。彼女は主直轄の警護隊の隊長なので、領域を統べる主の傍を離れられないのですよ。妙案がないか、考え中です」


 シルフィアの大きな黒い瞳と合う。口をついて出る、言い訳。衝撃を受ける。自分の……フェウィンの声じゃない。でも、耳になじむ。声変わり前の高さで、同じ。明らかに判る、別人の声質。自分が話した内容。領域ーーあらゆる世界の頂点に立つ世界ーーに関する。入るのを許されるには、成人の儀式を経て……。


 記憶を辿り直す。一瞬にして。転生したのだ。今の自分は、天宮 颯(あまみや そう)。高翔(こうしょう)学院、高等部一年の。自分が有する力で、シルフィア世界の維持もしている。


「コ?」


 聞こえてきた疑問の声。コケコッコと鳴いたのは、フレイム。侵入者の残党に仕掛けられた罠のせいで渡った、異世界・氷の花(こおりのはな)。親鳥が落とした卵を、宙で受け止めた。温めたら、雛が孵った。火しか食べない、不思議な鳥だ。


 バサバサ、と、羽ばたく音。寝坊すると、くちばしでつついて起こす。前に、起きなければ。


 まぶたを開く。ヨッ、と、颯は身を起こす。右の肘を曲げて、掲げる。飛び来る、鶏に似た姿。降りてきて、黄色の足で捕まる。胸元まで、腕を下ろす。


「おはよう、フレイム。昔の夢を見ていたんだ」


 クリクリした、フレイムの黒い目。颯は覗く。自分と会った頃のか? フレイムに訊かれた。


「会う前の話。……怒るなって。きみと会った頃を思い出すと、未だに、あの世に渡りたくなるからね。……今の方が大切、だろう?」

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