シルフィア世界・9

 濃紺色から、つつじ色へ。主役を明け渡した空。半日も経ったか? キセラは不安を覚える。体感的には、二十~三十分くらい過ぎた。機械仕掛けの時計があれば、正確な答えが出た。そびえ建つ、城を見て安堵する。複数の塔を擁する堅牢な建物。人智を超える力による争いが起きても、びくともしない。現実的には、ランセムが守ったと思われるが。


 真下から押し上げられる。左右に振られる。障壁を作って、風を防ぐ。二つの玉ころが声を揃えて、大丈夫? と訊く。キセラは大丈夫と答えた。視線を下げる。


 景色が、一変していた。大きなくぼみが幾つもある。新しい所に、山や谷ができた。川の流れも違う。豊かな森の三分の一が、消失。今のままでは、酸素の供給があやぶまれた。住みかは何とかなっても。食糧の確保は、難しいと思われる。食糧庫を開く必要があるが。進言せずとも、判っていると思いたかった。


 視界に入る。一棟、欠けた塔。キセラは思い返す。建設に携わった者たちの代表者から、ランセムが叱られた。今になって考えれば、塔を折って解決したのが。もっとも、穏当だったかもしれない。


 複数の塔の下にあたる建物。真ん中辺りに、七色の光。ランセムがいると教える。有する力の量が、少なくなっていた。城を守るために、広げてきた力が尽きかけている。騒動が収まったと教えてやろう、と思った。目指して飛ぶ。


「ランセム殿、事態は落ち着いたぞ」


「キセラ殿。異変は起きなかったか? 身の内を駆け抜ける不快感のような」


「なかったが。何かあったのか?」


「ないなら、良いんじゃ」


 露台に降り立ち、障壁と広げていた羽を仕舞う。硝子戸を開いて、キセラは室内に入る。椅子に座って腕を組む、ランセムに知らせた。妙なことを訊かれて、眉根を寄せる。訊き返したが、教えてくれる様子がない。気になったものの、問い掛けられる雰囲気じゃない。空いている席に座った。


「ところで、アレキサンドラ殿は、どうした?」


「側近に耳打ちされて、出ていったぞ。血相を変えて」


 部屋を出る前にはいたな、と、キセラは訊く。思い出したように、ランセムが答えた。


 硝子戸とは、反対側にあたる廊下側の扉が叩かれる。返事を待たずに開かれた。入ってきたのは、一人の青年。間近に来て、片膝をつく。


「セフィットさまが後片付けの陣頭指揮を執られて、フェウィンさまは疲れが出て休まれるそうです。セコイアさまがいらっしゃれるので、もう少しお待ちください」


 言い終えたが、使者は立ち上がって後ろへ。監視するかのように、留まる。ランセムとキセラは、顔を見合せた。人智を超える力を使った後の、体への負担は大きい。動けるということは、セコイアは余力を残した。侵入した存在を倒しきれていない。フェウィンに押し付けたと意味する。アレキサンドラの作為が感じられた。


 立ち上がったランセムは、後ろを向く。使者に一声。部屋の隅に連れていく。ひそやかな声で訊く。


「そなた、聞いておらぬか?」


「何を、ですか?」


「運命の歯車に、異変が起きた、と」


 もったいぶって、ランセムが問い掛ける。使者は訊き返した。告げられた内容に、衝撃を受ける。が、心当たりがあるという顔をした。話をさせて、自分が経験したことと一致すると判った。


 衝撃を受けて、使者の意識がそれる。キセラは手元で穴を開けた。自分が居る部屋と別の部屋をつなげた上で。もうすぐ会えると、跳ねる玉ころを弾いた。治癒の力を載せて。まっすぐに通り抜けた後、穴を閉じる。済ました顔で、ランセムたちが戻ってくるのを待つ。後は、向こう側にいるものたち同士で、何とかするだろう。

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