シルフィア世界・8

「ラフィッツ、ルシア。お二方を自然に還してさしあげろ」


「はっ!」


 フェウィンは名前を呼ぶ。自分の配下の。シルフィア世界と異界の境界を越えて、現れる。茶褐色の肌をした人間の姿に変わった。下手なのか、変化しきれず。獣の耳と尻尾が残ったまま。ちらり、と、仰ぎ見て、命令を下す。どちらも、背丈よりも長い柄を握り直す。ラフィッツは槍の穂先を、ルシアは鎌を、敵に向ける。滑るように、敵に迫った。


「記憶を司るミオゾテュスさま、孤独を司るシアンさま。お帰りください、自然へ」


 名前に関する術を使う。背を向けて、フェウィンは歩き出す。運命の歯車が逆に回転したことで、敵自身直した傷が復活した。原因は、持っていたのが、まがい物だったから。不安が芽生える。代償に、何を支払わされる?


「完了しました」


「ご苦労」


 ルシアから伝えられる。フェウィンはねぎらう。ついでに、頼む。今居る所と、自室をつないで欲しい。人智を超える力は、有り余っているが。体力が尽きていた。体を鍛えることも重要だと痛感する。


 頼まれた内容に、疑問を持つ。ルシアとラフィッツは、主の顔を覗く。蒼白と知って、血の気が引いた。初めての人智を超える力での戦い。力尽きるまで、空を飛んでいるのと訳が違う。体にも心にも、負担がかかって当然。気づかなかった自分たちは、配下として失格だ。


 武器だけ、異界に戻す。ラフィッツは主から借りた力を使い、空間をつなぐ。扉を開いて、振り返る。かがんだルシアは、肩を貸す。フェウィンの体が冷たくて、ドキッとする。体温を上げるために、震わせていた。芽生えた不安を読み取った主が、かすかに笑う。配下を不安にさせるなんて、主として失格だ、と。


 ルシアは自分がふがいなく思えた。自分の方が年が上なのに。気遣わせてしまった、と。フェウィンの息が上がっているのを見なかったことにして。半ば、担ぐようにして、室内に進む。


 視界の端に入る、机の上。置いてある招待状。フェウィンが知らない名前が記された。突然、現れたのを覚えている。次代の主に、興味を持った存在からの誘いと見当をつけた。キセラやランセムに相談したいところだが、無理だった。


 めまいが起きていた。頭がガンガンする。吐き気もある。気分は、最悪。足取りがおぼつかず。体がふらつく。不意に、フェウィンは顔を上げる。視線の先。開いた硝子戸。ケンカは外でやれ、と、追い出された。吹き込む風が、冷たい。体が辛いと、ルシアに伝わる。手振りで知らせて、ラフィッツが小走りで向かう。戸を閉めた。


 立っていられず、寝台の端に腰掛ける。座ってもいられず、寝転がる。横向きの方が楽、と教えられたのをフェウィンは思い出す。体を動かしただけで、悪化する。まぶたを閉じた。大きな力を使った代償は、高額だと思い知らされた。

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