シルフィア世界・4

 なだらかな丘の斜面にできた。大きなくぼみ。噴火口に似た。真ん中で仰向けに倒れた。フェウィンは願う。隕石が落ちたと言い訳ができたら良いのに。体を起こして、動かして確かめる。不純物が混じっていても、人智を超える力。クッション代わりになり、ケガを防いだ。


 空を滑るように、敵が間近に進んでくる。立ち上がって、フェウィンは見上げる。手の中に、藤紫色の光の塊を作る。意図的に見せたと、敵が推察するのを見越して。高々と投げ上げる。指先ほどの小さな水色の力が、追い掛けろように上がって貫く。細かく砕かれて、ゆっくりとした光の雨が降る。一直線に、敵が降下してきた。


 手のひらの他の色が混ざった藤紫色の光が消える。集めておいた力が尽きた。いくら待っても、己の力が出てこない。フェウィンの血の気が引いた。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。フェウィンの頭の中を駆け巡る。うなじがチリッ、とする。勘が働く。立ち上がって、走る。筋に沿って、くぼみの側面を上がろうとした。掘り返されて、柔らかい土。足を取られて、思うように進めない。


 視界の両端で、水色の光を捉える。地面に触れた瞬間、大きな音が立つ。えぐって、土の塊や石を散らす。砂埃を上げた。凸凹に足を引っ掛けて転ぶ。


 次の敵の攻撃。フェウィンの背中を押し上げる。体が宙を舞う。敵の足が間近に迫る。脇腹から弧を描く鎌が突き出る。直撃はまぬがれたが。体が吹っ飛んだ。


 地面に叩きつけられる寸前。今度は、槍が突き出る。とっさに、フェウィンは柄を掴む。先に、槍が地面に刺さる。柄はたわんだものの、折れずに勢いが止まる。体の向きを変えた。茂みをクッション代わりにした。ルシアとラフィッツの機転で、助けられる。感謝した。


 名前、名前、名前。つぶやいている自分に苦笑する。確かに、名前を使った術は、幾つかある。見えた幻の中の犯人に、水色の光をまとう者がいた気がするが。敵より上位に立たなきゃ意味がない。名前を読み取ろうとする案を、現実的じゃないと却下した。


 召喚は不可能。ルシアもラフィッツも異界の住民。シルフィア世界側に呼ぶには、人智を超える力を与え続ける必要がある。


 フェウィンは茂みを出た。枝葉で皮膚に赤い筋ができる。血がにじむ。力の暴走を恐れている? 自らに、問い掛ける。まさか、と、否定する。塔をぶつけて侵入者を捕まえたランセムは、暴走を恐れていたと語った。自分はありえない。当のランセムとキセラが来ている。兆しが見えれば、止めてくれると信じていた。


 ラフィッツの警告。直後、ドスッ、と音が立つ。背中に突き当たる。痛い、熱い。肉が切り裂かれる感触。喉に詰まったものを吐く。血が飛び散る。心臓がばくばく言う。呼吸が浅い。


 命の危機に瀕しても、力が出てこない。フェウィンは気づく。自分に強力な術が掛けられている可能性がある。封印するのに合わせて掛けた。術者は、アレキサンドラだ。自分の息子のセコイアに、主の座を継がせるために。


 フェウィンが見上げた先。宙に佇む敵の周り。砂のような大きさ。他の色が混ざった藤紫色の光が、糸のような光を四方に伸ばす。結び合って、網が形作られる。速度を上げて縮まり、敵に絡まる。刃を形作り、切る最中。頭の天辺の近くまで落ちてきていた。投げ上げた力の塊は、二つ。高さを変えた光が遅れた。青緑色の光で形作られた障壁が、傘のように指し掛けられる。目を見開く。


 胸から切っ先が出てくる。推測どおり。青緑色の光でできた刃。前のめりに倒れた。地面に縫い付けられる。フェウィンは歯噛みする。セコイアの奴、口程にもない。


 目の前が暗くなる。頬に当たる風。浮遊する感覚。フェウィンにとって、お馴染みの。学友に分け与える前までは、羽を広げて飛んでいた。


 一旦、まぶたを閉じて、開いた。地平線の彼方まで続く。折り重なった屍の山。体の向きを変えても、眼下に広がる光景は同じ。術が発動した結果……か?


 空気がゆらめく。フェウィンは顔を上げる。直感した。未来を視ている、と。幾筋も伸びる道。すべてが、行き止まり。遅かれ早かれ。シルフィア世界に住まう民は、滅びる。掛けた術が発動しても、しなくても。民を守れなかった罪悪感で、自ら命を絶つ。


 アレキサンドラが書いた脚本。理を歪めるほどの力。可能なのは、あらゆる世界の頂点に立つ世界の出身の存在だけ。理由。たった、一名の主を守るため。


 ふざけるなよ! フェウィンの肚の底からの怒り。あらゆる世界の頂点に立つ世界の存在に課せられた道義。人智を超える力を使って、命を奪ってはならない。どんな理由があろうとも。


 力が欲しい。フェウィンは願う。強く、強く、強く。未来を覆せるほどの力が。

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