シルフィア世界・3

「見せてやろう」


「あらゆる世界の頂点に立つ存在の力が、いかなるものか」


 敵が放った一言。足元で、力が渦を描き出す。一名は、水色の光。一名は、青緑色の光。色が付いている力が証明していた。敵の言葉が正しい、と。


 フェウィンを除いた全員が激しく動揺する。誰もが知っている。あらゆる世界の頂点に立つ世界の存在は、桁外れの量の力を有するという。場の空気が一変した。


 まるで、砂浜に立っているみたいだ。フェウィンは感想を抱く。足首までひたる波が引く。水平線が地平線に変わる。広範囲に渡り、海の底がむき出しになる。知識はある。危険な兆候だ、と。直に、壁のような水の塊がやってくる。


 前提として、世界を統べる主は、世界内に住まう民の命を守る。いかなる感情を抱いていたとしても。


 なんて、言葉を掛ければ良い。フェウィンは悩む。日頃から自分をけなしてきた連中に。翼を分け合う相手がいないってだけで。避難=逃げる。という考えで、後に仲間からそしられることを恐れて、動かないことを固く決意している連中に。逃げずにやり過ごせた自分を褒めると想像できる連中に。どんな言葉なら、届く?


 建物の外。夜行性の獣が、吠えるのをやめる。立てていた物音が、小さくなる。身を潜めたか、遠ざかったか。建物の内。人外の物。縫い止められる、話す口を。動く、自由を。

 剣呑さが含まれる静寂。嵐の前の静けさ。


「自分の身は、自分で守れよ。後は、知らねえ」


「愚か者。貴様に言われずとも、判っておるわ」


 声を張って、フェウィンは警告する。予備に言われなくても、と、学友の一人が言外に告げてきた。セコイアこそ、次の主と認めているからこその発言だった。当の本人は、一言もない。


 フェウィンが発した声は、人外の物を解き放つ。脱兎の如く、逃げ去った。人間よりも、賢明な判断ができると評価した。


 叫んだ時が、逃げる好機だった。敵の足元で渦を描いていた色付きの光は、頭の天辺まで包み終えていた。視線だけで、合図を出し合う。青緑色の光に包まれた敵は、セコイアの方へ。水色の光に包まれた敵と、フェウィンは向き合う。


「きみは、翼を分け合う相手がいないんだって? 劣るきみが、ぼくらに勝てると思うの?」


 敵からの問い掛け。聞き慣れた内容。普段、学友から訊かれている。からかいと見くだす感情が含まれた。初陣で舞い上がったフェウィンの足を地に着けてくれる貴重なものになった。


「ぼ……俺の翼を分け合う相手は、せっかちでね。先に、未来へ行ってしまったんだ」


 学友から忍び笑いがもれる。いつもどおりの返し方を、フェウィンはする。


「でも、片翼では、飛べないだろう?」


「俺、片翼って、言ったかな?」


 当然の問い掛け。敵は不思議そうだ。さっきよりも、大きくなる、笑い声。袖を引き合い、笑っちゃダメと言い合う学友。首をかしげて、フェウィンの独り言。敵は警戒し始めた。


「封印解除」


 自分に向けて、フェウィンは言う。直後、胸の前に模様が浮かぶ。正面にいる敵は捉える。藤紫色の光の線で円と内側にカギが描かれるのを。右回りに動いて開く。胸元を中心にして、渦を描く。他の色が混ざった光。


「面白い!」


 宙を滑るように、まっすぐ向かってくる。敵に対して、フェウィンは左足を前に出す。腰を落として、足を踏み締める。右手を握り、混ざり物の力を集める。敵が拳を突き出してくるのに合わせて、自らの拳を突き出す。


 先に、藤紫色と水色の光が当たる。視界が暗く濁る。双方、ハッ、とする。力が触れている拳の先から、色が薄くなっていく。力が相殺された。


「ケンカするなら、外でやれい!」


 耳元で聞こえた。フェウィンにとっては、馴染みの声。後ろへ弾き飛ばされる。独りでに開いた扉、自分の部屋、独りでに開いた硝子戸。景色が流れていく。


 力を使い、勢いを止める。傾く体を立て直す。敵の姿を探す。

 濃紺色が大きく広がった空の下。フェウィンはランセムを見つける。向こう側の城の壁が透かし視えた。幻だ。今より、二つか三つばかり若い。座り込む、彼と同じ歳くらいのキセラ。指先を少し切っただけと伝える。透けていても判る。青ざめているのが。


 背を向けて、ランセムが飛び立つ。七色の光に包まれた姿。城を形作る塔の一つ。半透明な塔の前。蹴って、折る。外側に倒れていく。真下に移動。一旦、担ぐ。持ち直して、全身を使って投げつけた。


 飛んでいく、塔の先端が示す先。開いている穴に向かって、空を駆ける複数の人影。それぞれが、異なる色をまとった。大きな音に、動きが止まる。見おろした先に、飛んでくる塔。自分たちに向かって。目を見開いた時には、打ち当たって落下。全員が捕まった。


 キセラの前に立つ、一名。手錠を掛けられた。渋々といった様子で、彼女に掛けた術を解く。脇に立つ、ランセム。向かいに立つ、女から説教を食らっている。内容から推測。城を建てた際の責任者だ。


 開いたまま。気づいたフェウィンは、口を閉じる。昔、尋ねたのを思い出す。塔が折れた原因について。小さき獣たちのために、折ってやったとは考えにくかったからだ。ランセムは笑って答えた。若気の至り、だと。


 敵が肉薄してきた。フェウィンは飛ばす。複数の力の塊を。色が混ざった藤紫色の光が、尾を引いて飛んでいく。脇を通り抜けた光が、敵の後ろで向きを変える。挟み撃ちにしたか、と、思われたが。空高く飛んで逃げる。追っていった光も、力尽きたように消えた。


 敵が放っていた水色の光の塊。フェウィンの腹に直撃。斜め下に落ちていく。時空間を越えた瞬間的移動。空高くにいた敵に回り込まれて、蹴り上げられる。垂直に上がったところを、蹴り落とされた。

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