シルフィア世界・2

「正門が開きました」

 ラフィッツが知らせる。客が着いたとの。フェウィンは地平線を見やる。炎のような形の光が二つ。赤・橙・黄・緑・藍・青を視分ける。太古の存在と呼ばれるキセラとランセムが来たと判る。不思議な現象については、お二方に訊こうと決めた。

「城を守ったままでの攻撃は、軽かったようです。城内に侵入されます」

「そうだね」

 一撃の効果が限定的と、ルシアが視分ける。認めながら、フェウィンは部屋に戻り、硝子戸を閉める。

「他人の力を自分の力と思い違いして、思い上がった連中に教えてやろう。誰が、主なのか」

 建物の隅々まで広げていた力。フェウィンは手元に呼び寄せる。藤紫色の光の玉が作られた。手を伸ばす。手のひらに、玉が降りる。体内に沈む。周りの景色が鮮明になる。元々の色だ。

 一瞬の沈黙。どっと、わく。壁越しでも伝わる。異界自体が揺れていると思わせるほどの。あちら側で、味方を増やしていたとしか思えなかった。

 元々、ラフィッツもルシアも、先代の主の眷族。生前語っていた。「後継に、フェウィンを推す」彼女・彼らにとっては、セフィットはフェウィンが成人するまでの中継ぎに過ぎない。遠慮しているのが、もどかしくて仕方なかった。本人の口から後継と聞けて、狂喜乱舞した。

 期待に応えるべく。フェウィンは廊下に出る。ぶわっ。鳥肌が立つ。刺すような悪意。右から左へ。水が流れるように、力の流れが見える。最も強い右を向く。

 力の源に、二名の存在。挟まれた真ん中。怯えきって、おどおどした同世代の男女。うっすら、フェウィンは笑う。誰かと思ったら、日頃、威張り散らしていた奴らか。他人の力を己の力と思い違いした。

 廊下の奥。兄のセコイアが歩み寄ってくるのが見えた。

「力の使い方を見てりゃ、判る。いちいち、呪文を唱えていたからな。誰かの力を借りているって」

「木を隠すために、森を作ったのは良い案だ。で、どいつだ? 上に立っている奴は?」

 敵が諭す言葉で、会話の内容が想像できた。自分たちが来るまでの。共に、学んできた連中の衝撃を受けた顔を見られた。一部が思い直すのを見て取る。敵による嘘だ、と。不幸だな、と、フェウィンは感想を抱く。自分の水準がどの程度か計れない奴らは。

「こ、候補の一番上は……」

 脅されて、周りが見えなくなっている。敵の間近にいる奴が口を開く。フェウィンとセコイアが威圧する。

『おいおい。共に学んできた仲間を裏切る気か? 追い詰められた時ほど本性が表れるって聞くが。てめえは、下の下だな』

「一番上は?」

「歴史上の人物と名前が一致している奴だよ」

 静かに、敵は訊き返す。敵からも味方からも、鋭いまなざしを向けられた子は、凍りついて声が出ない。別の子が機転を利かせて叫ぶ。

「ざんね~ん」

「チッ、覚えていたか」

 敵が口々に言う。挟まれている子たちは、ホッ、とする。名前を使って掛ける術があると教えられた。敵に名前を教えるなんて、愚の骨頂。口走りそうになった者に、咎めのまなざしを向けた。

「な~んてね」

「力の量に、大きな差があれば」

「名前なんて、どうでも良いのさ」

 口惜しそうな顔から、一転。小馬鹿にした顔で、一名の敵が言う。もう一名の敵が、面倒くさそうに言う。最初に話し出した敵が後半を引き取った。

 ハッ、とする。ランセムもキセラも。弾かれる、肌を。本能が訴える、危険を。全身が粟立つ。空気がざわめく。さざ波のような揺れ。次々に、人外の物たちが告げに来る。建物に侵入してきた、存在たちの目的を。シルフィア世界の支配権を握る。

 将来、シルフィア世界出身の者が、重要な役割を担う。侵入した存在たちにとっては、不都合な。防ぐために、芽を摘み取っておきたい。

 思わず、向かい側に座る、アレキサンドラを見る。思惑が一致していた。やり方が穏当か、乱暴かの違いだ。彼女が不思議そうに見返す。キセラもランセムもかぶりを振った。

 ついでに、人外の物たちは、不満を述べる。現在の主のセフィットへの。ランセムもキセラも、苦笑いするしかない。経験上知っている。今、説教すれば、反発されるだけ。

 後継候補の手に余る。人外の物から知らせが届く。キセラもランセムも渋い顔。一撃の効果が出なかったと意味する。セフィットがフェウィンに配らせた。候補たちに、力を。本物を隠す、表向き。裏は、現在の主の嫉妬だ。当の彼に、耳打ちする者。はっきり、顔色を変えた。

「失礼」

 一言告げて、セフィットは席を立つ。アレキサンドラ、ランセム、キセラは見送った。

 視線を下げる。キセラの膝の上にのせた、手のひらの中。玉ころの周りに、音符が飛ぶ。まるで、鼻歌を歌っているかのように。キセラもランセムも大丈夫と思い直す。危ないと察知したら、すっとんでいく。

 玉ころにとっては、居心地が良かった。キセラとランセムの傍にいるのは。仲間に知らせる。一個が興味を持つ。列から外れた。

「おっしゃってくださって、かまいませんよ。ランセムさま、キセラさま。わたくしたちの不行き届きなところを」

 掛けられた声に、キセラとランセムは顔を上げる。不安そうなアレキサンドラのまなざしと合う。内容は、相談というよりは、小言をくらう覚悟があるというもの。建物に侵入した存在がいるのに。

「お言葉に甘えて。侵入した存在たちが開いた穴の補修に、手が回っていないようですな。代わりに、直してきましょう」

 立ち上がったキセラが言う。手助けして欲しい、アレキサンドラに頼まれた。解釈したと本人に伝える。

「……。ありがとうございます。助かります」

 アレキサンドラは答えに詰まる。ランセムとキセラが敵の侵入に気づいていることに、衝撃を受けた。キセラの申し出に、驚かされる。セフィットが有する力の量では、敵を退けられても補修は難しい。自分の力は、温存しておきたい。

 承諾代わりに、感謝の言葉を述べる。アレキサンドラは唇を噛む。自分の失敗に気づく。相手を不快にさせない言葉にたどり着くまで、時間がかかった。侵入した存在たちを助けたいと自分が思っている。ランセムとキセラに思わせてしまった。

 原因は、太古の存在と呼ばれる方々が有する力のが少ない情報に囚われたこと。そもそも、シルフィア世界を創られた方々。どちらも、造作もないはずだった。

 キセラが向かう。硝子戸を開き、露台に出る。空へ、飛び立った。

「あたくしの息子のセコイアは、主には向いていませんか?」

 見送ったアレキサンドラは、視線を戻す。思い切って、尋ねる。セコイアに資質がないなら、あきらめもつく。

「答えは、直に出る」

 ランセムは短く答えた。アレキサンドラも気づく。怖いほどの沈黙。人外の物たちの非難がおさまっている。空気が張り詰めた。

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