シルフィア世界・1

 迷子になった。当の玉ころ自身は認めないが。絶対に。争いが起きた瞬間。人智を超える力がぶつかり合う。風が生じた。硝子が入っていない窓から外に、吹き飛ばされてしまった。砂粒だから軽い。

 剣山のように並ぶ、塔。どれも、同じに見える。頼りの藤紫色の光。土台にあたる建物全体に広がる。色の濃さも、力の強さも等しい。敵を惑わせる、工夫がされていた。せっかく、得た力。もっと、有効な使い方をしたい。探すのは、面倒。近辺を永遠に漂っても良い。玉ころは思えてきた。

「どうした? 迷ったのか? ……。気にするな。毎回、妾も迷う」

 間近で、発せられた声。芯の強さが潜む、艶のある低音。緩やかに波を打った淡紅色の髪。あごの下で切り揃えられている。淡い橙白色の肌を包む、着物と似た形の服。幅の広い飾り紐で、前で結ぶ。白い靴を履く。

 姿形は、人間。異なるのは、背中から人智を超える力が放たれていること。円を描いて、背中に戻る。虹色の光を放つ羽にも見えた。

「キレイな羽」

「ありがとう。他の物は、言うがな。七つも色を持って欲深い」

 素直な感想。玉ころは、気づく。果てまで飛ばされずに済んだのは、彼女が広げた手の中に飛び込んだからだ。苦笑いして、彼女は答えた。

「ごめんなさい」

「ここは、『ありがとう』じゃろう。それに、困っている物を助けるのは、当たり前じゃ」

 玉ころは、声を発した訳ではない。彼女が心を読み取って返した。好感を持つ。

「藤紫色の光に惹かれたんじゃろう? 妾も持ち主に会いに来たんじゃが、一緒に行かぬか? もうすぐ、連れも来るし」

 彼女に誘われる。自分も迷っているくせに。玉ころは不満を持った。連れと聞いて、安心した。

「キセラ。やはり、人為的に開かれた穴じゃった」

「ランセム、侵入者か?」

「問題ない。後継者が立派に育っておる」

 虹色の円の形をした、羽を左右に広げて降りてきた。ゆっくり、と。丸坊主頭が特徴的な。肌の色も、服の形も同じ。服の色が違った。黄色だ。背丈は低いものの、がっちりした筋肉質の体型だった。当のランセム側の印象。類は友を呼ぶ。

「わしらの古里シルフィア世界へのお客さんかの? わしは、ランセム。彼女は、キセラ。まずは、主に滞在の許しをいただこう」

 留めてくれたのが、キセラ。彼女の連れがランセム。玉ころは理解したものの、不満だった。今すぐ、藤紫色の力の持ち主に会いたいからだ。

「まあ、急かすでない。塔全体を観察すれば、一棟だけ折れておる。そこを左において、円形に並ぶ塔を下から右に辿れば。城の本体とつながる箇所が見つかる」

「あっ!」

 説明するのは、何度目だ。ランセムの脳裏を疑問がよぎる。客がいると苛立ちを抑えて、話す。キセラと玉ころが気づいて、声を上げた。玉ころは、合点がいく。迷っていることに、触れないでくれた。ランセムに好感を持つ。

 移動は、早かった。ひとはばたき。本体の建物から突き出た露台に降りる。足が石床につく。無音で。キセラもランセムも、羽を体内に仕舞う。外に背を向けた。

 全面硝子張りの窓。室内の様子が見える。歩み寄ってくる、一人の青年。気弱な笑みをたたえた。短い黒髪に、淡い橙白色の肌。複数枚重ねて着た服に負ける。物静かで、書物を親しみ、争いを厭う性質。硝子戸を開いた彼は、ホッ、とした表情に変わる。外に出る。歩みは、途中で止まった。

 青年は気を取られる。キセラが上向ける手の平に。砂粒ほどの玉を視分ける。喜色満面。選ばれたのは、彼女。思い至り、妬む。黒色の瞳を見返す。まじまじと、睨み付ける。後ろで膝をつく面々が、ハラハラしているのを気づかない。未だに、感情の制御が利かぬか。キセラとランセムが、内心、ため息をついたのも。

「お招きいただき、ありがとうございます。現在の主のセフィットさま」

 気を取り直し、ランセムが挨拶する。キセラも会釈する。笑える状況ではないが。玉ころが緊張しているのが伝わる。つい、笑みをもらした。

 無言のまま、時間が過ぎる。後ろに控える面々。血の気が引いた。脳裏に浮かぶ。客を迎えるにあたり、聞かされた説明。正面にいるのは、今、自分たちが住まう世界を創られた方々。主といえども、丁重な対応を求められる。間近にいる者が、手を伸ばす。主の外套を掴み、引っ張る。「挨拶を」と、ささやいた。自分に指図するな、と、不快な表情を浮かべただけだった。

 後ろで、音が立つ。セフィットが振り返る。アレキサンドラが露台に出てきた。神の御元から降りてきた美しさと評される。高く結った青い髪に、銀の冠をかぶる。白い肌に、青い衣に銀糸の刺繍が入った服が似合う。

 向けられる鋭いまなざしに、セフィットの目が泳ぐ。デレッとした顔が引き締まる。アレキサンドラが言外に告げていた。何があったか、知らないが。人智を超える力の量で、主と示せないあなたは。客への対応で、示していくべきだ。目の前の客からの助言を思い出された。主の座を維持していくには、努力と芯の強さが要る。

「お帰りなさい、シルフィア世界へ。ランセムさま、キセラさま」

 心の内で、五つ数える。落ち着きを取り戻す。セフィットは向き直る。視界の左隅に入る、アレキサンドラの姿が。自然に背筋が伸びる。悠然と構えられた。話し合い、予め決めていた挨拶をする。

「ただいま、戻りました。ところで、宴の主役は、どちらですかの? 成人の儀式を前に、挨拶とちょっとした贈り物をしたいと考えておりましてな」

 改めて、ランセムは挨拶する。用件を切り出す。意地の悪い訊き方と、キセラは思う。

 アレキサンドラが手元に向けるまなざし。ハッとして、セフィットの方を向く。顔を見合せても、言葉を発しない。二人が思い違いするのも、容易に想像できた。頷き合って、揃って向き直る。

「ただ今、候補を呼びに行かせますので、中でお待ちください」

「ありがとうございます」

 打って変わり、セフィットが笑顔で室内を差し示す。アレキサンドラが主の傍に控えている者に指示する。承諾の返事をして、男は先に室内に入る。さっきの出過ぎた真似を咎められずに済んだと、安心しながら。

 感謝して、ランセムとキセラも中に進む。いよいよか、玉ころは期待した。

 世界自体を包む壁。触れれば、空間に波が生じる。立体的な波紋と呼ぶべき。伝わってきた波を感知した。フェウィンは自室の硝子戸を開く。露台に出た。見上げた先にあるのは。二つの色がせめぎ合う空。紫が含まれた赤いつつじ色と、暗い青の濃紺色。針を刺したような黒い穴が開く。風が吹き込む。侵入してきた存在と判る。匂いが無い。シルフィア世界は、多種族で成り立っている。体臭・獣臭(汗や、尿、糞など)が強い。無臭は、目立つ。

 大きく広がった穴、入ってきた、六名。存在と呼ばれる、中身だけの物たち。フェウィンは目を疑う。未成年の自分をからかっているのか。恒星が増えた。言えるほどの際立つ光。空を移動していく様は、さながら、彗星のようだ。

 フェウィンは表情を曇らせる。主が侮られていると判ったからだ。城内に意識を向ける。忙しく、セフィットは働く。苛立ちが伝わる。内心、舌打ちするのも。侵入に気づき、防衛の任務にあたる者たちを責めていた。完全に、思い違いしていると判る。世界を統べる主と、政務を行う権力者を同列に見なしている。別物なのだが。情報があらゆる世界に広まり、侵入を許してしまった。

 防衛任務に就く者たちも気づいている。侵入した存在たちに。主の自覚を促すため、無視している。候補を試す意味も読み取れた。気に入らないが、放っておくのも心が痛い。幸い、現在の主の力の量で、対処できると分析しているみたいだし。

 フェウィンは決意する。後継者に選ばれた。候補に過ぎないが。対処する責任は、あると思った。現在の主の面子をつぶさないように、密かに片付ける。

「ルシア、ラフィッツ。良いか?」

「お心のままに」

 亡き母から譲り受けた、眷族に尋ねる。人の目には触れぬ、壁一つ向こう側から聞こえた。

「あっ! 流れ星!」

 手すりにもたれかかる。空を見上げる姿勢のまま。フェウィンは無邪気な子どもの声で叫ぶ。人智を超える力に乗せて。侵入した存在の気を引く。動きが止まったところで、一撃。間近で圧縮させた力を放つ。縦一列に並んでいたのが、運の尽き。先頭から最後尾まで、力の塊が貫く。

「あれっ? キレイに決まっ……」

 意外、と、フェウィンは声を上げる。人智を超える力を使えば、空間がゆらめく。人智を超える力を持っていれば、誰にでも感知できる。避ける行動を取らず、貫かせた理由は?

 最後まで感想を言えなかった。穴側にいた存在の間近。警戒させる光をフェウィンは見つけた。色は、透明。分析する前。世界の狭間を突き進む、人智を超える力に気づく。シルフィア世界に向かって。血の気が引いた。なぜ、大きな力が発生したのを気づけなかった?

 力は、狭間と世界を隔てる壁を通る。穴を開かず。透明な際立つ光が動く。吸い込まれるのが視えた。フェウィンは呆然とする。

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