【SS】夕立に濡れる制服

 1巻エピローグ後。とある放課後のお話。


◇ ◇ ◇ ◇


 仲直りデートの後、僕と千帆と相沢はいっしょに登下校するようになった。

 今日も放課後に待ち合わせ。一足先に合流した僕と千帆は、相沢が来るのを校舎の玄関で待っていた。


 時刻は午後16時を過ぎた頃。

 玄関の屋根の向こうには濃い灰色の空が広がる。

 今にも泣き出しそうな夏の雨空だ。


「夕立だなぁ」


「そうだね」


「千帆。傘は持ってきてる?」


「うん。折りたたみを鞄に入れてるよ」


 僕の隣で千帆が鞄をあさる。

 水色のかわいらしい折り畳み傘を手に、妻はちょっと自慢げに笑った。

 抜け目がないなと感心する僕の横で雲がごろりと重たい音を立てる。雨だけならいいけれど、これは雷も落ちそうだな――。


「雷も怖いし学校で時間を潰そうか?」


「そうね、今日は濡れて透けると困る下着だし」


「その情報は必要ですかね?」


「……見たい?」


「見ません!」


 妻の手をとって校舎の中に引っ込む。

 すると、ちょうど入れ違いで轟音が校庭に木霊した。


 光はない。

 遠い所に落ちたようだが、身体がゆれるほど激しい音だった。突然だったこともあり、僕たちは肩を竦めてその場に飛び上がっていた。


「……びっくりしたぁ」


「……これは帰らなくって正解だね」


 すぐにバケツをひっくり返したような雨が降り出す。

 熱された玄関前の土が濃い色に変わり、夏の雨特有の匂いが立ちのぼった。


 その時だ。

 白いユニフォームが眩しい一団が、わっせわっせとグラウンドを駆けて玄関前へとやってくる。


 野球部だ。

 先頭を走っているのは杉田。

 僕と視線が合うと、彼は気がついて――。


「やだ! 鈴原くんったら、ジロジロ見ないで!」


「みてねー」


 なぜか胸を押さえて身体をくねらせたのだった。

 なんでだよ。(大混乱)


「そんなケダモノみたいな目をして――エッチ!」


「してねー」


「やだ、濡れて胸板が透けてる」


「お前が濡れ透けになるんかい」


 オスゴリラの裸に需要なんてないよ。

 あっち向いてろと僕は手を振って杉田を威圧する。なぜか残念そうに舌打ちすると彼は僕に背中を向けた。


 まったくもう。


 妻の前で変なことを言わないでよ。

 雨雲なみに重たいため息が僕の口を吐く。すると、千帆がなにやら遠慮しがちに僕のシャツを引っ張ってきた。


「ねぇ、あーちゃん」


「どうしたんだい千帆?」


「ちょっとお願いがあるんだけれど」


「なに?」


 振り向くと妻は口元に手を添えて頬をほんのり赤く染めた。雨雲のせいで暗いこともあり、妙にそんな仕草が色っぽく見える。


 いったいどんなお願いだろう。

 ごくりと僕の喉が鳴る。


「あのね、ちょっと変なお願いなんだけれど」


「うん」


「エッチだなとか思わないで欲しいんだけれど」


「うん」


「あーちゃんさえ、よかったらなんだけど……」


 ためらいにためらって、さらに「うーっ!」と唸ると、目を瞑ったまま千帆が僕の方を向く。顔はいよいよ真っ赤。ぷるぷるとその肩は震えていた。


 こんな風にかわいくお願いされたら断れないよ。

 どんな願いでも叶えてあげよう。


 そう覚悟した僕を――。


「私、濡れ透けになったあーちゃんが見たいな?」


「僕が濡れ透けになるんかい」


 度肝を抜くようなお願いが襲った。


 いやいや。

 男が濡れても誰も喜ばないでしょ。


「賛成です! 私もセンパイの濡れ透け姿が見たいです!」


「おるんかい」


 あっけにとられる僕の背後からひょこっと相沢が姿を現した。


 はい、もう逃げられません。

 ゲームオーバー。


 からかい上手一号・二号が揃ったら勝ち目なんてない。あれよあれよという間に、千帆と相沢は邪悪な笑みを浮かべて僕の胸板に手を当てた。


「千帆さん、今こそ力を合わせましょう!」

「郁奈ちゃん! 一緒にあーちゃんを濡れ透けにするわよ!」


 そいやそいやと僕を押す千帆と相沢。

 抵抗もむなしく僕はすぐに校舎の中から雨空の下に突き出された。


 なんです、この誰も得しない展開。

 ひどいや。


「やーん! あーちゃんてば、濡れてもかわいらしい!」


「家に連れ込みたくなっちゃいますね!」


「さぁ、こっちで身体ふきふきしましょうね……」


「大丈夫ですよ。お姉さんたちに任せて……」


 七月の激しい雨を浴びて、僕はたちまち濡れ透けになるのだった。


「だから逆でしょ、こういうのって!」

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