【SS】ありのままの妻を見よう
1巻エピローグ後。夜に千帆の部屋でのお話。
◇ ◇ ◇ ◇
千帆が「今日は私がご飯を作るよ。実家のご飯に飽きてきちゃった」と言うので、彼女の部屋でご相伴にあずかった夜。食器を片づけにリビングへと降りた妻を見送ると、僕は部屋に残って腹ごなしをしていた。
「千帆の部屋でくつろぐのも久しぶりだな」
ついつい懐かしさに部屋を見渡してしまう。
窓際のベッド。木の折り戸のクローゼット。
扉の横に並ぶカラーボックス。丸い白色のローテーブル。
小学生の頃から使うシステムデスクは、几帳面な妻らしくきれいに片づいている。
ほんと、千帆ってばマメだなぁ。
「……なんだあれ?」
ふと、部屋の隅に変な物を見つけた。
折り畳まれたそれは服のようだ。
やけに色が派手。黒地にグリーンの模様が入ったメッシュ地のシャツ。
彼女の趣味じゃない気がするんだけど――。
「……あっ! やだ、あーちゃんったら!」
なんて思って眺めていると、部屋に帰ってくるなり千帆が悲鳴を上げた。
彼女は部屋の隅まで駆けると背中に服を隠してふくれっ面をこちらに向ける。
まるで、不審者に唸る犬のよう。
そんな顔もかわいい。
「もーっ! こういうのはすぐ見つけるんだから!」
「そんなに見られたくない物なの?」
「そういうことじゃないんだけれど」
「と言うか、それなんなのさ?」
「これはその……」
妻の頬が赤くなる。
ますます何なのか気になる。
機能的なデザイン。派手な色使い。胸に印刷された謎の番号。
待てよこれって――。
「もしかして中学の部活のユニフォーム?」
「……うん」
思った通り、それは中学校時代の千帆のユニフォームだった。
すぐに、妻が恨めしそうに僕をにらむ。
「……変態」
「いいがかりだ!」
反論しながらも、説明もないのに「中学時代の妻のユニフォーム」だと分かる夫は確かに変態かもしれないなと思ってしまった。
仕方ないでしょ好きなんだから。
おほん、と僕は咳払いをする。
「気になったのは本当だけれど、邪な気持ちでは見てないよ」
「本当かしら」
「本当だよ」
「じゃぁ、私に着て欲しくないのね?」
「分かった。かねならよういしよう。いくらひつようだい?」
欲望のままに口を吐いた言葉にハッとした。
後悔先に立たず。ほらやっぱりと眉をひそめて千帆が僕に背中を向けた。膨らんだ頬の大きさから妻の怒りが感じられる。
「だから見られたくなかったのよ!」
怒りながらもどこか寂しそうな妻の背中。いじける姿も愛らしい。悲しげにくるくると指で髪を巻く姿にはまた違った色気があった。
ユニフォームなんてなくても、千帆はこんなにもエッチでかわいい。
なのに、妻にこれ以上なにを求めるんだ。
僕は猛省した。
「ごめんね千帆、僕は大事なことを見失っていたよ」
「……分かってくれた?」
「ユニフォームなんてなくても、君は最高にエッチでかわいい僕のお嫁さんだ。ありのままの君を愛すると僕はここに約束するよ」
振り返ってこちらをにらむ千帆。
冷たい視線にたじろぐ僕。
しばらくして、妻は投げやりなため息と共に笑顔を見せた。
「……もう、本当にエッチなんだから」
「すみません」
「服じゃなくて私をちゃんと見てよね」
「はい、今後は気をつけます」
よろしいと千帆がこっちに近づく。すぐに彼女は「仲直りしましょう!」と、僕に正面から抱きついてきた。
どうやら許してくれるみたいだ。
ありがとう千帆。
僕はもう二度と「ユニフォームがどうこうなんて思わないぞ」と心に誓った。
「そうだ。ユニフォームで思い出した」
「どうしたの?」
「今日、プールの授業だったんだ。水着を洗濯しなくちゃ」
「スクール水着ですと?」
「……あーちゃん?」
「……ふぁい」
そして秒で誓いを破った。
密着しているから気持ちを隠しようがなかった。
やれやれ、妻への愛を貫くって難しいね。
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