【SS】平成19年の京都寺町京極

 1巻・3周目、浴衣ダブルデート中のお話


◇ ◇ ◇ ◇


「そうだ! センパイ、せっかくですからアニメショップに寄っていきません?」


「この唐突な流れ。店舗特典SSかな?」


 水色の浴衣を揺らして相沢が商業ビルのエレベーターへと駆け寄る。エレベーターの隣の看板には、テレビアニメでも人気のマスコットキャラが描かれている。


 京都寺町の某アニメショップ。

 僕は懐かしい気持ちでそのポップな看板を見つめた。


 ふと、千帆の顔色をうかがう。「せっかくのデートに、アニメショップはNGじゃないか?」と心配したのだ。


「いいわね。入りましょうよ」


 あれ、意外な反応。


 ぽんと顔の前で手を叩いて千帆が微笑む。

 特に裏は感じない。僕がきょとんとすると、気恥ずかしそうに妻は頬をかいた。


「実はね、私もここにはよく来てたんだよ?」


「そうなの?」


「文ちゃんが『オタグッズを買うのは、昔からここと決めているの!』って、よくつき合わされたのよ」


「なるほど」


 やるな天道寺さん。

 流石は小説家。こだわりのあるオタクは違う。


 そういうことならと僕らはさっそくエレベーターに乗り込んだ。

 四階。エレベーター降りてすぐの壁には、入荷予定や予約受付中のPOPが所狭しと貼られている。今期アニメが流れるテレビ。書籍が平積みになった中央スペース。


 うぅん、この伝統あるアニメショップって感じ。

 たまらないや。


「懐かしいな。僕も高校時代によく通ってたんだよ」


「へぇ、高校の頃から来てたんだ?」


「うん。日本橋(大阪のオタ街)より寺町(京都のオタ街)の方が距離が近いでしょ。だから僕らはこっちの方によく来てて」


「……僕らは?」


 おっとやぶへび。

 千帆がじとりと僕をにらむ。「誰と来たのかな?」と問う視線に僕は顔を背けた。


 まぁ、そんな懐かしい場所も今は昔だ。


 2021年。京都寺町京極にこのお店はもう存在していない。めまぐるしく変化するオタク文化の波にさらされ、数年前にこの店はその歴史に幕を閉じた。


 それだけに目頭が熱くなる。

 僕の頭の中にしかなかった景色を再び見ることができるなんて。


「……どうしたのあーちゃん?」


 店の入り口で僕は天井を見上げる。

 それでも溢れてきそうな懐かしさに目頭を指で押さえた。


 隣の妻が心配そうに顔を覗き込む。「ごめん、ちょっと懐かしくってさ」と、謝りながら視線を下ろすと僕は鼻をすすった。


「……来てよかったや。ありがとう千帆、つきあってくれて」


「なによ、まるでタイムリープしてる人みたいなこと言っちゃって?」


「そうですが?」


 もう大丈夫と笑いかけると、彼女はあきれるように息を吐く。そして――涙に濡れた僕の指先を優しく握りしめてきた。


「じゃぁ、思い出にデートしておこっか?」


「いいのかい?」


「好きな人の大切な場所なのよ。こっちからお願いしたいくらいだわ」


「本当に?」


「本当よ!」


 僕に肩を寄せてじゃれつく千帆。

 いつもなら逃げる所だけれど今は妻のきづかいが嬉しい。


 僕の腕を優しく抱く妻の温もりで、悲しい気持ちはすぐに消えた。


「それに、郁奈ちゃんとはよく来ていたんでしょ?」


「……バレてる」


「女友達はよくて奥さんはダメなの? 青春のやり直しを要求します!」

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