【SS】夫婦なら、毎朝学校まで一緒に登校しても当たり前だよね?

 1巻・エピローグの直前のお話。


◇ ◇ ◇ ◇


 2007年7月16日月曜日7時37分。

 千帆と肩を並べて僕は通学路を歩いていた。


 大阪の夏の朝。

 蝉時雨と匂い立つアスファルトの香り。

 迫る夏休みに浮き足立った小学生が僕たちの横を走って通り過ぎる。コンクリート塀の上ではキジトラの猫がだるそうにあくびをしていた。


「……夏晴れだね」


「……そうだね」


 カンカン照りの青空の下を僕たちは学生鞄を揺らして歩く。

 高校時代に絶交していた僕たちは、こんな風に登校した経験がない。タイムリープのごたごたも落ち着き、今日がはじめての夫婦揃っての登校だ。


 だからだろう。


「……いいお天気だね」

「……そうだね」


 僕たちは会話に困っていた。

 なに話していいかわかんねーなこれ。

 登校デート開始早々、僕たちは気まずい沈黙に支配された。


 おかしいでしょ。


 なんで『通勤途中や更衣室で久しぶりに顔を合わせた同僚との世間話』みたいになるのさ。もっと話せるでしょ。

 僕たち赤の他人じゃないんだからさ。


「いやけど、登校中にいったいなんの話をすればいいんだ?」


 僕のぼやきに「ごもっとも!」と千帆が頷く。

 こういう時、高校生のカップルってどういう話をするの。ラブコメ漫画からヒントを得ようにも、朝から一緒に登校する展開ってそんなにないんだよね。


 ラブコメはつきあう過程を楽しむもの。

 一緒に登校するのはつきあった後なんだわ。


 僕は頭を抱えた。


「まさか夫婦一緒のラブコメがこんな形で問題になるだなんて」


「四六時中一緒だから、プレミア感もなにもないよね」


「むしろ暑くてしんどいだけ」


「お話しするなら涼しい所がいいわよね」


 僕たちはがっくりと肩を落とす。

 こんなのいったいどうしろって言うんだ。


 ふと、何か閃いたのだろう千帆がその手を「ポン」と叩く。すぐに彼女はドヤ顔をすると、僕の顔の前に人差し指をピンと立てた。


 どうでもいいけどちょっとかわいい。


「思い出すのよあーちゃん。私がまだ会社勤めしていた時のことを」


「千帆がフリーランスになる前のこと?」


「朝はよく一緒に家を出ていたじゃない」


「……そうか!」


 一緒に通学した経験は少ないけれど、一緒に通勤した経験なら結構ある。その時にどうしていたかを思い出せばいいんだ。


 未来の記憶を僕は急いで呼び起こす。


 15年後。千帆が独立する前。彼女は大阪市内のデザイン会社に通勤していた。そして千帆が降りる駅まで僕たちは一緒だったんだ。

 その時、僕らはどんな会話をしていたんだ――。


「千帆ってばいつも寝坊気味で、家を出るのが常にギリギリで」


「そうそう」


「毎日のように駅まで全力疾走して」


「ほんとごめんね」


「電車に乗ると、僕にもたれかかってすぐに寝て」


「あーちゃんの肩って寝心地がいいんだよね」


「駅についてもまだ寝てるから、僕も一緒に降りることになって」


「…………ぐぅ」


「言ってるそばから寝ないでよ!」


 こてんと僕に肩を寄せる千帆。

 もちろん寝たふり。


 未来の自分の通勤姿が恥ずかしくなったのだろう。

 気持ちは分かるけれど、そりゃないでしょ。


 ほら起きなさいと怒ってみるが、妻のタヌキ寝入りがそうそう簡単に解けないことも僕はよく知っている。

 こりゃダメだと、僕は妻がもたれかかった肩を揺らした。


「ぐぅぐぅ。あーちゃん好き好き。世界のだれより愛してるわ」


「寝たふりをしながら言われてもなぁ」


 ほんと何を喋ればいいんですかね。

 未来の嫁と一緒に学校に登校するのって思った以上に難しいや。

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