【SS】メイドさんがいちばん!
1巻・出題編の一週間前のお話。
◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまぁ」
「おかえりなさい。お仕事おつかれさま」
残業にへとへとになりながら帰宅した金曜日の午後10時。
僕が家の扉を開けるとパジャマ姿の千帆がリビングから顔を出す。
そのまま彼女は玄関に駆けてくるとぴょいと僕に飛びついた。
お団子にした髪からは濃いシャンプーの香りがする。
「すぐ晩ご飯を温めるね」
「うん、お願い。もうお腹ぺこぺこだよ」
「何か食べてくればよかったのに」
「いや、金曜日だしご馳走を作ってるかなって」
ちょっぴり嬉しそうに笑って離れる妻。自然な手つきで彼女は僕の鞄に手を伸ばす。すると、その手がビニール袋を取りこぼした。
黒のA4サイズ。
とある同人ショップのレジ袋。
昼休みに杉田と駅前に食べに出たのでついでに寄って買ってきたのだ。
ちなみに中身は同人誌。
「あっ、また薄い本!」
悩ましく千帆の顔が歪む。
妻の生温かい視線を僕は「たはは」と笑って誤魔化した。
いい歳して同人趣味がやめられない夫にあきれたように妻の頬がふくれる。けれども、こればっかりは仕方がない。
いくつになっても、結婚しても、オタ活はやめられないのだ。
「本棚にいっぱいあるのに、まだ足りないの?」
「量じゃないんだよ千帆。同人誌っていうのはね、同じ時代を生きて同じ文化を支えた戦友の熱いメモリーなんだ」
「またわけ分かんないこと言って」
千帆が袋を拾い上げる。
そのまま人差し指を袋の口に差し込んで中をチェック。
大丈夫。
今日のは健全な奴だ。
なのに妻の表情は不満げ。ますますほっぺたをふくらませると、彼女はビニール袋を僕へ突き返す。
ふんとそっぽを向いたが――気の抜けたパジャマ姿じゃかわいいだけだった。
「こんなにかわいくて尽くしてくれて、おまけに生活費だって稼いじゃう素敵な奥さんがいるのに、アニメの女の子にうつつを抜かしちゃうんだ?」
「いや、それは違うよ」
「なにが違うって言うの?」
「僕は話が好きなだけで、出てくる女の子が好きとかじゃないんだ」
「メイドさんの本ばっかり集めてない?」
「……気のせいだよ」
「そのお店のマスコットキャラもメイドさんだし」
「……ただの偶然だよ」
「私もかわいいメイド服を着たら、もっと愛してくれるのかしら?」
妙に突っかかってくるな?
そんなことしなくても千帆は魅力的だよ。
たわわなお胸にぷりっとしたお尻。触れれば指が沈み込むマシュマロボディ。甘いシャンプーの香りのするふわふわした長い黒髪。
拗ねる姿もまた愛らしい妻を今度は僕が抱きしめる。パジャマの上から彼女の肩を優しく撫でると、ふくれたマシュマロほっぺを鼻先で突いた。
くすぐったそうに千帆の顔に笑みが浮かぶ。
「千帆はそんなことしなくっても僕の大切なヒロインだから」
「けど、本当はコスプレして欲しいんでしょ?」
「やけにこだわるね」
「文ちゃんが言ってたの。コスプレしてあげると男の子はすごく喜ぶって」
「なにやらせてんだよ杉田の奴」
うらやまけしからん。
親友の恋人のコスプレ姿を想像してちょっと悶々。
ついでに妻のコスプレ姿も想像して悶々。
うぅん。
悪くないかもしれない。
すると、せっかく穏やかになった妻の顔がまた険しくなっていた。「次の言葉は慎重に選んでね?」という無言の圧に僕の額を冷たい汗が流れる。
「とにかくそういう趣味は僕にないから。安心してよ千帆」
「本当に?」
「本当だってば」
「バレー部のユニフォームは?」
「あれは千帆が着ていたからいいのであって」
「メイド服とか着て欲しくないの?」
「それは」
「バニースーツとかナース服とか着て欲しくないのかな?」
「……着てくれるの?」
青春系ラノベの表紙のような妻の笑顔に僕は自分の死を確信した。
バッドコミュニケーション。(白目)
夫婦の営みの難しさよ。嘆く間も弁解する間もなく、千帆はシャツの上から僕のお腹の肉を摘まむと力いっぱいに捻るのだった。
妻の愛が今日も痛いよ。
「あーちゃん、なんで嘘を吐いたのカナ?」
「……違うんです。もしかしたら、本当にコスプレしてくれるのかなと思って」
「それで、何のコスプレをして欲しいのカナ?」
「ぜひ! メイドさんで!」
「よし! 絶対に着てあげない!」
◇ ◇ ◇ ◇
気になるメイドコスの結果はぜひ発売中の単行本で!
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