1巻発売御礼SS

【SS】音羽の滝の三択問題

 1巻・1周目の京都デートでのお話。


◇ ◇ ◇ ◇


 清水の舞台から階段を下りた場所。不動明王が備えられた参拝所。その屋根から伸びる三つの滝を、多くの観光客が長い柄杓を使ってすくっている。

 京都清水寺名物『音羽の滝』。

 修学旅行で清水寺を訪れた人たちにはおなじみの場所に僕と千帆はやってきた。


「ここの滝の水を飲むと御利益があるのよね」


「そうそう。滝ごとに御利益は違っていて、左から『学問』『恋愛』『健康』だね」


「全部飲むと御利益がなくなっちゃうんだっけ」


「初見殺しだよね」


 なんて妻と話ながら社殿の入り口へ。

 三つの列の最後尾を眺めて僕は唸った。

 さて、どれに並ぼうか。


 変なのを選んで隣のお嫁さんにあきれられたくない。見た目は子供でも中身は大人なので、小学生の頃にみたいに『全部飲む』なんてとぼけたことはできなかった。


 ちらりと千帆の顔色をうかがう。

 どれにするか決めたのだろうか大人しい妻に僕は探りを入れることにした。


「やっぱり『恋愛』の滝が人気だね」


「修学旅行生が多いからね。お年頃だから気になるわよね」


 女性なのでここは『恋愛』かなと思ったが、どうやら違うらしい。

 まぁ、結婚相手が隣にいるものね。誰と恋愛するって言うんだ。

 浮気になっちゃうよ。


「若返ってから身体の調子もいいしな」


「そうねぇ。未来で病気もしてないし『健康』は大丈夫だよね」


「やっぱり『学問』かな。この頃からいっぱい勉強して、未来で良い仕事にありつこう。目指せ年収1000万円生活」


「やだもう。冗談はやめてよ、あーちゃんってば」


「おおまじめですが?」


 くすくすと千帆が口を押さえて肩を揺らす。

 なんで笑うのさ?

 ループ前の知識で人生イージーモードとかよくある話じゃない。


 スンと僕が鼻を鳴らすと、妻が目元の涙をぬぐってごめんごめんと謝った。


「だって。あーちゃんってば、杉田が昇進した時に言ったじゃない」


「なんて?」


「『僕は家族といる時間の方が大事だから、まだ昇進はいいかな』って」


「……あぁ、言ったかも」


「仕事より家庭を選んじゃう人が出世なんて無理よ」


 おっしゃる通りでございます。

 旦那のことをよく分かっていらっしゃる。


 そうは言っても、笑われたショックで憮然としていると千帆が僕の手を引いた。

 濡れた指先がひんやりと冷たい。

 けどそれよりも妻の笑顔が温かかった。


「家族が大事な夫婦なら欲しい御利益は決まってるわよね」

「……え?」


 指を絡めて僕の手を優しく引く。

 妻に連れられて並んだのは――『恋愛』の滝だった。


「二回目の青春。私たちがもう一度ちゃんと夫婦になれるようお祈りしましょ」

「……千帆」

「ほら、『未来で結婚してるから大丈夫!』なんて、気を抜いちゃダメだよ?」


 夏風にゆれる髪を押さえて妻が僕の方を振り向く。

 いひひとからかうように妻が笑う。太陽のように眩しいその笑顔に、僕は「きっと二度目の大恋愛をしてみせる」と、ちょっと勇み足に誓うのだった。

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