第41話 プリーズお願い教えてタイムリープの謎でズルイ

「タイムリープ? 寝ぼけてんのかお前? さてはさっきまで寝てただろ?」


「なに言ってるんだよ杉田! 前のループで説明しただろう! 僕と千帆は、君と天道寺さんの未来を守るためにタイムリープしてるんだ!」


「……え、なんでそこで天道寺の名前が出るんだ?」


「だから! 君が天道寺さんの彼氏で婚約者で! 本来なら明日告白するかされるかして付き合うことになるんだ! その未来が書き換えられれて、君が違う人間と結婚することになりそうだったから、その未来を守ったんじゃないか!」


「えぇ? 彼氏で、婚約者って? ちょっと、待って? そりゃ確かに、天道寺のことは意識してるけれど、そんなことまで……」


 なんだか会話が噛み合わない。


 どういうことだ。

 なぜ、杉田はこんな妙な反応をするんだ。

 というよりもこのおとぼけぶりはなんだ。


 おかしい。

 前のループで断片的な情報からループの発生理由を突き止めた杉田だぞ。結果としてまたループしたけれど、前回のループでのMVPは間違いなくこいつだ。

 杉田が居てくれなければ、僕は千帆を守ることはできなかったし、下手すると天道寺さんに襲われていた。それに、彼が僕に披露した推理は、ループが再び発生したという点を除けば、ことごとく当たっていたのだから。


 なのに、どうして、そんなとぼけたことを言うんだ。


 いや、というよりこれは――。


「杉田、もしかしてお前、ループ前の記憶を持ってないのか?」


「だからなんの話だよ! 知らないよ、そんなこと! それより女子だよ女子! うちのクラスも他のクラスも、女子が全員消えちまった! 天道寺だって、俺の目の前でどっかに消えちまったんだぞ!」


「え、天道寺さん見てたの?」


「……なんのことですかねぇ」


 なんでこいつ、こんな時でも暢気にスケベなことをしてんの。

 そりゃ男の子だから、好きな女の子の水着姿を見たくてプール覗くくらいはするだろうけれどもさ、だからって双眼鏡持ってきてまで覗きますかね普通。


 そこまではしないでしょうよ。


 そして、ループしたのにこんな風に暢気にしてるってことはやはり。


「……えっと? すまん、なんか鈴原が本気なのは俺にも伝わるんだけれど。ごめんなまったく記憶にないんだ。ループ前の記憶だっけ? どういう意味だそれ?」


「マジかよ、杉田」


 どうやら杉田は前のループの記憶を持ち越していないようだった。

 前回のループでの相沢。そして、今回の志野さん。

 二人のこともあり、彼も記憶を持っていると思ったがどうも違ったらしい。


 今思い返せば、ループ前に呼び出された南茨木の線路下に杉田の姿はなかった。もしかして、ループで記憶を引き継ぐには、あそこに呼び出される必要があるのか。

 いや、けど、それなら千帆は最初のループで呼び出されていなかったのに、どうして記憶を保持し続けているんだ。


 これは、いったい、何が起こっているんだ。

 突然の女子の消失という怪現象もそうだが、今回のループで発生した記憶を引き継ぐ人間と、引き継がない人間の違いが分からない。


 というか、もしかしてこれ、記憶の引き継ぎもループと関係ないんじゃないか。

 別のルールで動いているんじゃないか。


 ダメだ、もう、僕の脳味噌では処理しきれない。

 僕は頭を抑えた。


 そういえば、隣のクラスの女子も消えたと、杉田は言っていた。

 もしかして千帆も一緒に消えたのか。


 だとしたら、またしても僕は千帆がこの世界から消えるのを防げなかったのか。また彼女を守ることができなかったのか。彼女の幸せを、未来を守ると言ったのに、僕がマヌケなせいで、また失うことになってしまったのか。


 前回のループのように、すぐに彼女が帰ってきてくれる保証なんてないのに。


 校舎前、木陰の砂利を靴の底でなじって僕は唇を噛んだ。

 急に身体がうだるような夏の暑さを認識し体中から汗が噴き出す。その汗に紛れ込ませて、僕は涙を流そうとしたが、巧くいかず嗚咽と共にその場に崩れ落ちた。


 どうして僕はこんなにも頭が悪いのだろうか。

 どうしてこれだけ過去を繰り返して、一度も正解にたどり着けないのだろうか。

 杉田に頼らなければ、ろくにタイムリープの謎にすら気がつけない、いや、違和感にさえも気づけなかった自分のマヌケさが滑稽でしかない。


 もうあきらめるべきなのか。

 未来に帰るの諦めこの過去で第二の人生を歩むべきなのか。

 けれどもそれは、目の前の友人の人生をあきらめるということでもあり、消えてしまった千帆を諦めるということでもある――。


「もう、僕はどうすればいいのか、分からないよ、杉田」


「鈴原?」


「どれだけ頑張ってみてもダメなんだ。どうやってもまたやり直すんだ。せっかく問題を解決したと思ったのに、未来に帰ることができなくて。結局、またこの7月13日に気づいたら戻ってきてるんだよ。なぁ、いったい僕は何をすればいいんだ? 君たちの関係を、未来のままの通りに保てばそれで解決する話じゃなかったのか? 教えてくれよ杉田。僕にはこんな複雑な話、どうしていいか分からないよ」


 杉田が黙り込んだ。

 まくし立てるような僕のその言葉を、彼はずっと真剣な顔で聞いていてくれた。

 事情を詳しく説明した訳でもないのにこんな話分かるはずがない。八つ当たりとほぼ同じだというのに、彼は黙って僕の話を聞いてくれた。


 いい奴なのだ。

 僕の悲しみを受け止めて、ちゃんと接してくれる。

 そんな友人の力に、僕はなりたいと思っていた。


 なのに、こんなことになってしまって――。


「……鈴原。本当に、俺には何もわからないんだけれどさ。一つだけ、確認しておきたいことがあるんだ」


「なんだよ。もう、どうしようもないじゃないか、こんなの」


「お前はさ、さっき、俺たちの関係を未来のままの通りに保てばそれで解決するって言ったよな? けどさ、それって本当に未来のままで保てていたのか?」


 真夏のうだるような暑さの中、心臓が跳ね返った気がした。

 杉田の言葉で、僕の中でこれまで得てきた情報が、綺麗に繋がって一つの真実を形作ろうとしていた。


 確かに、前のループで僕たちは、未来のままに杉田と天道寺さんの関係を保とうとした。だが、あのループは僕と天道寺さんが出会った時点で状況が変わっていた。杉田と天道寺さんは確かに未来と同じ関係になった、だが、その出会いは、本来もっと自然なものではなかったか。


 また杉田が謎の本質を突いた気がした。


 あのループにおいて、僕たちは未来を守ったつもりでいた。

 けれども、杉田と天道寺さんに未来のことを伝えた時点で、本来の未来に繋がる大切な起点を、僕たちはその手で潰してしまったのだ――。


 つまり。


「もしかしてループを本当に終わらせる条件は、君たちの関係を保つことじゃなくって、本来の過去通りに君たちを出会わせなくちゃいけないってことなのか?」


「……まぁ、常識的に考えればそうだろう。タイムリープやタイムスリップモノで、僕は未来から来ました、未来が変わると困るからこうしてくれ、変えたいからああしてくれなんて過去の人間に頼む――そんな展開が許されると思うか?」


 確かに。

 いや、物語で考えなくてもそうだ。


 そもそも僕たちは、彼らの人生を決定付けた瞬間に戻って来ている。

 その瞬間、その出来事があったから、彼らは現在の未来へと至ったのだ。それが結果が同じとはいえ、失われればどうなるだろう。


 きっと彼らの関係は僕たちが思っているようにはならない。


 未来を決定する事象がなくなれば、形だけ繕っても早番その関係は瓦解するだろう。あるいは奇跡的に巧くいったとしても、本来の未来と決定的に剥離する。


 僕たちがやったのはたぶん、そういう事なのだ。


 前のループは決して成功などではなかった。僕たちが中途半端な浅知恵により解決した、間違った未来に進むルートだったのだ。


 けれども、それならなぜ、ループする時間が延びたのだろうか――。


「……ループのタイミングが変わったんだ」


「うん?」


「最初のループは君たちが出会う切っ掛けが発生しなかったんだろう。14日の夕方に起こったんだ。けれど、二回目のループが起こったのは16日の早朝に起こったんだ。なんでそこまで時間がずれこんだんだ?」


「……その二回目のループの直前、何か俺たちに問題はなかったか?」


「……問題」


 思い出す。

 僕は、ついさっき、ループする前の教室の違和感を思い出した。


 16日の早朝。

 なぜか杉田と天道寺さんはは揃って学校にいなかった。

 恋人になってそうそう浮かれているのだと思っていたが、よくよく考えると妙だ。


 そう、僕は杉田に電話をかけたのだ。

 そして、彼の代わりに、あの時間を巻き戻しているだろう、バニーガールの白パーカー女が電話に出た。


 なぜ彼女が電話に出る。

 そうだ、千帆の時もアレは、彼女が消えてから彼女の携帯電話で僕に連絡をかけてきたではないか。


 つまり、その時既に――。


「杉田と天道寺さんが学校に来ていなかったんだ。さらに、携帯で連絡を取ろうとしたけれど繋がらなくて。分からないし根拠もないんだけれど、取れなくなった原因として、二人は何か事件に巻き込まれたんじゃないかな。それも生死に関わる」


「……ならたぶん決まりだな」


「決まり?」


 何が分かったっていうんだ。

 またこいつは、これだけの情報から、いったい何を導き出したんだ。


 絶望に震える身体をなんとか動かして僕は杉田に向き直る。

 木陰の中で、彼は双眼鏡を折り畳んでポケットに仕舞うと、後襟をかきむしりながら僕に言った。


 爽やかな夏風が僕たちの頬を撫でる。

 そんな中、彼は――。


「俺と天道寺の破局を決定づけるような出来事がループ発生のトリガーだ。おそらく最初のループは、発生するべきイベントが起きなかったから発生した。そして、二回目は、くっついたは良いがその後で、俺たちが破局するようなイベントが起きてループが発生したんだ」


「……そうか! 二人が学校に来なかったのは、それで説明がつく!」


「となると、タイムリープを終わらせる条件はおそらく、本来俺と天道寺がくっつくことになったイベントを発生させる。もしくは、それと同等――おそらくお前達のいる未来で結婚を選ぶのに十分なイベントが発生することだ。このどちらかを満たさない限り、俺と天道寺の破局が決定した瞬間、お前達の時間は巻き戻る」


 説得力のある推論だった。

 流石に杉田だ、僕とは発想力が違う。

 前のループでもどうしていいか分からない僕たちに光明を与えた彼は、やはり今回のループでも僕たちに行くべき道とやるべきことを示してくれた。


 だが、しかし、まだ不安はある。


「目的については分かった。僕も、杉田が推理したとおりだと思う。だとして、タイムリープの開始時間がズレた件についてはどうだろうか?」


「開始時間がズレた? ループする時間だけじゃなく?」


「あ、ごめん、これも説明してなかったや。えっと、前々回のループでは、僕が最初のタイムリープを開始したのと同じ13日の朝に戻ったんだ。けれど前回のループではついさっき――13日の昼に戻ってきたんだよ」


 そこにも何か理由があるのだろうか、と、僕は杉田に尋ねる。

 彼は後襟に手を当てたまま地面に視線を彷徨わせるとすぐに顔を上げた。


「……そこについては分からん。どうして戻った時間にムラがあったのかは不明だ。ただ、おそらくペナルティ的なもののように俺は感じる」


「ペナルティ?」


「一定の間隔で時間が戻るのがルールだとしよう。もしそのルールに従うなら、前々回に戻った時間の量と、前回のループ発生時刻から、戻るはずの時刻は15日の未明くらいになるんじゃないか?」


「……まぁ、それくらいだね」


「その場合、本来俺と天道寺がくっつくことになったイベントに干渉しないか? 一回目のループが、それが発生しなかったから起きたのだとしたら――7月14日の夕方にそのイベントが起きたことにならないか?」


 なるほど。

 確かにその推理は的を射ている気がする。


 実際、天道寺さんも杉田も、僕たちに出会わなければあの日、祇園祭の行われている京都に居たのだ。


 杉田はチームメイトに誘われて。

 天道寺さんはあのバイトのため。


 あの日、あの時、二人は同じ場所に居たのだ。


 可能性はある。というか間違いない。

 二人があの日出会って、恋に落ちる条件はあの場で揃っていたのだ。


「まさか、その時間にタイムリープで戻る時間が近づいてるってことは」


「普通に、その未来を決定することができるイベントに、立ち会える可能性が減っているってことだろう」


 後頭部を鈍器で強烈に殴られた気分だった。

 本当に、僕はこのタイムリープを暢気に過ごしている場合じゃなかったんだ。


 僕が置かれている状況。

 これに最も近い物語をその可能性が減っているという話を聞くまで忘れていた。


 そう――。


「これはサマータイムレンダと同じタイムリープだ」


 それは未来の時間軸において、ここ数年で発表されたタイムリープものの中で、最も複雑怪奇で残酷なもの。


 ループを繰り返せば繰り返すほど、自分たちが生存できる未来に繋がる可能性が目減りしていく。タイムリープにより戻れる時間が、どんどん前倒しされていくというギミックを搭載した、サスペンスホラー漫画。


 前のループで獲得した知識とアイテム、そして仲間達との絆を武器に、残酷な世界で未来を勝ち取っていく物語。


 蝉時雨。

 地表から吹き上がる熱風。

 まとわりつく汗。

 そして、渇く喉。


 真夏の茨木市、そのただ中でようやく僕はこのタイムリープの残酷さを知った。


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