第39話 タイムリープ即拉致監禁あぶないヤンデレマッマでエロい
そして朝がやって来た。
僕たちに二回も。
そう、杉田と天道寺さんの告白の日から二回目の朝が来た。
2007年7月16日月曜日8:22。
僕はなんとも言えない気分で高校の自分の席に座っていた。
タイムリープの目的を果たしたのに、二日も未来に戻れないなんてあるだろうか。物語のセオリー的に言えば、目的達成後にすぐ未来に戻るはず。なのに戻る素振りがまったくない。待てども待てどもタイムリープが終わらないのに僕は戸惑っていた。
「なんだ? もしかして、未来が同じになるよう修正しても、もう一度未来まで人生をやり直さなくちゃいけない感じなのか? いや、それならループが発生するのがおかしいだろ。ループして問題を修正させる意味がない。というか、杉田の仮定が間違っているなら土曜日に起こるはずだろう。それが起こらないのにどうして……」
タイムリープモノに厳密な定義がある訳ではない。
時間を遡行する――タイムリープの原理やそのルールの扱いは、作品によってがらりと異なる。連続した時間を途切れ途切れイベントに合わせて遡行する場合や、未来の時間からきっちり一定の時間を保っての遡行、まったく時系列を無視した飛び飛びに、逆に未来に向かう例外タイプと、一概にどうと決めつけることはできない。
また、ループの有無や、平行世界の存在、タイムリープを発生させる条件なども、まったく異なる。本当に作品にそれは依存するモノなのだ。
この世界におけるタイムリープのルールは、杉田によってあぶり出されたはずだった。実際、土曜日の夕方にそのループ条件を回避し、前と同じ時刻にループが発生しなかったことで、その正しさが証明された――はずだった。
なのに、現実はどうだ。
僕たちはまだ過去にいる。
「これは、まさかとは思うけれど、タイムリープがまだ終わっていないのか?」
杉田の仮定は間違っていたのだ。
いや、まだ、完全に間違っていたとは言い切れない。
もしかすると、タイムリープの理由は複数あり、二つ目のループに入ったのかもしれない。
ただ、どうしたっておかしい。
この不安を、早く解消したくて仕方ない。
けれども――。
「なんで、今日に限って、杉田は学校にまだ来てないんだよ」
杉田の姿が今日は教室のどこにもない。
それだけではない、天道寺さんの姿もまた見当たらない。
二人でまさか、さっそくいろいろといちゃついているのだろうか。えぇい、あのバカップルめ。こっちはそんな状況ではないというのに。
いや、杉田と天道寺さんの献身があったからこそ、僕たちはループを回避することができた。なので、少しくらいのことは大目に見てやろう。彼らからしたら、もう既に、僕たちは未来に帰っているくらいの認識なのだろうから。
しかし、とはいえ、もうホームルームまで十分弱だ。
そろそろ、クラスに顔を出してもいいだろう――!
「これはダメだ。もう電話して相談しようか」
休日に相談をしぶったのはそれだ。
僕は通話料金を恐れて連絡に及び腰だった。この非常事態に、金がどうこうと気にしている場合ではないのだが、後々、高校時代の僕が負債を引き継ぐことを考えると躊躇われた。なにせ、この年代そしてこの頃に高校生だった僕たちにとって、携帯の通話料金は親との一番の諍いの種だったから。
未来の知識や便利な道具があっても、それが金銭的な理由で使うのが躊躇されるだなんて、まったくもって情けのない話だ。
「けれども、そうも言っていられない。悪い杉田。天道寺さんといちゃついている所かもしれないが――」
彼のアドレスを選択すると、僕は通話ボタンを押下した。プルプルとダイヤル音が流れて、液晶画面に杉田の名前と呼び出し中の文字が出る。
なかなか出ない。
やはり逢い引き中ということなのだろうか。
焦る僕を待たせて、彼は十コール目にしてようやく僕の電話に出てくれた。
「もしもし杉田? ちょっと、何やってんだよ! 朝から天道寺さんといちゃつくのは構わないけれどさ、もうすぐ授業始まるよ! いや、ごめん! それはいいんだけれどもさ、実はちょっと相談が――」
『……ピョン!』
しかし、なぜか杉田の電話番号から、前のループで、土曜日の夕方、祇園祭の最中に聞いたあの声が流れて来たのだった。
え、っと、呟こうとした時にはもう遅い。
僕の頭と身体が再び激しくシェイクされる。激しい目眩と共に視界が暗転する。
まただ、これは間違いない、一回目のループと同じ状況だ。
けれど、どうして。
前のループが起こった時刻から遅延して、二日後にこれが起こるんだ。
いや、それよりも――。
「……千帆!」
前回のループの直前に、千帆はその姿を消していた。
もし、彼女が姿を消したことがループに関係あるならば。
今回も、彼女は姿を消すかもしれない。
それはまずい。
それだけはやめてくれ。
頼む、神様、お願いだから。
せっかく千帆を助けられたのに。
妻が再び消えることなく前のループから二日も過ごしたのに。
今度こそ彼女を守り切ったというのに。
なのに、また、僕は千帆を失ってしまうのか?
悲惨な未来を思い描いて固まっていた僕を、激しく揺さぶっていた振動が止む。
同時に、世界がまた闇に包まれる。顔を上げればそこは南茨木駅の線路下。暗い影の中に、茶色の目を光らせた、バニースーツに白パーカーの女が立っていた。
やはりその姿は、どこからどう見ても天道寺さん。
けれども、その表情、その雰囲気がまるで違う。
完璧な彼女の身体だけを借りて、何か超常的な存在がこの場に顕現している。
そんなイメージを僕は二回目に見る彼女に抱いた。
彼女の中には得体の知れない何かがいる。
いったい、彼女は何者なんだ。
そんな戦慄を目の前に佇む少女に覚えながら、僕はふと僕の隣に人が倒れているのに気がついた。
誰だ。まさか、相沢か。
そう思って視線を向けるとそこには――。
「うぅーん? なにぃー、いったいなんなのぉー? えぇー? これぇー、どうなってるのぉー? 私ぃー、学校に居たはずなのにぃー?」
「……千帆!」
「あーちゃーん? これぇー、いったいどうなってるのぉー?」
ふわふわとした髪を揺らして首を振るのは、バレーで鍛えた肉感的なボディを持つダイナマイトガール。間違いなく、僕の妻の千帆だった。
彼女はどうやら今回のループ前に消えなかったようだ。
とするとやはり、彼女が消えたのはループとは無関係なのか。
ただ、なんだろう――。
「千帆? なんだか顔色が悪くないか?」
「えぇー? まぁー、ちょっとぉー、気持ちぃー、悪いー、かぁー、もぉー?」
見る見ると顔が青くなる僕の妻。
これは明らかに月に一度のアレが重たい時の奴。
うえっぷと嘔吐くその顔を見て僕は確信した。
消えてくれなくてよかった、本当によかった。
そう感謝する一方で――。
「あーちゃぁーん? 袋とかぁー、持ってぇー、ないぃー?」
「今、そんなことやってる場合じゃないから! 凄く大切な場面だから!」
「うぅーっ、ごめぇーん、無理かもぉー」
「だぁー、もう! ちょっと待って! ほら、これ、コンビニの袋!」
なんでこの場面でそうなっちゃうかな。
妻のいまいち緊張感の欠けた行動に、僕はしまらない気分になるのだった。
ポケットの中に入っていたコンビニの袋を取り出して千帆に渡す。それを握りしめて、なんとか平静を保とうとする彼女を前に僕は白目を剥いた。
落ち着いた千帆がようやく視線を前のバニースーツに白パーカーの女に向ける。
案の定、すぐに彼女はあーっと間の抜けた叫び声を上げた。
「なんでぇー? なんで文ちゃんがぁー、ここにいるのぉー? とういかぁー、なにあの格好ぉー! こんな所でしたらぁー、エッチだよぉー! ダメだよぉー!」
「千帆はなんで他人のことだと正常にそういうの判断できるのに、自分のことになると判定ガバガバになるのさ?」
「そんなことよりぃー、今は文ちゃんでしょぉー? あぁー、分かったぁー、あれがつまりぃー、例のぉー、タイムリープの黒幕ねぇー! くそぉー、スケベな格好しやがってぇー! 許さないんだからぁー!」
スケベな格好って関係あります?
そこ、本当に怒る所かなぁ?
ラスボスあるいは黒幕を前にしてこのマイペースっぷり。逆に頼もしいよ。
前にループした時にも、彼女と一緒だったらだいぶ印象変わったかもね。
とかやっていると、また、いつの間にか僕らの周りに影が現れる。
影は二つ。
一つは僕たちのちょうど真ん前。
小さなシルエットには見覚えがある。小動物を思わせる跳ねた髪に悪戯っぽい顔立ち。高校生になりきれていない細い体つき。全体的に見ると快活な印象の少女。だが、今はそんな健全さは形を潜め、苦悶にその顔を歪ませ眠っている。
間違いなく後輩の相沢だった。
もう一つは少し離れた所。
バニースーツに白パーカーの女より奥。大柄な影だ。もしや杉田かと僕は勘ぐったが、彼女はスカートを穿いていた。女性となると、もしかして本物の天道寺さんか。
偽物と本物、二人が揃ってくれれば話が早い。それこそ天道寺さんがバニースーツに白パーカーの女を見れば、何か新しい手がかりを得られるかもしれない。
そんなことを願って、僕はその影を見ていたが――。
「……え?」
「……誰ぇー、あれぇー?」
違う、それは天道寺さんではない。
しかも、僕たちの知り合いではない。
本来の過去なら僕は彼女と知り合いでもなんでもない。
けれど、このタイムリープで、僕は彼女と知り合っている。
手入れをしていないが柔らかそうなボリュームのある黒髪。年頃なのにまったく洗練を感じさせないおざなりな制服の着こなし。だらしない服の下には、千帆に劣らないダイナマイトな肉体。Yシャツのボタンが突けばはじけ飛びそうになっている。
おおよそ、女子高校生には相応しくない雰囲気と凶暴な体を持った彼女と、僕は昨日、廊下でぶつかり、そのプリントを持つのを手伝った――。
そう、彼女こそは。
「……まさか、志野さん?」
「志野さぁーん? あぁー、もしかしてぇー、お隣のぉー、志野さぁーん?」
彼女の名を呼べば、ふらりとその影が頭をもたげる。手には青色の大学ノート。それを大事そうに抱えて、彼女は起き上がると僕の方を見た。
一瞬、驚きにその顔が包まれる。
けれど彼女は、すぐにその表情に憎悪あるいは怒り――なんにしても煮えたぎるような感情に変えて僕を睨んできた。
まさか、彼女が黒幕なのか。
あるいは、あの偽物の天道寺さんの協力者なのか。
そんな疑念を口にするよりも早く。
「ピョン!」
再び世界は暗転する。
激しく身体を揺さぶられ、僕は意識を混濁させた。
千帆と切り離され、相沢とも引き離されて、僕の意識は暗闇へと落ちていく。
しかし思ったよりも早く、僕はすぐに意識を取り戻した。
ただし――。
「……え、ここは?」
僕が次に戻って来たのは、見知った天井の部屋ではなかった。見覚えはあるが、どうしてそこに居るのか分からないような場所。
かびた本の匂いに、冷たい床、そして茶色く汚れた天井。
聞こえてくる蝉時雨と勉学にいそしむ生徒達の息づかい。
間違いない――。
「ここは、図書準備室じゃないか? どうして、僕はこんな所に?」
まさかと思ってポケットの中から携帯電話を取り出す。
背面液晶で時刻を確認すればそこには――。
2007/7/13 Fri PM 1:11。
「嘘だろ! ループで戻ってくるタイミング変わっている!」
信じられないような時刻が表示されていた。
前回のループで戻った時刻からおおよそ5時間後。
ループの開始時刻が進んでいたのだ。
どうしてかは分からないがループの開始時刻が切り替わった。
これを、何かしらの変化が起きたと喜ぶべきか、それとも、タイムリープで戻れる時間が減ったと考えるべきか。そこは判断が微妙な所だった。
だが、なにより、先に考えねばならぬことはそこではない。
「……どうして、僕がこんな所に。図書準備室なんて、前のループでしか入ったことがないのに」
僕がなぜ今回のループで図書準備室へと戻されたのかだ。
この時間、確かに僕は前のループで図書準備室に居た。それでだろうか。ならループで巻き戻るのは、前のループで巻き戻った時刻に居た場所ということか。
いや、本当にそうなのか。
もしかしてだがこれはまさか――。
そう疑った時、背後の図書準備室の入り口で物音がした。
既に授業中。この部屋に人が入るとすれば教師くらいだ。けれども、図書室ならまだしも、図書準備室に教師が入るような機会が年に何回あるだろうか。
いぶかしむ僕の前で扉が横にスライドする。はたして、夏の日差しを背負って僕の前に現れたのは、ぼさぼさで曲がりくねった癖の強い黒髪に、あばた顔をしただらしない体つきの女の子。彼女は汗ばんだ肌を日光にきらめかせながら、幽鬼のように身体を揺らして中に入ると後ろ手で部屋の鍵を閉めた。
最初に会ったときにはあった愛想笑いが消えている。
どこか悲壮感に満ちたその顔が僕の瞳をのぞき込む。
思わず、その名前を口が吐いた。
「……志野由里!」
「……やっぱり、貴方が敵だったんですね。鈴原くん」
敵、とは。
やはりそうなのか。
彼女が黒幕。
あるいは、黒幕の仲間なのか。
だとすれば、やはり僕をこの場所に戻したのは――。
「僕を監禁するつもりだな! これ以上、君たちの邪魔をしないように、望む通りのループをするために、僕をここに閉じ込めて動けないようにするつもりなんだ! そうはいくか! ここから僕を出せ! 君たちは何をしているか分かっているのか!」
「……」
「いったい何をするつもりなのか分からないが、僕は絶対に君たちを止める! そして、僕と千帆の未来を取り戻し――」
そのとき、バツンと何かがはじけた。
同時に僕の目の前で白色をした布がはらはらと宙を舞い、代わりに肌色をした巨体が突然現れた。着崩れの音と共に黒色の帯が床に落ちる。白いソックスと茶色のローファーがそれを跨げば、ベージュ色の下着に身を包んだ豊満な少女が現れる。
こちらを恨めしそうに眺めて少女は、その身体をすぐに上気させて、宝石のような汗の玉をむっちりとした肌の上に散りばめた。
なんというエロス。
妖艶な肉のきらめき。
これは、ムチムチ好きにはたまらない、エロエロ我がマッマボディ。
正直これは完全に、千帆の上位互換ですよ。
「鈴原くん、お願い。この話から手を引いて」
「……え?」
「もし、手を引いてくれるなら。私が出来ることならなんだってしてあげる」
だから、ね、お願い。
切なそうに言って目の前の艶女は、僕にゆっくりと近づくとそのカッターシャツの前ボタンに手をかけた。
「ほら、いいのよ。私になんでも言ってくれて。なんだって叶えてあげるわ」
「……し、志野さん?」
「おいで、鈴原くん。さぁ、私の――ママのお胸でお休みなさい」
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