第37話 新京極コソコソイチャイチャチュッチュでエロい
2007年7月14日土曜日16:38。
京都新京極。京都夢能力開発センター前。
名前のインパクトと開けたビル前から、すっかりと待ち合わせ場所として覚えてしまったそこに、僕と千帆、相沢に天道寺さんは連れだって向かっていた。
ビルの前にはいがぐり頭に真っ白のワンポイントシャツの男。
手持ち無沙汰なのだろう、どこからか取り出した文庫本を読んでいた男は、僕がその名前を呼ぶと、ズボンのポケットに本を突っ込んでこちらに駆けてきた。
その姿に、隣を歩いていた天道寺さんの顔がこわばる。
すぐさま僕の妻の後ろに隠れた彼女は、顔はもちろん耳まで真っ赤にすると、頭に被っているハンチング帽を目深く被る。そして、無理ムリむりだよぉと可愛らしい呟きと共にタイル張りの茶色い床に視線を向けた。
僕たちの前にやってきた男は開口一番――。
「え、なに? なんなのこの天道寺? 向こうでなにかあったの? めっちゃ反応が可愛いんだけど? ていうか、そんなキャラだっけこいつ?」
などとまだ付き合ってもいないのに彼氏みたいなことを言う。
さすがドスケベの杉田である。
こんな公衆の面前で平然と彼女を口説くあたり、こいつはほんとやらしい。
そりゃみんながドン引きするようなプレイを天道寺さんにお願いして、自分色に染め上げるだけあるなという感じだ。
「……スケベだなぁ」
「……スケベですねぇ」
「……さすがあーちゃんのぉー、お友達よねぇー。スケベだわぁー」
「なんもしてないだろ! なんだよみんな! 意味が分からんのだけど!」
いいんだよ。お前がそれ知ったら、これから面白いことなくなるだろ。
お前はそのまま、自分なりの方法で天道寺さんを愛せばいいんだから。それがいくら歪んでいても不器用でも、気持ちがこもっていれば良いんだから。そして、最終的に変態なのがバレて、天道寺さんに海外に逃げられればいいのだから。結局離れたけどすぐ仲直りして結婚するんだから問題ない。結婚前の夫婦喧嘩みたいなもんだ。
いやまぁ、もう、未来で何が起こるか知っちゃったし、こいつがスーパードスケベ変態くんだと天道寺さんも知っちゃったので大丈夫か。
しかし、ほんとよくこんなスケベを彼氏にしようって思ったよね。
未来の話とか聞く限り、俺ならノーサンキューだけど。
こんなどうしようもないスケベ。
いろいろとショッキングな事実はあったが、天道寺さんは自分の未来を受け入れてくれた。自分には普通の女の子のような幸せは訪れないと、頑なに信じて疑わなかった少女は、ようやくそれが目の前の男によりもたらされると信じた。
とはいえ、こいつ以外にも、彼女を愛してくれそうな奴はいくらでもいるだろうに、すんなりと選んだのにはちょっと驚きだった。
本当にいいのかとここに来る前に天道寺さんに僕は聞いた。
もし彼女がそこで首を横に振ったら、僕たちはこのタイムリープに失敗する。またループを繰り返すか、違う未来に行き着くことになるだろう。けれどもそれはそれとして、彼女の意見を聞いておこうと思ったのだ。
天道寺さんは頬を赤らめたが、やがてまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「こんな身体だからね、杉田くんがそんな風に私のことを情熱的に愛してくれるっていうのが、少しも実感が湧かないの。けれどね、もし本当なんだとしたら。そんな、溺れるようにに私のことを彼が求めてくれるんだとしたら。それって、女として、人間として、とても嬉しいことなんじゃないかなって、思ったんだ」
つまり、私もすごくスケベなんだと思う。
そう言ってから、慌てて手を顔の前で振って、エッチなんだと思うと言い直した天道寺さんを、僕はとてもかわいい女の子だと思った。
別に女の子がスケベだろうがエッチだろうがいいじゃないか。
求められることは、男でも女でも、老いていても若くても、嬉しいのだから。
求め求められることを嬉しく思えることの方が、僕はすばらしいことだと思う。
そして、自分を狂おしいほどに求めてくれる人を――たとえそれが今ではなく未来のことだとしても――好ましく思うことも、何もおかしくないように僕には思えた。
「おー、この様子だともう天道寺に、俺のことって話してある感じ?」
「ある感じ。ちなみに、千帆が未来のことを覚えてて、やっぱり天道寺さんの彼氏はお前なんだってさ」
「まことにぃー、遺憾ながらぁー」
「マジか。まだ一割くらいは、別人と勘違いしてるんじゃないかと思ってたわ。最悪そいつからぶんどるくらいの気持ちで、口説き文句考えてたんだけれど――」
えぇえぇと、千帆の背中で怯える天道寺さん。
覚悟を決めて、そして、彼の気持ちに応えるつもりでやって来たはずなのに、いざ杉田を前にすると隠れてしまう。
乙女心よ。(きゅんきゅん)
やはり完璧な美少女。
そして、永遠の少女。
天道寺さんはかわいい。
こんなうす汚れた性欲ゴリラ高校球児に対して、どうしてそこまでときめくことができるのか、それだけは不思議ではあるが、もうあとは当人同士の問題。
なので、僕たちは黙って、彼女と彼を引き合わせることにした。
千帆がほら、ちゃんと顔見て話しなよと、天道寺さんを前に引き出す。ひゃっ、と、可愛い声を上げた天道寺さんは、待ち構えていた杉田と鉢合わせた。
彼女の額くらいの位置にある杉田の鼻。
そこを見上げると天道寺さんは――。
「……あ、あのね、杉田くん。私、未来の話を千帆から聞いて。そ、それで、もし、杉田くんさえよければなんだけれど。その、わ、私と、つつ、付き、付き合って」
「ハイ、ヨロコンデー!」
杉田、そこはふざけるところじゃないぞ?
お前という奴は本当にもう。もうちょっと、空気という奴をだな。
って、よく考えたらそのネタ、まだこの時代には流行ってないよな。
なんだ、普通に緊張していただけか。
あれ、これで告白って終わりなのかな、という、キョトンとした目をして見つめ合う二人。とてもじゃないが見ちゃおれない。
もっといちゃつけ。
契約結婚や偽装カップルじゃないんだから。
せっかくなんだしいろいろと確かめあっとけ。
「ほら、ちょっと向こうに行って話してこいよ。僕たち待ってるから」
「え、いや、そんな振られても、俺も何を話したらいいのか」
「わ、私も、お付き合いなんてしたことないから、何を言えばいいのか」
初恋か。いや、初恋だったな。そうだ、初恋でしたわ。
幸せそうでなによりですこと。末永く爆発し続けろ。
どうしてこんなタイムリープして、人の幸せを祝福しなくてはいけないのか。あぁあぁ、本当にもうと心の内で嘆きながらも、笑顔で僕は二人を路地裏へと送った。
ふぅ。
これにて一件落着。大団円。
なんだか、前のループよりも疲れたなぁ。
そりゃそうか、だって今回は土曜日も一日中活動してたものな。
「おつかれぇー、あーちゃぁーん」
「おつかれさまですセンパイ」
「二人ともおつかれさま。これで、無事にこのタイムリープが終わってくれるといいんだけれどね」
「んー、二人がくっつくのがぁー、私たちの未来的には正しいからぁー、これで合ってるはずよねぇー」
「終わったらどうなるんですかね? すぐに元の未来に戻るんでしょうか? それとも、もしかして未来に戻らず、ここからやり直すんでしょうか?」
ここからやり直すのは嫌だなぁ。
千帆は「それいいかもぉー」って顔しているけれど、僕としてはできることなら未来に戻って、前の人生をちゃんと生きたい。
もちろんこの時代でやり直したいことは、まだまだ一杯ある。
けれど、前の人生だって、僕が選んで歩んできたものなのだ。
その選択や決断をないがしろにすることはしたくない。
なにより――。
「この時代から千帆といろいろしてたら、ほんともう人生設計が無茶苦茶になっちゃいそうだからね」
「えー、いいじゃなぁーい、子供いっぱいつくろうよぉー、あーちゃーん! ほらほらよく言うでしょぉー、野球チームくらぁーい、ってぇー!」
「普通に死んじゃうよ!」
「……プロか、社会人か、高校生かで、規模は違ってきますけれど?」
「そこ真面目に考えるところかな相沢! 作らないから! というか、作れないから! お察ししてちょうだい、僕の男としての甲斐性のなさを!」
「……あぁ、そうですね。すみません、無茶言いました」
「真面目に返されるとそれはそれでキツい!」
「あーちゃんはぁー、ダメダメでもぉー、いいんだよぉー! 私がぁー、いざとなったらぁー、ちゃんと養ってぇー、あげるんだからぁー! 赤ちゃんと一緒にぃー、お家でぇー、バブバブしててもぉー、私は気にしないよぉー?」
「僕が気にします!」
悲しくなるからやめて。
とはいえ、ようやくこれで未来に帰れる。
天道寺さんと杉田がくっついて、世界は元あった通りに修復されたのだ。
黒幕や、彼女がどのようにして杉田の隣に割り込もうと画策していたのか。
また、例の天道寺さんに似た白パーカーのバニー女の正体については分からずじまいだが、それもまたよしとしよう。
過程よりも結果だ、元の世界に戻ることができるなら、僕はそれで――。
「あ、見て見てぇー、あーちゃーん! これぇー、ちょっと面白そうー!」
「うん? なんだよ、千帆――って、夢能力開発センターのポスター?」
千帆に言われて彼女の指を向ける方を見れば、そこは件のビルディング。
京都夢開発能力センター。謎の社名がでかでかと彫られた鋼鉄製の看板の横に、貼られているのは宣伝のポスターだ。
ポスター右端、層雲を背景に黒字で抜かれたキャッチコピーが目に留まる。
「貴方の望む世界を探索に行きませんか。1時間2万円から」
高い! そして怖い!
なにこれ、どういうこと。
貴方の望む世界を探索にって。まずその殺し文句からして、意味不明な上に怖いんだけれど。なに、カルト系のお仕事なの、もしかしてここって。
そこに加えて料金設定がえぐい。なに1時間2万円って。どういうサービス。
えぇ、怖い。なんなのここ。
ほんと、待ち合わせに使ったけれど、それ後悔するレベルの場所だよ。
怯える僕の一方で、千帆は興味津々という感じ。ちょっと中に入って、パンフレット貰って来ようよ、なんてことまで言い出す始末である。
やめてくれ。
こんな所に個人情報渡したら、何をされるか分からん。
外から眺めておくだけにしてくれと彼女に頼むと、彼女はつまらなさそうに頬を膨らませて――それから、ねぇねぇと僕に悪戯っぽく尋ねてくるのだった。
「もしもぉー、あーちゃんがぁー、好きな世界にいけるとしたらぁー、どんな世界がいいのぉー? どういう人生を生きたいのぉー?」
「えぇー? どんな世界って。別に、今の世界で満足してるからなぁ」
「私はねぇー、いろいろしてみたいなぁー。なんかの店員さんになってぇー、常連さんを誘惑したりぃー。結婚したての妻になってぇー、旦那の友人と浮気したりぃー。お母さんになってぇー、ダメな隣人さんをー、誘惑したりするのぉー」
「そんなえっちなことばかりかんがえてるの? もしかしてよっきゅうふまん?」
「夢だからいいじゃなぁーい? ねぇー、それよりぃー、教えてよぉー?」
「いやだから、そんなこと言われても。行きたい世界もなりたい自分もないし」
「なぁーにぃーそぉーれぇー! つまんない旦那だなぁー!」
「へいへい、つまんなくて申し訳ございません。別に、僕は、千帆と一緒にいられれば、どこの世界でもそれなりに楽しめると思うよ」
と、なんとなしに言い返す。
別に照れて言ったわけでもないし千帆を困らせる気もない。冗談ではなく本心。実際、割と今のタイムリープも楽しいので、この気持ちは僕にとって真実だ。
異世界転生も転移もどんと来いだが、けれどもやっぱり隣には千帆が一緒にいて欲しい。そんなことを思っているから、こうして夫婦二人でタイムリープなんてことになってしまったのかもしれないな。
うぅん。俺も杉田をどうこう言えない程度にはスケベだわ、これ。
さて。
さっきから、千帆さんがまったく反応しませんが。
彼女に視線を向けてみると、これは大変真っ赤っか。
頭の先から湯気でもでそうなくらいに紅潮した彼女は、恥ずかしそうにその顔を両手で塞ぐ。そのまま、バレーで引き絞った腰をくねらせてヒップアタックを繰り出すと、「もぉー、不意打ちはやめてよねぇー」などとのたまうのだった。
不意打ちは、君だよ、千帆。
いきなりヒップアタックかまして、何を申すのか。
ここは公衆の面前ぞ。そして、君のヒップアタックはダメージよく通るぞ。
ぐふっ。(けど幸せ)
「もぉーっ! あーちゃんてばぁー! そんなお世辞を言ってもぉー、何もでませんからねぇー!」
「知ってる」
「けどぉー、今日はぁー、ちょっとだけかっこよかったらぁー、あとでいっぱいー、いーっぱいー、出させてあげるねぇー?」
「何をだよ! 後なんかないよ! これから未来に帰るんだよ!」
「遠慮しないでよぉー、もぉー!」
妻と一緒にタイムリープするのって、想像したこともなかったけれどこんなにも大変なんだなぁ。まぁ、うちの妻だけが特別エロくて大変なだけかもだけれど。
こんちきちんの音が響く七月の京都。
アーケード。路地裏の空から注ぐ、微かに黄色を帯び始めた光を浴びて、僕はそんなことを思った。盆地に吹く風は、まだまだこの程度の翳りでは熱気を失わず、商店街の天井から噴き降りる水滴を含んで、ようやくひやりと人肌にかんじるくらいだ。
ふと、妻の手を握りしめる。
なんとか彼女をここまで守って、僕はこのタイムリープを駆け抜けることができた。一度失ったとき、もはやこの世界に生きる意味はないとさえ思ったが、どうにかそれを握ったまま、僕は今、この試練を終えることができた。
はたして僕がなぜこのような怪奇現象に巻き込まれたのか、その意味については、やはり頭が悪いので分からない。強大な敵を倒した爽快感もなければ、大きな謎を解いた達成感もない。けれど、僕の手を優しく握り返す妻を再び連れて未来に戻れるのであれば、僕はそれ以上に何かを望む気はなかった。
2007年7月14日土曜日17:00。
商店街に刻を告げる鐘が鳴る。
はたして、この世界を去るにしてはおあつらえの時間がやって来たのだが――。
「すまん、おまたせ」
「……ご、ごめんねー、みんな。待たせちゃって」
そう言って、僕たちの前に現れたのは杉田と天道寺さんだった。
杉田も天道寺さんも、どちらも赤ら顔。天道寺さんなどは、やはり乙女か口元を手で隠している。いったいどんなやらしいことをしていたのか。なんて思った矢先、ハンチング帽の下にある天道寺さんのウィッグが少しずれているのに気がついた。
ばっちりと、お店で合わせてきたそれ。
崩れているということは、きっとそういうことなんだろう。
そして、どうやら杉田はちゃんと甲斐性のある男という事なのだろう。
幸せそうに笑って、肩を近づける二人に祝福の視線を僕は送った。
「どうだ、この後みんなで、どっか食べにいかないか?」
「おっ、いいね」
「おつかれさま会だねぇー! いいねぇー、いいねぇー!」
「流石に京都だと遅くなるから、南茨木に戻ってからにしましょう。駅前に、なんかいいお店あったかな」
「ちょっ、ちょっ、待ってよ良平くん!」
良平くん。
おっと、もう下の名前で呼んでるんですか。
最近――いや十年前の高校生は早いですな。
その調子でちょっと、メガンテ覚えようか。
「どうしたの文ちゃん?」
どうしたの文ちゃん。
良平くんってあれなのね。僕には割と口調が荒っぽいのに、付き合った女の子にはそういう喋り方するんだね。ちょっとびっくりしましたよ。
いえ、女の子に優しいのはいいことだと思いますよ。
たいへんよろしいと思います。
はい、続けて?
もじもじと杉田に近づく天道寺さん。口元を隠したまま、彼女は彼の前に立つと、その空いている方の手で、うーと杉田の腹を突いた。当然、そんな攻撃効くはずもない、ゴリラ系高校球児の杉田だが、顔は如実にほころんでいた。
「みんなで食事は今日は無理だよぉー! また来週にしようよぉー!」
「え、なんで?」
「もぉーっ! さっき私にしたこと忘れたのぉー! 鏡がなくて、確認できてないけれど、顔きっと凄いことになってるから! 見せられないことなってるから!」
なにがどう、見せられないんですか?
いったい、良平くんは天道寺さんに、何をしたって言うんですか?
意味深に口元だけ隠しているのはなんでなんですか?
指と指の間から、見えた口元に、あきらかに口紅じゃない赤みが見えたのは、僕の気のせいでしょうか。
うん、きっと、気のせいだね。
気のせいだ。
うん。
「杉田! 爆発しろ! このリア充が!」
「いや、なんで! だから、俺、なんか悪いことした!」
付き合って初日から、ぶっ飛ばしてんじゃねえよ! この勢いだと、明日の朝には籍入れちゃってるじゃねえか! 未来じゃ十年かかってるんだから、そこはもうちょっと自重しろ! このエロゴリラ!
なんでなんでと慌てふためく杉田を叩く。
そんな僕に混じって、千帆も杉田を叩く。
天道寺さんも。自分勝手なキスのおかえしとばかりに杉田を叩く。
相沢だけがあきれたため息を吐く中、僕はまだもう少し、未来へ帰還するその時が来るまで、この青春のひとときを満喫しようと思った。
☆★☆ 執筆の励みになりますので面白かったら評価・フォロー・応援していただけるとうれしいですm(__)m ☆★☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます